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結局ミュリエッタさんの様子がおかしかったことが気になったものの、本人が大丈夫だと言い張った結果すぐに出立することとなりました。
まあ、彼女と同じ馬車に乗っているニコラスさんは存在がかなり胡散臭いとはいえ、実力ある執事。無理はさせないでしょう。
……大丈夫だよね?
私たちの馬車はといえば、来た時と同様、キース・レッスさまと私、レジーナさんに加えてお義母さまが乗った状態ですので大変に和やかです。
道中もなにも妙なことは起こらず、キース・レッスさまの計らいで途中の町で一泊し、パーバス伯爵領へ向かうこととなりました。
やはりお義母さまはショックを受けているのか、あまり遠出に慣れていないのか疲れている様子が見えましたからね、大変ありがたかったです。
「キース・レッスさま、ありがとうございました」
「夫人はやはり疲れておいでのようだったからね、当然だ」
「ええ……気丈に振る舞ってはおられましたが、やはり」
「そうだね。だがまあ、明日にはパーバス伯爵家に着くことができる。対面すれば夫人の気持ちも落ち着くに違いない」
「はい、ありがとうございます」
お義母さまは恐縮しつつも旅亭で食事を取り、部屋で寛ぐとすぐに眠ってしまったのでやはり随分と気疲れしていたのではないでしょうか。
身内の不幸というだけでなく、パーバス伯爵家に着いてからのことを考えると気鬱だというのもありますしね……。
馬車の中で、辺境地に嫁いだお義母さまの姉から手紙も預かっているという話をされておいででしたので、なにか気合いが入っているようにも見えましたが、その辺りについてはわかりませんでした。
「そういえば、ウィナー嬢たちはどうしているのかな?」
「レジーナさんが同室になるということで先ほど一緒に部屋へ向かったと思いますが、なにかご用が?」
「いや、レジーナも護衛騎士として今回は一緒にいるのだから大丈夫だと思うが、あいつは苛烈な性格をしているからねえ。あのお嬢さんと気が合わないだろうなと思ってね!」
「まあ。……それは否めませんが、レジーナさんでしたらきっと大丈夫です。それに、ミュリエッタさんは随分と具合が悪そうでしたからもう休んでいるかもしれませんね」
「そうだね。まあ、あのお嬢さんに関しては王太子殿下の執事くんにお任せするのが一番だろう」
「……そのニコラス殿はどこに?」
「さあね。彼の行動に関して私が把握する権利はないから」
肩を竦めたキース・レッスさまに、私はやはり彼らが一枚岩ではないのだと改めて思いました。前々からわかっちゃいましたけどね!
しかしこの場合、今回ニコラスさん……つまり王太子殿下はキース・レッスさまの行動に『乗っかった』だけなのでしょう。
キース・レッスさまはキース・レッスさまで、なにかの思惑があって私のお誘いに乗っかってくださった、それだけの話です。
とりあえず私は今回の弔事に関してきな臭い噂を耳にして、家族にそれが訪れないように努力して、穏やかに。そう、穏やかに!
弔事を終えて王城に戻り、職務に戻るのです!!
(お義母さまが弔事に出れば家族としての義理は果たせるし、私も顔を出すし文句のつけようもないでしょうからね! とはいえ……)
果たしてあのエイリップ・カリアンさまがおとなしくミュリエッタさんに謝罪するのかって点は心配ですけどね。
まあ、あの人は権威主義なのかなんなのか知りませんが、どうやら上の立場にいる人間というものに弱いようですので『王太子殿下からの』ってニコラスさんが来た以上、本心はともかく従うことは従うでしょう。
なにより新パーバス伯爵さまが押さえつけてでも謝罪させると思います。
普通なら、跡目を継いだばかりの貴族家でそんな王家に刃向かうような素振りなんて見せたらあっという間の転落人生が目に見えていますからね!
そもそもわざわざ謝罪しろと間に入ってもらわずとも、ちょっと考えればこんなことになる前に対処するでしょうが……。
(少なくとも王太子殿下の中で、『パーバス伯爵家』っていうものの査定はよろしくないだろうなって感じですかね……有象無象の貴族扱いか……)
今後よっぽどなにか功績でも立てない限り、王家から声がかかることも、頼りにされることもないんだろうなあ。
なにせ次代もアレじゃね……。お先真っ暗とまでは言いませんが、領地経営が上手くいくことを願うばかりです。
なんせ失敗してこっちにすり寄ってこられてもたまりませんので!
とはいえ、ファンディッド家の次代であるメレクとオルタンス嬢のカップルならきっと毅然とした対処ができることでしょう。
うちの弟は可愛い上にしっかり者ですからね!
「そういえばファンディッド子爵が絵を趣味にしていた話は初めて聞いたなあ!」
「キース・レッスさまは初耳でございましたか」
「ユリア嬢は知っていたのかい」
「……私が王城で勤め始めた頃、手慰みに始めたのだとか。なんでも領主になる前はスケッチをすることなども好んでいたそうですが、跡目を継いでからはその暇もなかったそうで」
「そうか、じゃあ子爵の腕前は知らない?」
「はい」
「夫人の話しぶりではなかなかのようだったけれどね。いつか見せてもらおう」
「はい」
そうなんですよ、お父さまはメレクに全部任せられるようになったら、絵を描いて老後を過ごしたいとか言っているそうなんですよ!
老後のプランがあるのは良いことですが、予想外でした。
花壇に水やりをして余暇を過ごしているとばかり思っていたお父さまの意外なる趣味です。
お義母さまが頬を染めて『それでね、いつかは二人で遠出もしようって言ってくれたのよ』なんてこっそり教えてくれたので夫婦仲が良いことは良いことですよね。
遅まきながら新婚旅行でしょうか。うん? この場合は新婚旅行って言わないか。
「それじゃあ邪魔も入らないようだし、ここからは少し大人の話をしようか。ユリア嬢」
「……なんでしょう」
「あちらについてからの行動だ。お互いに目的がある。……あっちの彼らにも、ね?」
「はい」
「少なくとも我々とあちらは仲間ではないが、今回に限り協力的であろうと思う。それをユリア嬢にも呑み込んでおいてもらいたい」
「わかりました」
そんな釘を刺してくるだなんて、よっぽどのことが起きるんでしょうか。
思わず背筋を正しましたが、キース・レッスさまはいつものようにお茶目な笑顔を浮かべてウィンクを一つ。
「安心してほしい、私はきみの味方だからね! 勿論、ファンディッド子爵夫人もなにかを決意しておられるのだろうが、私ができる限り二人のことを守ると約束させてもらうよ」
「……心強いお約束ですわ」
「なんせ夫人になにかあれば私は未来の義弟に顔向け出来ないし、きみになにかあったらアルダールに絞め殺されてしまう。なんとも責任重大なことだ」
「まあ」
大げさに嘆いてみせるキース・レッスさまですが、ふっと真面目な顔をして私を見ています。
そして少しだけ考える素振りを見せて、小さな声で言いました。
「それから……もしパーバス家の坊やが絡んでくることがあったら、遠慮なくレジーナに言ってひねり上げてもらうといいよ」
「えっ」
「大丈夫、責任はこちらで取るからね!」
大変良い笑顔ですが、そうならないのが一番ですよ!?
そう思っても言えないのは、おそらくそうなるってキース・レッスさまが思っているということであって……心配しているというか、そうなるから覚悟しておけってことですよね、それ!!




