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『転生しまして、現在は侍女でございます。6巻』と『ドラマCD付書籍』が7/10に同時発売となります。
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「ただいま戻りました!」
「メレク、おかえりなさい」
「やあメレク殿。そんなに大慌てせずとも大丈夫だというのに」
キース・レッスさまが笑ってそういえば、慌てていた自覚はあったのでしょう。
メレクは顔を赤らめて頭を掻きました。
そして私の方に笑顔を向けて、怪訝そうな顔をしたのです。
「あ……メレク、あちらにいらっしゃるのは王太子殿下の執事をしているニコラス殿よ。それと、ウィナー男爵家のミュリエッタさん」
「……大変お見苦しいところをお見せいたしまして、申し訳ございません。ファンディッド子爵家のメレク・ラヴィと申します」
メレクは丁寧な態度を見せつつも、二人にむかってにこりと微笑んだだけでした。
次期子爵としての自覚もばっちりのようで姉は感激です!
むやみやたらと頭を下げるわけでもなく、かといって身分が違う相手を見下したりするような振る舞いもせず及第点と言えるでしょう。
まあマイナス点を挙げるとするなら、お客さまを待たせているからって慌てて飛び込むようにしてきたところがまだ甘いってところですかね……。
(まあ、キース・レッスさまと私が待っていると思ったんだものね)
お義母さまはあの二人については報せなかったのでしょうか?
そこはちょっとわかりませんが……いえ、おそらく私たちが着いたから急ぎ戻ってくれとかなんとか、そんな端的な呼び戻しだったのでしょう。
あの短時間なら仕方のないことです。
お義母さまをびっくりさせるくらいこちらは早く着いちゃったわけですしね……。
そう考えると、お義母さまからの手紙が着いてから出発するまでのタイムラグが短縮出来た分、慌てる必要はないのだと思います。
だからってのんびり実家で寛いでいるわけにもいきません。
お義母さまの気持ちを考えるなら、やはり準備ができ次第出発するべきですからね。
とはいえ、そのお義母さまがまだ戻っておられないので今はここで待機するしかないのですが。
そう考えていると、ニコラスさんが歩み寄ってきて丁寧にお辞儀しました。
「これはこれは、丁寧なご挨拶、痛み入ります。ご紹介にあずかりました、王太子殿下付きの執事をしておりますニコラスと申します。どうぞ次期子爵さまに覚えていただければ幸いです」
「王太子殿下の側付きならば、さぞかし優秀なのでしょう」
「いやいや、まだ若輩者ゆえ先輩方にご指導いただいている身でございます。こたび、我らもパーバス伯爵さまのご不幸を耳にいたしまして随行させていただいているのです」
「そうでしたか」
ニコラスさんの営業スマイルに、メレクも笑顔を返しています。
私としてはこの胡散臭い男が何を考えて弟に話しかけているのかとハラハラしているわけですが、まあ何かがあるわけではないでしょう。
さすがにキース・レッスさまの前ですし、挨拶をされて無言というのも失礼だから当然と言えば当然の行動ですし……。
ミュリエッタさんは変わらず座ったまま、どこかショックを受けている様子でメレクを見つめています。
うちの弟がかっこ良くて一目惚れした? とか内心で茶化すこともできないほど、彼女はひどい顔色をしていました。
そう、まるでショックを受けているような……。
でも私の弟のことなど『いたの?』レベルで知らなかった彼女が、何でそんなにショックを受けることがあるのかさっぱりわかりません。
ニコラスさんも奇妙に思うのか、私の方を見ましたが……私だって知りませんよ。
「ミュリエッタさん、具合が悪いのですか? でしたら医師を呼びますが……確かにゆっくりはしていられませんが、急がなくても余裕はありますから無理はなさらないでくださいね」
でもとにかく彼女の顔色はひどかったし、震えているように見えましたし、あれが演技とは思えず私はそう声をかけました。
すると私の言葉にはっとした様子を見せたミュリエッタさんは、貼り付けたような笑顔を見せて立ち上がったのです。
「いえ! 大丈夫です!」
「そ、そうですか?」
「はい、ありがとうございます。あたし、ちょっと緊張してて……あの! ファンディッドさま、初めまして。ウィナー男爵の娘、ミュリエッタと申します」
「……覚えておられないようですが、初めてではありませんよ。ですが一度だけのご挨拶でしたからね、それも仕方ないのかもしれません」
「えっ! す、すみません……」
「生誕祭のパーティーで、僕の婚約者と共にご挨拶をしましたが、覚えておられませんか」
「えっ!!」
メレクの言葉にミュリエッタさんが顔を強ばらせました。
そういえば、あのパーティーの日は叙爵したばかりの男爵が挨拶して回るような感じでもあったと後で聞きましたし、統括侍女さまの目が光っていたとはいえミュリエッタさんだって挨拶は何人もしたでしょう。
まさかメレクが覚えてもらえていなかったという事実に私は驚くばかりですが……。
姉の贔屓目かもしれませんけど、うちのメレクはなかなかイイオトコなんですからね!
素朴で穏やかな人柄に、努力家。
そりゃまあうちの家系らしく絶世の美形とかではありませんがお義母さまの遺伝子が良い働きをして見目麗しいとまではいかなくても充分好青年です!
私から見たらまだまだ少年ですけど! 背丈が抜かれたからって、婚約者ができたからって可愛い弟は可愛い弟のままですものね。
(悔しいって訳じゃないけど)
多分、ミュリエッタさんの中でメレクのことは記憶にないんでしょう。かけらも。
まああの日はプリメラさまに失礼を働くっていうとんでもないことをしでかして、統括侍女さまを怒らせた彼女は監視の目が厳しくてパーティーどころじゃなかったんだと思いますが……。
なんとなく気まずい雰囲気の中、にやにや笑うキース・レッスさまと、お決まりの胡散臭いスマイルを浮かべたニコラスさんがメレクたちのやりとりを観察……もとい、見守っているようです。
どうやら彼らはミュリエッタさんをフォローする気はないようですね!
(私が助けに入ってもいいけど)
なんせ顔色の悪い彼女をいじめているようでなんだか落ち着かないじゃないですか。
とはいえ、メレクだって責めている訳ではないのでしょうし……。
「改めてご挨拶出来たのだし、ミュリエッタさんもこれからはどうぞ社交の場で弟のことを見掛けたら挨拶してあげてくださいね」
「は……はい。失礼しました、気をつけます」
「メレクも。ミュリエッタさんはもうお話を聞いているとは思うけれど、学園に入学される予定の大変優秀な方なのよ。オルタンス嬢とも先輩後輩の仲になるのだし、見掛けたら挨拶をしてあげてね」
「はい、姉上」
率先して関わりを持ちたいとは思わないけれど、社交辞令的にはこのくらい許されるのではないでしょうか。
年長者としてできる限りのフォローはしました!
社交場でのメレクに対するフォローはきっとキース・レッスさまがしてくれると思いますので、そちらはお任せです。
あからさまにほっとした様子のミュリエッタさんでしたが、お義母さまが戻ってきたことでまたなんとも言えない表情を浮かべました。
「あらメレク、戻っていたのね。みなさんにご挨拶は?」
「はい、ちょうど今終えたところです」
「そう。ウィナー嬢、これが私の息子なの。貴女と年も近いから、見掛けたら仲良くしてあげてね」
「母上、小さい子供じゃないんですから……」
「あら、ごめんなさいね」
メレクがお義母さまの言葉に困ったような声を上げましたが、苦笑するお義母さまの中ではおそらくミュリエッタさんが小さい子供のようだからそれに合わせてしまったような感じがしました。
「……こんな、大きなお子さんが、いらっしゃるようにはやっぱり、見えなくてびっくり、しました」
「そう?」
ミュリエッタさんが無理矢理貼り付けた笑顔でそう言うのを、お義母さまが嬉しそうに受け止める光景は、なんだか……第三者である私からすると、とても奇妙な光景でした。
「それじゃあ慌ただしいけれど、出発をしようか」
どうして、とそれを思わず探ろうとしたところでキース・レッスさまが手を叩いて満面の笑みを私たちに向けました。
はっとした私に、ニコラスさんが他の人に見えないように、指を唇に当てています。
(……静かにしていろって?)
どういうことなんだろう。
私には、やっぱりなにもわからなくてほんの少しだけイラッとしたのでした。




