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私は馬車に揺られながら、どうしてこうなったと思わずにいられません。
ええ、ええ、どうしてこうなった。
チラリと視線を向ければそれに気づいてにっこりと笑う、キース・レッスさまの姿。
私も侍女のお仕着せではなく、私物の旅行着。
そして窓の外に視線をやれば馬車と同じ速度で馬を駆るレジーナさんの姿。かっこいい。いやそうじゃない。
(なんでこうなった……!!)
プリメラさまと話してほっこりした後に王弟殿下に会いに行った。そこまではいい。
そしたら今後の話をする予定だったっていうからちょうど良かったと思ったわけですよ。そこにキース・レッスさまの姿があったのも、まあ多分私のお手紙で伝えた計画を王弟殿下にもオハナシしたんだろうなって思ったから納得もしましたよ。
でもまさか今後の予定について話をするはずだったのに、訃報を秘書官さんが持ってきたとかは想定外すぎるでしょ?
あれには全員驚いたよね!
しかもまだパーバス家からほかに連絡が出ていない情報だって秘書官さんが言うから『それってどうなんだ』ってちょっぴり思いましたが……多分そこに触れてはいけないのでしょう。
で、そこでもうね……結局ろくに話も聞けず、キース・レッスさまと一緒に実家に帰ることになったわけです。
まあそれはしょうがないよね、わかるわかる。
プリメラさまへの連絡は王弟殿下がやってくれるって言うからそこは心配していませんし、私も部屋に戻って大急ぎで荷物をまとめましたとも。
喪服は先日ドレスを買うのと一緒に注文して、実家に送っておきましたから問題はありません。事前準備は大事ですからね!
でも問題はそこじゃないのです。
なぜか準備を済ませてキース・レッスさまとの待ち合わせの場所に行った私の前に、ニコラスさんがいたのです。
しかもニコラスさんだけじゃありません。
彼の後ろでものすごく複雑な顔をした、ミュリエッタさんまでいるではありませんか!!
(どうして、なんで、こうなった!)
その場で叫ばなかった私は偉い。断言する。
建前上は『危篤状態の伯爵に心優しいとある方が治癒士としてウィナー男爵令嬢を派遣させる』ことと、『次期伯爵のご子息がウィナー男爵令嬢に不快な思いをさせたことに対し正式なる謝罪をするように』っていう二本立てらしい。
なんだそれ、こっち関係ないじゃん……って思いましたね!
その辺りの話はキース・レッスさまから聞いたんですけど。
彼らとは馬車が違いますので、事情を説明されたんですけどね! 納得出来ないですけどね! 来ちゃってるもんはどうしようもないんですよね!!
「いやあ、ユリア嬢が冷静にこうして話を聞いてくれるので本当にこちらとしては助かるよ」
「……冷静にはなれておりませんが、事情はわかりました。ただ、我々と同行する必要は無かったのでは? ファンディッド領に寄るのも一緒ですし、治療も何もパーバス伯爵さまは」
「まあ、そこは建前だからねえ」
くすくす笑うキース・レッスさまは顎を軽くさすって少しだけ神妙な顔を見せました。
そしてレジーナさんに視線を向けて、再び私へ視線を戻して、首をかしげたのです。
「どうもな、この間町中であの王太子殿下の執事を呼んだことがあった際にあのウィナー嬢がひどく落ち込んでいたらしいと聞いたんだが」
「え?」
「いや、パーバス家の坊や絡みではなく、ファンディッド子爵夫人と言葉を交わしてから……とのことらしいんだがそうなのかい」
「それは……いえ、確かにそのような節はありました。ですが、私たちにもなにがなんだかわからぬままで……」
「そうか……レジーナ、なにか気になるところはなかったかい?」
話を振られたレジーナさんが何度か瞬きをしてから、私を見ました。
じっと見つめられるとなんとなく私も見つめ返してしまいましたが、えっ、なんですか。照れちゃいますよ?
キース・レッスさまの手前、いつものように無表情を貫きますけど!
「あの時、あのお嬢さんは子爵夫人がユリアさまにとって義母であり、貴族としての婚姻について述べられたあたりで様子がおかしくなったように思います」
「……ああ、それはありますね。彼女にとって恋愛というのは大事なことで、家同士の繋がりでの婚姻などはあまり理解出来ないようでした」
「ですが、その際に夫人が農村の例を出しましたが彼女は納得が出来ないようでした。というよりも、理解したくなかったのかもしれませんが……」
私たちの言葉に、キース・レッスさまはまたもや首をかしげました。
貴族として生まれ育ったので、ミュリエッタさんと価値観の違いがあるのは仕方が無いのかもしれませんが……でもあの時、お義母さまが農村などの例を述べられて私もなるほどなあと思ったのです。
となると、おそらく彼女の『前世での結婚観』がこの世界でのカルチャーショック的ななにかなのかなあとも思っているんですが、さすがにそれは口に出せませんしね!
(でもそれが今回一緒に行くことに何の関係が……)
おそらく雰囲気的に、キース・レッスさまも今回の件はそこまで詳しくは知らないのだろうなと思います。そして、奇妙だと思っておられるのでしょうね。
普通に考えたら危篤状態の人に治癒士を寄越すというのも変な話ですしね!
これが病気の始まりとか怪我ならわかりますけど……寿命はそういう類いのモノじゃありませんから。
建前の一番は謝罪してやれって話なのでしょう。
彼女の名誉を守るための問題ですからね!
ウィナー家は王家が認めたという栄誉がありますが、新参の男爵という立場から格上のパーバス伯爵家に苦情も言いづらいでしょうし、言う方法もなかなか見つからないはず。
とはいえ、この間の件で言えば何の落ち度もなかったミュリエッタさんが巻き添えを食らう形で悪目立ちしてしまったところはフォローしておかないと今後の社交界生活で苦労するのが目に見えているってところでしょう。
だからって表だってあちらを呼びつけては角が立つし、今回の“危篤”を利用して謝罪の場を設けるっていうことなんでしょうが……果たしてパーバス家の方々が納得するかは別問題。
だからこそのニコラスさんなんでしょうが、王太子殿下付のニコラスさんが一緒だったら変じゃないってツッコミはどうするんでしょうか。
「パーバス家に治癒士を派遣すると決めたのは王太子殿下ということだが、それを伏せて代わりに執事がついて行く。それはあくまで王女殿下によく仕えるユリア嬢の親戚であることに免じて、というかなり強引ないいわけで成り立っている」
「まあ」
「……大抵の貴族はね、先ほど話した建前の『謝罪要求』のためだと推測してくれるだろう。実際謝罪はさせる心算だろうし。王家が気にかけている英雄の娘だからね」
あくまで気にかけているのは英雄。
その娘に害をなしてくれては困る、という態度を崩す気は無いってことでしょうか。
なんとも回りくどくわかりづらいと思ってしまいますが、そうすることで色んな意味で穏やかにまとめるつもりなんでしょう。
あっちもこっちもギスギスするようでは困りますからね。
「だが、今までに無い反応を見せたということで、もう一度ファンディッド子爵夫人と会わせたいということらしいんだが……」
「それで我が家まで一緒に? 周囲から見れば不自然だと思いますが」
「まあそこはあちらで色々と言葉を尽くしてくれるだろうさ」
肩を竦めたキース・レッスさまはただ小さく苦笑をしただけでした。
私もため息が出そうでしたが、そこはぐっと呑み込みます。
ただの弔問で終わると思ってたんですが、そうは問屋が卸さない……ってこれは誰に苦情を言えばいいんでしょうね。
やっぱり王太子殿下? いやー、絶対言いにくい相手ですよ……。
内心とほほと思いながら、まあ面倒ごとが起きたら全部ニコラスさんに押しつけよう。
そう心に決めたのでした……。
書籍版「転生侍女」6巻が7/10発売予定となります!
いつも応援ありがとうございます°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°これからもがんばりまっす!




