339 想像したら、楽しくて
今回はニコラスさん視点!
コミックス版「転生侍女」、5/12日発売です。
ぜひお楽しみに°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°
「従者をつけずに歩くとは、本当に以前から反省をしていますか?」
「しています。……ただ、ちょっと一人になりたかったんです。どこに行くにも、タルボットさんの部下の人とか、公爵家から来てくださった人とかがついてくるのに、息が詰まって……」
「まだ慣れませんか、困ったものですねえ」
「……。すみません」
歩く彼女はどこか上の空。
ボクとしては奇妙だなと思わざるを得ない。
なぜなら、この『ミュリエッタ・フォン・ウィナー』という娘は何処までも風変わりで身勝手で、そして夢見がちな少女だ。
彼女は基本的に朗らかで天真爛漫な、笑顔の多い少女を演じている。それはまあ、見事なまでに。
最近ではほんの少しずつその感じをずらしてきているから、なかなか堂に入った演技っぷりではある。
でもやっぱり、素人だ。
「なにがあったんです?」
「……え? い、いえ。なにもありません」
「そうですか。パーバス家のご令息となにを?」
「あの人が勝手なことばかり言ってくるので、あたし、ついキツい言い方をしてしまって……それで逆上されて……その時にユリアさまが助けてくださったんです」
「ほぉ」
ボクが話しかけた途端いつものように穏やかな笑みを浮かべる彼女はやはりなかなかのものだ。とはいえ、パーバス家のドラ息子なら監視がつけられているので何があったかは後で聞けば済む話だ。
野放しにしてもらえているのだからプライバシーがないことくらい安いものだろう。
だが、ボクが知りたいのはそこじゃない。
「ボクが迎えに来るまでは、歓談でも?」
「え? ……え、ええ。ユリアさまの、おかあさまも、ご一緒だったので」
「それは楽しそうだ」
ほら、彼女はまだまだだ。
そんなにすぐわかりやすくてはいけない。
まあ、彼女の顔は整っているからその困惑する姿が本来の顔だとしても十分庇護欲をそそられる姿には違いないのだろう。
「……ええ。とても楽しかったです」
「何か気になることでも?」
「いいえ!」
一拍置いていつもの笑顔を浮かべた彼女に尋ねたら、即座に否定された。
だがその声は大きく、拒絶と言った方が正しい。
それは口にした彼女自身も感じたのだろう、驚いたようだった。
言い訳をしようと思ったのか、ボクを見上げて口を開いてみたものの言葉は出てこない。
(珍しいな、彼女がこんな風になるなんて)
まるで用意されていたかのように言葉を紡ぐその口が、声を失ったかのように機能しないところを見るのは初めてではなかろうか。
今までだったら言い訳や嘘も含めて茶番めいたあれこれを囀ってくれただろうに。
「……ユリアさまの、お傍にいた方は、血が繋がってないんですって」
「ああ、現ファンディッド子爵夫人は後添えですからねえ。今では大変仲睦まじいご夫婦と聞いておりますよ」
「初めての結婚、が、年の離れた男性で、貴族だから、当たり前なんですって」
「ええ、まあ……そうじゃないでしょうかね」
「わからない」
ぽつりと呟いた彼女に、ボクは少しだけ驚いた。
とはいえ、ここで表情を崩すのは得策ではないので笑顔で彼女に話の続きを促したのだけれど。
そんなこちらの思惑など気にしていないのだろう彼女は、少しだけほっとした様子を見せる。そうそう、それが本来の顔なんだ。
さあ、何を語ってくれるのやら。
割と楽観的なお花畑だと思っているから、こちらとしてはあまり期待はしていないけど王太子殿下のお傍を離れて来たのだから報告できるだけのものがほしいところだ。
「わからないわ。貴族ってみんなそうなの?」
「なにがです?」
「そんな早くから結婚して、恋愛とか……人を好きになって、どきどきするようなことを全部すっ飛ばして、子供を産んで……」
「そりゃまあ、贅沢をする代わりに義務を果たす。その為に色々恩恵をあずかる身ですからねえ、その家を保つために跡取りは必要でしょう」
「そうだけど!」
「そのために、尽くす仕事なんだと思えばわかりやすいじゃないですか」
「……そりゃ、そう、なんですけど……」
理解はしている、だけど感情が追い付かない。
まさにその典型的な様子にボクは不思議に思う。
「そんなに恋愛が大事ですか?」
「えっ?」
「いえ、なんとなく」
なんとなくもなにもない。
彼女の行動原理はいつだって、自分の思ったままだ。
つまり、アルダール・サウル・フォン・バウムに好かれようとする行動。最終的にそこに帰結する。
今まで冒険者時代に自分が王城にいつかは招かれると言っていた後も、素敵な人と出会うのだと言っていたという情報もある。
それが誰とはさすがに口にしていなかったけれど、それでも今になれば明白だ。
どうして彼に出会うとわかっていたのか、あれやこれやと知っているのかなど疑問は未だに解明できていない部分も多いが、この娘自身が邪悪かと問われれば答えは違うと言い切れるだろう。
「恋愛は……大事、ですよ。ですよね?」
「さて、それはボクにはなんともお答えできませんね」
地位があるならそれに応じた義務が生じる。
それを彼女も習っているはずだ。
なにより、恋愛の果てに結婚だのなんだの、夢見がちではあるが彼女は本当にそれが世界に満ち溢れているとでも思っているのだろうか?
現実を、あちらこちらで見てきたはずなのに。
「……そういえばウィナー男爵さまも恋愛結婚だったそうですね」
「え? ええ。今でも父は、母を想っていると言っています。それをあたしも素敵なことだと……」
「そうですねえ、お母さまは商家のお嬢さんで、許嫁がいたそうですが駆け落ちをしたんですっけ。いやあ、小説みたいじゃありませんか」
「えっ!?」
「おや、ご存知ない?」
「そんなの、初耳です!」
ぎょっとした様子にボクはそっとほくそ笑む。
そりゃそうだろう、親なら子供にわざわざ知らせるでもない話だ。
「お母さんに、許嫁がいたって……それってつまり、結婚を約束した人がいたってことですよね」
「そうなりますね。でも恋をしたからウィナー男爵さまと手を取り合って、そして愛の結晶である貴女が生まれた。いやあ本当に素敵な話じゃないですか」
「そんな」
「一体どうしたんです?」
本当にどうしたことやら。
この恋愛で頭がいっぱいのお嬢ちゃんが、こんなにも動揺するなんて。
一体あの平凡な子爵夫人の存在の何が彼女の琴線に触れたっていうんだろう?
ボクが覗き込むように彼女を見れば、彼女は親指の爪を噛んでいた。
「ウィナー嬢?」
「……いえ、大丈夫です」
ボクの呼びかけに、彼女はハッとして手を後ろに隠した。
彼女は自分に都合が悪くなると、悪癖が出る……という報告の通りだ。
これなら自宅でまた何か零してくれるかもしれない。
「なら良かったです」
ボクはにっこりと笑みを浮かべる。
これはまた新しい発見をくれるかもしれない。
まあ、なくても一向にかまわないけれど。
(でもまあ、まさかユリアさまに呼び立てられるとは思わなかったけど)
短い手紙にウィナー嬢が困っているから担当者として来てください、とだけ記されたそれに思わず笑ってしまって王太子殿下には冷たい目線をもらってしまった。
だがこれはちょっとだけ不味いかもしれない。
彼女を囮に色々していると知れるといい加減あの近衛騎士殿に怒鳴りこまれそうだ。
手を回して苦労しているっていうのに近衛騎士隊まででしゃばってくるし、まったく面倒だと思うが……それだけに退屈しなくて面白い。
(とはいえ、任務に出てもらっていても後で話を聞いて不満に思うことだろうなあ。ああ、その顔が見られないのが残念だ!)
せいぜい、恋人を守るために奔走しているつもりが上の人たちにいいように使われているって後で知って悔しがればいい。
ボクがほしいものを手にするのだからそのくらいの意趣返しはさせてもらっていいんじゃないかな。




