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「失礼いたします、プリメラさま」
「ユリア。どうかしたの?」
部屋で読書をなさっていたプリメラさまが、私が来たことでぱっと笑顔を浮かべて迎え入れてくださいました。
ああ、今日もなんて天使なんでしょう……!
ただ、読んでいた本を閉じられた際にタイトルが見えたのですが、難し気な経済学の本ってどういうことなんでしょうか。
にこにこ笑顔で読むような本じゃないと思うんですけども。
「はい。先程セバスチャンさんが教えてくださいましたが、どうやら私の縁戚にあたる方が危篤であるらしく」
「まあ!」
「その際には私も先方にお別れとお花を手向けに行きたいと思いますので、急な休みをいただくことがあるかもしれません」
「ええ、ええ。そういうことだったら当然だわ! 是非行ってあげてね」
「ありがとうございます」
気遣ってくださいますが、私、別に相手の不幸を悲しんでお花を持っていくんじゃなくて文字通り『お別れ』をしに行くのであちらとしては歓迎せざる客かもしれません。
私の考えにあちらが気づいていない限り、のこのこやって来た憐れな子羊くらいに思っているかもしれませんが……まあ、あの妖怪、じゃなかった伯爵さま相手じゃないんですから多分気づかれていないでしょう。
(だからってまあ、油断はしてないけどね!)
といっても、私の計画は別に怖いものとか後ろ暗いものじゃありませんよ?
ええ、そりゃもう単純に『お別れ』を言いに行く方が他にもいらっしゃるでしょうから、ご一緒させていただこうと思ってお手紙を書いただけですもの。
別におかしい話じゃありませんからね!
誰かって?
そりゃキース・レッスさまですよ。だって親戚(予定)ですからね。
どうやらパーバス伯爵家の不幸が近いということは、すでに貴族たちの間で知れているようでしたのでそのことについてはほとんど説明する必要がないのは大変ありがたかったです。
その上でお手紙でもしよろしかったら女だけの道中に些か不安があるのでご一緒させていただけませんか……とね。
勿論、護衛をお願いするつもりでしたよ? メッタボンにね!
「その報せが来ないことが一番なのですが、わかり次第またプリメラさまにご報告いたします。ご迷惑をおかけし、申し訳ございません」
「大丈夫よ、王女宮は他のみんなが頑張ってくれるだろうし……それよりも心配ね。ユリアは親しい間柄だったの?」
「いえ。私が、というよりは義母が……義母の身内ですので」
「そうなのね……どうかユリアのお義母さまに寄り添ってあげてね。きっとお辛いものね」
「ありがとうございます」
本当に優しい子に育ってくれて私は嬉しいですよ!
お義母さまのことまで心配してくれて……どうしよう、本当のところを話すべきか悩ましい所です。
弔問なのは本当ですし、お別れを言いに行くのも本当なので嘘は含まれていないんですけど……多分お義母さまは悲しまれるでしょうし。
「そういえば、ビアンカ先生が来られるのは聞いたかしら? ユリアにご用があるんですってね!」
「はい、先程伺いました」
「わたしはこれからお兄さまと一緒に歴史の授業があるけど、そちらはセバスに頼むからユリアはこの後は自由にしていていいわ」
「ありがとうございます」
「授業の後もビアンカ先生がいらっしゃるようだったらお会いしたいわ! 最近お忙しいみたいだけど、ゆっくりまたお茶会がしたいって伝えておいてくれる?」
「かしこまりました」
礼法の授業がある日は勿論来てくださるけれど、ビアンカさまはお忙しいからと授業の後にお茶をしていくこともできずに帰ることが多かったのは事実。
それがなぜ忙しいのか……というところも気になりますが、まあそちらは公爵家の問題かと思いますので口を出さないのが吉でしょう。
そしてそんな会話の途切れたタイミングで、それを見計らったようにセバスチャンさんが現れて一礼しました。
「お時間にございます、王女殿下」
「あらセバス、もうそんな時間? それじゃあユリア、ゆっくりしてね」
「お荷物を失礼いたします」
セバスチャンさんは出ていくプリメラさまに続いて出ていく際に、唇に人差し指を当ててウィンクをしてきました。
イケジジイだ、イケジジイがおる……!!
「行ってらっしゃいませ」
私は頭を下げて、プリメラさまが勉強に行かれるお姿を見送りました。
イケジジイはまったく、やっぱりあれはタイミングを見て入って来たんでしょうね……それなりに長い付き合いだと思いますが、相変わらずノリの良いイケジジイですこと!
(まあ、これでプリメラさまにはちゃんと事前報告はしたし)
私もプリメラさまの部屋を後にして、執務室へと戻りました。
机の上に新しい書類が来ていないことを確認してからティーセットの準備です。
ビアンカさまのドルチェ好きは有名ですが、紅茶は案外ストレートがお好みであることを私はちゃんと把握してますよ!
いくつかのグミを取り出して綺麗に盛り付け、それ以外にもマシュマロとクッキーも用意してみました。
摘んで飲んで、おしゃべりするお迎えはこれで大丈夫でしょうか?
(……ちょっと浮かれてるって思われませんかね)
いや別にね! 女友達が部屋を訪ねてくれるってのが嬉しくないって言ったら嘘ですけども。別に友達がいないわけじゃないですよ。レジーナさんとかね。
だから別に浮かれているっていうよりも、こう、そうです。
職業病ですよ、お客さまをお迎えするなら万全を期したいっていうね!!
「誰に言い訳してるんだろう、私」
「あら、どうかしたの?」
「えっ、いえ! ビアンカさま、いらっしゃいませ」
思わずため息と同時に自分にツッコミを入れた所で後ろから声がかかって思わず垂直に跳ねましたが、気づかれていないようです。ビアンカさまに見えないように胸を撫で下ろしましたね。
ビアンカさまは私の様子よりもテーブルの方に用意したお菓子類に興味津々だったようで目をキラキラさせていて、いや可愛いし美人が喜んでるんだから準備した甲斐がありました……私の心臓がまだバクバクしてますけども。
「……ビアンカさま、家人の方はどちらに?」
「ああ、別室に行かせたわ。気にしないで」
「はあ」
ひらひら手を振るビアンカさまは一つのグミを摘み上げてあちらこちらから見て楽しそうです。もしなんだったら琥珀糖とか作ってあげたら喜んでくださるんじゃないかしら。
そうよね、琥珀糖だったら寒天あるんだから作れるなあ。
きっとプリメラさまもビアンカさまもすっごく喜んでくれるんじゃないかしら。
綺麗だしね! あ、でも先に芋羊羹かなあ。
(そうだ、作っておいた芋羊羹もあるんだった!)
私の夜のおやつにと思って作ったものですが、ビアンカさまの評価も聞きたいところですよね。
「ビアンカさま、もしよろしければ新作の菓子があるのですけれど、味を見ていただけますか?」
「まあ! それは嬉しいわ! ええ、是非に」
「ありがとうございます。まだ試作をしているところなのであまり形がよろしくないのですが……」
戸棚にそっとしまっておいたそれを取り出してナイフで適度な大きさにカットしてビアンカさまの前にお出しすると、目をぱちくりしてあらまあ可愛い!
ビアンカさまって本当にこう、きりっとした美女なんだけれどこういうふとした表情が本当に可愛いのよね。
これが……ギャップ萌え……?




