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それから翌日の昼過ぎに我々はパーバス伯爵家に到着いたしました。
事前に到着連絡で人を遣わしていたからでしょう、我々の到着時には新当主であるお義母さまの兄、確か……名前はマルム・フリガスだったような……。
まあお名前を呼ぶような親しい親戚付き合いをするつもりはないので、パーバス伯爵さまとお呼びするか黙っておくのがいいでしょう。
なんせ私は血のつながりもない親戚ですしね!
「よく来てくれた、セレッセ伯爵。新当主として、先代の弔問に来てくれたこと、感謝する」
「いやなに、先日会ったばかりの御仁だけに知らぬふりなどできるはずもない」
表向きの挨拶を終えたところでマルム・フリガスさまはこちらをギロリと睨みました。
お義母さまがその視線にびくりと竦み、思わず俯けば鼻で笑うとか相変わらずこの家の男性は他人を不愉快にするのが得意なようです。
「セレッセ伯爵、愚妹がなぜ貴殿と共にこちらに来たのか伺っても? ……連絡を送ってさほど間がないはずだが」
「いやなに、私は王城で訃報を耳にしてね。王女宮筆頭として忙しくしているとはいえ、彼女も親戚の一人だろう。弔問に行くというのでどうせならばと私の馬車に乗ってもらったのだよ」
「……ほう」
「ファンディッド子爵家は我がセレッセ伯爵家とすでに懇意であるのはきみも知っての通り。困った時は互いに助け合いというものが美徳だと思うのだが、なにか問題があったかな?」
「いや、なにもない。あまりにも迅速な到着だったのでな、不思議に思っただけだ」
新当主……とはいえ、私と似たような年齢であるエイリップ・カリアンさまの父親だけあってそれなりに齢を重ねた男性だからでしょうか、貴族当主として先輩にあたるキース・レッスさまに対してもどこか尊大な態度です。
軍にいた時に一方的にライバル視していたとか色々と話を耳にしましたが……。
(こういう時にどういう態度を取るかで、人間としての差がはっきり出ちゃうものですねえ)
勿論、ライバル心を抱いたりするのは悪くないんですよ。
切磋琢磨っていうんですか? メレクとディーン・デインさまのように、あるいはメイナとスカーレットのように、負けてはなるまいと相手を尊敬して自分の良いところを伸ばしていこうとする雰囲気だと微笑ましくも応援したくなりますよね。
けれど、マルム・フリガスさまの態度はどう見たって尊大で、弔問客に対して取るべき態度ではありません。
こういう時にきちんと来てくれたことに対して感謝ともてなしをして、新当主として今後の付き合いに対してよろしくしてくれと握手をするところまでやってのけてこそ一流ってもんでしょう。
まあ現実はそんな握手して友情ってな感じにはなりませんので、一種の外交のような駆け引きがあるのでしょうがね!
しかし今、この方はまず父親の訃報に動揺する妹……つまり、お義母さまへのフォローがないどころか出てきた一言が『愚妹』な上に、キース・レッスさま以外に挨拶する気もなく背を向けるっていうね。
(せめて私たちに対しても一言あっていいと思うのよ、礼儀としてさ!)
親しき仲にも礼儀ありって言うじゃないですか。
この世界には似たようなことわざは思い当たりませんが、まあとにかく人間関係は身近なところからが大事だと思うんですよね。
いやまあ、じゃあキース・レッスさまに対する態度も正解ではないことから……ああうん、やっぱりこの人はエイリップ・カリアンさまの親だなあって結論に至って思わずスンとなりました。
「ファンディッド子爵が来ないとは、父上にあれほど面倒を見てもらったというのに無礼な男だ」
「お兄さま! 夫は今どうしても手が離せなかっただけです。名代は夫人たる私と、長女であるユリアで十分なはずですわ」
「ふん」
「お兄さま……」
必死の様子で抗議の声を上げたお義母さまに対して鼻で笑ったマルム・フリガスさま。それを見て私がイラッとしてもしょうがないとわかっちゃいますが、イラッとする。
私の方へ視線を向けるそれが見下しているのもまた腹が立つ!
まあ、勿論お義母さまとキース・レッスさまの手前、無表情を貫きますけど!
早くこの無礼な人との時間が過ぎちゃえばいいのに。
(とっとと弔問を済ませて、お義母さまと共にここを出なくては)
なんて考えたところで、まあやることは弔問ですからそんな多くないんですけどね!
でもあちらがとっとと追い出したいと思うのか、それとも私がよそから忠告をされているように私たちを閉じ込めて自分たちの有利になるよう取り計らうよう説得をしてくるのか、その辺りを見定めないといけません。
忠告の内容はきっと正しい。
だけれど、最初から疑ってかかって余計な火種を作ることはない……と思うのです。
とはいえ、最悪の事態にならないように対処は必要だからキース・レッスさまに同行していただいたわけですし? レジーナさんもついていますし?
(必要以上に怖がってはいけない)
こういう、最初から相手を見下し侮るような相手こそ、落ち着いて対処すべきなのです。
私は堂々としてお義母さまの傍にいる、それで良いのですから。
「ファンディッド嬢は相変わらず仕事をしているのか」
「はい」
「……王女殿下の優しさに浸り、己を見誤らぬようにな。女の身で賢しらに振る舞い、いつどこで恥を掻こうが知らんが縁戚としてこちらまで泥をかぶるのはごめんだ」
「まあ」
ほほう、それは喧嘩を売っているんですかね? 忠告に聞こえるけれど、悪意しか感じないね!!
私は王城でするように、にっこりと笑みを作りました。
嫌なお客さまが来た時に浮かべる……そう、ニコラスさんの笑顔です!
「そうですわね、なにか騒ぎを起こして上司を呼ばれる振る舞いなどしないよう、お言葉確かに心に留めておきます」
「む」
私が言った内容がエイリップ・カリアンさまの行動そのものだとわかったのだろう、マルム・フリガスさまの眉間にしわが寄った。
だけど私はそれも気がつかないふりをして、キース・レッスさまの方へと視線を向ける。
「それはそうと、今日は他にお客人がパーバス伯爵家に用があるということでご一緒しております。キース・レッスさま、紹介して差し上げないのですか?」
「ああ、そうだね。そうさせてもらおうか」
「……誰だ」
「そちらに控えている人物だよ、さっきからいただろう?」
「セレッセ伯爵の執事ではないのか?」
ああ、そう思われても不思議はないか。
むしろそう見えるように振る舞っていたのかもしれない。ニコラスさんだし。
まあ、表向きは弔問客ではないしね。
ニコラスさんの目的は、『パーバス伯爵家にミュリエッタさんへ謝罪をさせる』ことだもの。
「ああ、違うとも。彼はニコラスといって、王太子殿下の執事だ」
「王太子殿下の……」
「ご紹介に与りました、ニコラスと申します。このたびはご愁傷さまでございます。心よりお悔やみ申し上げます」
「いや……心遣い感謝する。なぜ王太子殿下の執事が我が家へ?」
「はい、王太子殿下よりの指示にございます」
「王太子殿下の」
おっと、まるで王太子殿下がパーバス伯爵家に興味があったから弔問したかのように誤解をさせるのが上手ですね!
っていうかそんなあっさり喜ぶなんてたんじゅ……いやいや、素直です。
「ええ、ここで立ち話もなんですから、中でお話をさせていただければと思いますが」
「無論、すぐにでも」
「ありがとうございます。是非、セレッセ伯爵さまとファンディッド家のお二人にもご同席いただきたいと思います」
「……まあ、いいだろう」
ニコニコと笑顔で言葉を重ねるニコラスさんに、マルム・フリガスさまが人を呼びつけて指示をし始めました。
「ああ、それと、ご子息もご同席をお願いしますね」
ニコラスさんの言葉に、ぱっとマルム・フリガスさまが振り返りました。
良い話ではない。
そう感じ取ったのかも知れません。先ほどとは打って変わって、嫌そうな顔を浮かべておられます。
それに反して、ニコラスさんの笑顔が深まった気がして私は思ったのです。
こいつ、性格悪いな……と! 知ってたけどね!!




