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試作の芋羊羹、ビアンカ様に好評でした!
やっぱりね、芋羊羹ってどうしても最初に型に入れて固めるからか、見た目が地味だよねってことでその辺を相談したところ、果物にするようなカットをしてみたらどうかと提案されてなるほどって思ったよね!
……まあ、私にはできないので後でメッタボンに挑戦してもらおうと思います。
それにしても薔薇の形をした芋羊羹とか出てきたらどうしよう。
メッタボンって結構凝り性だからなあ、あり得る……。
「ああ、美味しかった。最近は落ち着いてお茶も飲めない日が多かったから、こうしてのんびりできるのは嬉しいわ」
「お忙しいのですね、その合間を縫って私に会いに来てくださったのはなにかあったのですか?」
「そうね……まあ、そうとも言えるし、わたくしの勝手なお節介でもあるの」
「え?」
紅茶を飲んで目を細めて笑うビアンカさまの楽しそうなこと!
でも、こうして『お節介』とわざわざ言ってくるということはなにか私が心配をかけたのではないだろうかと首をかしげると、ビアンカさまはクスクス笑いました。
「やあねえ、身構えないでちょうだい。といっても大したことはないのよ。貴女の保護者が色々調べているみたいだって小耳に挟んだものだから。ほかにも、まあそれなりに、ね?」
「は、はあ……」
「まあ、貴女も囮に使われたりしているのに、まるっきり説明がなくて不満を覚えても当然よねえ。もう察しているとは思うけれど、ええ、うちの主人が関わっているわ」
「宰相閣下、ですか」
「わたくしからも、うんと文句を言ってやったから、許してやってくれないかしら。でも、おかげでプリメラさまを連れての外出をもぎ取れたのよ」
「本当ですか!」
「ええ、本当よ。前に連絡した外出、楽しみにしていてちょうだい?」
それは朗報です。
いたずらっ子のような笑みを浮かべたビアンカさまは大変魅力的ですが、彼女はすぐに真顔になりました。
そうすると途端に迫力美人になるのですから、不思議なものです……なんにせよ美人なんですけど……。
「おかげで厄介な連中は炙り出せたみたいね。ただ、まあトカゲの尻尾切りが行われて当分おとなしくなるってだけだけれど。うちの人だって、壊滅させたいわけじゃないし……そんなところかしら」
「……」
「ユリアとバウム卿からすればいい迷惑だったでしょうけれど、ある意味大勢を助けてくれたことになるわね」
「……さようですか」
肩を竦めたビアンカさまはあきれているように見える。
そして、少しだけ躊躇ったけど……私はちゃんと言うことにした。
「ありがとうございます、ビアンカさま」
「いいのよ、別にお礼なんて」
「いえ。本当は別の貴族がこの件を主導しようとしていたのでしょう? 私のために尽力してくださったのがどなたかがはっきりしませんでしたが、宰相閣下だったのですね」
「……あらやだ、どこまであの執事さんは貴女に教えていたのかしら」
「いいえ、あくまで私の推察です。近衛騎士隊に勤める人間のスケジュールに口出しするためには陛下のお許しを得ねばなりません。それを考えた結果、でした」
「まあ、そうね。その通りよ」
あくまで推測です。
でも、近衛騎士隊が私を守ってくれた、ということは私を囮にする作戦において融通を利かせてくれた人がいた……それがビアンカさまの言葉ではっきりしました。
言われてもいないのに、お礼を言うのも失礼かなと思いましたが……それでも、ビアンカさまがわざわざ宰相閣下が悪いのだ、と言ってくれたことに対して心が温かくなったのです。
だって、ビアンカさまも私に告げる必要なんてなかったんですよ。
私みたいな末端に、知る必要はないってこの件を終えて私が何も知らないままに終わらせることだって可能だったんです。それが宰相閣下たちならできちゃうはずなんです。
それでもビアンカさまは私に向かって「すまなかった」と遠回しに伝えてくれたのです。
おそらく詳しくは口にできないのでしょうが、私を守るためとはいえビアンカさまにとって大切な家族が、結果として私が囮に使われたことを申し訳ないと思ってくれたのだと思います。
それって、多分ですが、……私を心配してくれてのことなのです。
「だってあいつらときたら、貴女を囮に使って、護衛も王女騎士団を許さずあちらが準備するとか言い出したのよ!? そんなの許せないに決まっているわ」
「ビアンカさま」
あいつら、ってのがどこの誰だかは知りませんが、ビアンカさまがいきなり怒り出したのでびっくりしていいのやら、笑っていいのやら。
でももう隠す必要がないと思ったのか、ビアンカさまは笑っていらっしゃいました。
「うちの人は、ユリアになにかあって王女殿下のご機嫌を損ねたら陛下の職務が滞る、それは効率的ではないとかなんとか言って行動してくれたみたい。わたくしも聞いたのは後になってからだから、よくはわからないけれどね」
「そうなのですね」
「本当、勝手なものよね。……でもね、おかげであの娘も妙な連中に担ぎ上げられなくて済むようになったと思うわ。理解はできないだろうし、こちらも教える気はないけれど!」
「あのこ……ですか?」
私が囮になったおかげで救われた娘。
そんなことを言われても一瞬理解ができなくて、でも『担ぎ上げられる』という言葉になんとなく思い当たる人が一人。
「……ミュリエッタさんですか」
「ええ、そうよ。変に担ぎ上げられてからでは遅いもの」
ビアンカさまはそう言うとグミを一つつまみ上げまたにっこりと笑いました。
それでもうこの話はおしまいなのだという合図だと私は受け取って頷けば、ビアンカさまは満足そうでした。
「それでね、さっきも話したけれどおでかけについてはまだ日程を決めかねているの。いくつか候補が絞れたら、貴女に連絡を入れるからプリメラさまのご予定と照らし合わせて連絡をくれないかしら?」
「かしこまりました」
「もちろん、貴女のデートがある日は外してくれてかまわないわよ?」
「デッ……デートの予定は、今のところ、ええ、先ほどの件もあって当分ありませんから大丈夫です」
「ああ、そうだったわね。残念ね、きっと彼にもうちの人からお詫びがあるから期待してていいわ。少なくとも貴女たちが楽しめるようなものにするよう言っておくから安心してね!」
いやなんかより不安になるわ!
ビアンカさまですからとんでもないことはしないでしょうが、そもそも前提が二人でなにかするってことにされるとすごく恥ずかしいんだけど!?
「それで? 二人の関係は順調なのかしら?」
「なにをもって順調と仰っているのかさっぱりわかりませんが、……仲良く過ごしていると思います」
「そう、それはよかったわ」
ビアンカさまは、笑顔でした。
でもそれは先ほどみたいな貴婦人としての笑みや、これからの予定を楽しむいたずらっ子のようなものではなくて、本当にほっとして、嬉しそうな笑みです。
(……優しい、人だなあ)
私よりも年上で、大貴族の妻として、貴婦人たちの手本としてある女性だけにとてもしっかりしていて周囲をよく見ている女性であることはよく知っています。
勿論、貴族らしい裏の面も持ち合わせていらっしゃるのでしょうが……私みたいな小娘を、友人として大切にしてくださるビアンカさまを、私は尊敬し、信頼しています。
「ビアンカさま、あの」
「なにかしら?」
「少しだけ、その、相談に乗ってはいただけませんか……こ、個人的なことで!」
思わず勇んで拳を握り訴えた声は私が思っていたよりも大きくなってしまい、ビアンカさまは目を丸くしちゃって……。
それでもすぐに満面の笑みで大きく頷いてくれたのでした。




