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コミックス版「転生しまして、現在は侍女でございます。」2巻が5/12発売になります。
社交界デビュー&ナシャンダ侯爵領編!
薔薇をいっぱい描いていただけました……!
ミュリエッタさんはちらちらとお義母さまを見て、何かを聞きたそうな……そんなそぶりを見せていました。
それに対してお義母さまも気づいていらっしゃるんですが、どうしてよいのかわからないのか私の方を見て首を傾げています。
まあそうだよね! 私もわかんないからどうしたらいいのか……でもとりあえず、彼女の迎えはまだ来る気配はありません。
「ミュリエッタさん、どうかなさったんですか?」
「えっ!」
「先程から、何かを言いたげでしたので……」
「……いえ」
私が水を向けてみるものの、彼女は俯くばかり。
一体全体どうしたのでしょう、いつものミュリエッタさんとは大違いです。
か弱さを見せているという感じでもありませんし、怯えている……とも違いますし。
いつもの天真爛漫さも、勝気なところも今はまるで見えません。
なんとなく、運ばれてきたケーキも手を付けづらい雰囲気です。
でも彼女もそれは感じ取っているのでしょう、さすがに黙っているのも無理があると思ったのか意を決したように口を開きました。
「……えっと、ユリアさまの、継母ってことは、その……どういう……」
「どういう、というと?」
「えっと、だから……」
まるで奥歯に物が挟まったような彼女の言葉に、私は首を傾げてしまいました。
すると横にいたお義母さまがびっくりしたような顔をしてから、優しい笑みを浮かべたのです。
「ウィナー男爵令嬢。私は、ファンディッド子爵家に後妻として入ったの。ユリアの実母は、彼女が幼い時に亡くなられてしまったから」
「えっ。ご、後妻、です……か……? だって、お若いし」
「政略結婚だし、私にとっては初めての結婚よ」
「……」
彼女が聞きたいことを、なぜお義母さまはわかるのでしょう!
私はさっぱりわかりませんでした。
でも、ようやく合点がいきました。
ミュリエッタさんは、お義母さまが私の継母であるという現状がなぜか受け入れがたいのだということに! それはどちらかといえば、前世の感覚がものを言っているのかもしれません。
確かに、お義母さまの見た目から考えて後妻に入るとかなかなか前世の感覚では理解できないっていうか、難しいものがありますよね。
今でも私、行き遅れじゃねーから! って言いたいくらいですし。言いませんけど。
「貴族の女としては珍しくないと思っているの。そんなに驚くことかしら」
「……いえ、あの。恋愛感情もなく、結婚するっていうのが、あたしにはわからなくて……それに、そんなに急いで結婚するのも、わからなくて」
「そうねえ、今なら少し理解できるわ」
「で、ですよね!!」
「けれど、貴女も冒険者として今まで色々なところを回って、見て来たのではない?」
「え……」
お義母さまは諭すように、焦らせないように優しくゆっくりとした口調で、まっすぐにミュリエッタさんを見ながら言葉を続けました。
「貴女が通うという学園に行ける人間は一握り。私のように貴族の女としていずこかに嫁ぎ家を守る役目を担うか、或いはこの子のように働いたりするわ」
「……」
「学園に通うには条件は数多にあり、貴族の子女であろうと通えるわけではないの。一般の国民ならば尚のこと。……農村の人間たちは、早い結婚をすることも多いわね。貴族と同じくらいに」
お義母さまはあえて、貴族と同じくらい、と添えたような気がします。
そしてミュリエッタさんもその言葉に、びくりと肩を跳ねさせました。
確かに、貴族の子女が早く結婚するのは……跡継ぎと、他家に嫁がせる娘がいて横のつながりを持つこと。
そして農村などでは若いうちに出産や育児をしながら仕事をする為に早婚があるのだというのは、事実です。
(……農村の人たちだって、みんながみんな恋愛結婚とは限らないのかもしれない)
ふと、そんなことを思いました。
お義母さまの方を見ると、困ったように微笑まれてしまったので多分そうなのでしょうね。
商人だってそうでしょう、裕福な商人は下級貴族に娘を嫁がせるという話も聞きますし……恋愛結婚の話だってそれなりに耳にしますけど、それなりです。
上位貴族になればなるほど、恋愛は楽しむものであって結婚とは違うのだと貴婦人たちが言っていたことを侍女として耳にした私ですが、共感はしづらかったです。
そういう意味では私も、ミュリエッタさんと同じで恋愛をして結婚する、それが自然だとどこかで思っているのかもしれませんね。
だとしても、貴族としての義務ということは理解できているのでその点が違うのでしょうか?
(どうなんだろう)
正直よくわかりません。
ただ、ミュリエッタさんはお義母さまの言葉がよほど衝撃的だったのでしょうか。
唇を噛みしめるようにして、体を震わせていました。
「ユリア」
「は、はい!」
「あちらの方、貴女に用があるのではなくて?」
「え?」
彼女の様子に気を取られていると、お義母さまに声をかけられて慌てて私は店の入り口の方を振り向きました。
確かにそこには私が呼んだ相手が来ています。
「……お義母さま、行ってまいりますのでミュリエッタさんのことをお願いします」
「ええ、大丈夫よ」
私が立ち上がって向かえば、彼は笑顔を見せました。
これまででしたら大変胡散臭いと言いたいところですが、今回は救いの主です!
っていっても私が押し付ける形なんですけどね!!
「ニコラス殿、お待ちしておりました」
「お呼びと聞いて急ぎ参りましたよ。……これがデートのお誘いでしたら嬉しかったんですが」
「あら良かったですね、可愛らしいご令嬢とデートができるなんて」
「……さて、何がありました?」
「彼女の傍に座っているのは私の義母であるファンディッド子爵夫人です。面会にきてくださったので王女殿下の許可を得て、食事とお見送りに出た所ウィナー嬢にお会いしました」
「なるほど?」
にこにこと笑顔を見せつつもその目が私を探るように見ています。
けれどそれを無視して、私も笑顔を張り付けてみせました。
「エイリップ・カリアン様が彼女を困らせていたので彼が所属する警備隊と、そしてウィナー嬢の担当である貴方に連絡したということです。わかりやすいでしょう?」
「ええ、とても」
「彼女は従者を連れていなかったものですから、ニコラス殿がウィナー邸まで送って差し上げてください。私は義母を見送った後に王城へ戻ります」
「わかりました。……ところで、彼女はどうして顔色が悪いのですか」
「それは……正直よくわかりません」
視線を向けた先では、お義母さまとミュリエッタさんが何かを話しているのが見えました。
レジーナさんは口を出す様子はなく、ただ見守っているようです。
多分、ミュリエッタさんの様子がおかしいのは『結婚観』がポイントなんだと思いますが……今回ばかりは断言できません。
大体それが前世の記憶が影響しているだなんて説明もできないし、そうするとこの世界での結婚観に対して納得できないのは異端ということになりかねませんし。
彼女の場合は恋愛に憧れているお年頃ってことで納得はしてもらえそうな気がしないでもないけど……いやでも貴族教育を受けているんだから無理があるかしら。
「ミュリエッタさん」
テーブルに戻った私の声に、彼女はのろのろと顔を上げました。
そして視線を横に向けて、ニコラスさんを認めるととても嫌そうな顔をしました。
ああうん、わかる。
彼女も逃げられるとは思っていないのでしょう。
不承不承という感じはありますが、ニコラスさんが差し出した手を大人しく取って、少しためらった様子を見せつつも私たちに向かってお辞儀をして背を向けました。
「それではユリアさま、後程」
「……書面で結構ですよ、お互い忙しい身ですから」
「そんなつれないことをおっしゃらず。では」
ニコラスさんが胡散臭い笑顔でミュリエッタさんと共に出ていきました。
そんな彼らを見送って、お義母さまがほぅっとため息をつきました。
「なんというか、彼女はとても危うい感じのする子ね……そう、多分だけれど、とても大事に育てられたんじゃないかしら」
「え?」
「まるで夢見る子供のようだと、そう思ったわ」
お義母さまがそうミュリエッタさんについて素直な感想を述べたのを、私は何とも言えない気持ちで聞いたのでした。




