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さて、レジーナさんによって連行……じゃなかった、誘導していただいた二人を連れて野苺亭の一角に我々は座ったわけですが……勿論、雰囲気最悪ですね!
でもしょうがありません、あのままにしておくわけにはいかなくなっちゃいましたからね。
お義母さまの手前、エイリップ・カリアンさまが連行される姿を見せるわけにもいきませんでしたし、騒がれるのはこっちからしたらいい迷惑ですし。
不満そうな二人と、心配そうなお義母さまをレジーナさんに一旦預けて私は双子の店員さんに手紙を王城に届けてもらう約束をし、その分のお金を支払いました。
まあちょっとした痛手ですが、大した額ではないのでこれも必要経費と思うことにしましょう。
「お待たせいたしました。今全員分の注文も済ませてきましたので、一旦落ち着きましょう」
「……何が目的だ」
「そうですね、エイリップ・カリアンさまもミュリエッタさんもお迎えが来るまでティータイムを楽しんでいただければそれで」
唸るような声を発したエイリップ・カリアンさまですが、さすがに店内で怒鳴り散らすようなことはしません。まあ、ものすっごく睨まれてますけどね!
本当なら騒ぎまくって私なりお義母さまなりに手をあげかねないほどのお怒りって感じがしますが、レジーナさんがそこのところは牽制してくれているようです。
ミュリエッタさんはそんなエイリップ・カリアンさまから距離をとりつつドン引きの顔をしていますが、私の『お迎え』発言にぎょっとした様子を見せていました。
なんでそのまま解放されると思った?
「エイリップ、あなた何をしているの? お父さまのご容体が優れないと聞いているけれど、お兄さまを手伝っているのではないの?」
「……家を出た叔母上には関係のないことだ」
「関係あるわ。当主が体調不良で次期当主が代行しているのであれば、その次を担うあなたがこんな場所でフラフラしている場合ではないでしょう」
「出来損ないで嫁に出された分際で偉そうな口を……!」
お義母さまが正論で諭そうとしましたが、案の定エイリップ・カリアンさまは噛みつくだけで何も響いておられませんね。
まあ私としてはおそらくきちんと次期領主候補としての教育を施されていない彼がいても、領地ですることを指示されるでもなく、また自身でも見つけられずに腐っていたんじゃないでしょうか。
そこでふらふらされても面倒だからどうせだったらミュリエッタさんを口説くついでにタルボット商会の件もなんとかしてこいとかなんとか言われたとか……まあ憶測ですが。
(さすがにそこまで適当じゃないと思いたいしね)
ただこれが妄想だと言い切れないのがパーバス家っていうか、エイリップ・カリアンさまの行動がアレだからそんな風なイメージしかないんですよね。
「お義母さま、エイリップ・カリアンさまにもお考えがあってのことでしょうから、言えないのかもしれませんよ」
「……ユリア……」
「なんにせよ、エイリップ・カリアンさまに関してはおそらく王城の警備隊から迎えが疾く来てくださいますでしょうし、ああほら、紅茶も来ましたので」
私の言葉に彼も苦々し気になりましたが、迎えと耳にして予想はしていたのでしょう。
何かを言おうとしたところでレジーナさんに睨まれてまた嫌な沈黙が訪れました。
周りのお客さんも先程の騒ぎを知ってか知らずか、こちらをチラチラ見てくるし……落ち着かないったらないですよね。まあ、それも仕方ない。
「なぜ叔母上が城下にいるんだ」
「それは、私に会いに来てくださったからです」
「貴様には聞いておらん!」
「そうですか」
お義母さまは先程しっかりと叔母としての態度を見せましたが、それでもやはり顔色が優れません。震える姿に思わず私が前に出てしまいましたが大丈夫だろうかとちらりと視線を向ければ、ほっとしている様子が見えました。
「ユリアさま、来たようです」
「レジーナさん、エイリップ・カリアンさまのお見送りをお願いしても?」
「かしこまりました。さあ、まいりましょう」
輝くような笑顔でレジーナさんが引っ立て……いえ、リードして、エイリップ・カリアンさまはいなくなったわけですが……いやあ、あの人については後程警備隊から謝罪が届くのでしょうね。
勿論これも材料にさせていただくことにしましょう。
なんのって? そりゃまあ、パーバス伯爵家に里帰りするお義母さまの安全を守るためのです。
「ミュリエッタさんはもう少々お待ちくださいね」
「あ、あたしは……無関係です」
「だとしても、従者の一人もつけておられないご令嬢を一人で帰すわけにはまいりません」
「じゃ、じゃあ先程の騎士さんに送ってもらえれば、それで!」
「それは無理ですよ」
しれっととんでもない要求をするミュリエッタさんに、私は静かに断りました。
いやいや、確かにレジーナさんは騎士ですけどね。
なんでミュリエッタさんを送ってあげなきゃいけないんですか。
「彼女は私たちの護衛です。ミュリエッタさんを送るよう指示している間、私たちに何かあっては彼女の責任となるでしょう。職務放棄を促したとあっては、私も申し訳がたちませんから」
「そんな……」
いやいや、そんな悲痛な顔をされても。
前に注意されてたでしょうに……。今回ばかりは私も甘い顔ばかりしていられません。
私もやられてばかりというか、甘い顔をしてばかりだったから良くなかったのだと思いますし。とはいえ、見捨てるということはできそうにないのでそれ相応の対処を選んだわけですが。
「……わかりました、大人しく従います……」
「ご理解いただけて、なによりです」
私の決意を感じ取ったのでしょうか、不承不承といった感は拭えませんがミュリエッタさんは目の前のカップを掴むとお茶を飲み始めました。
必死に無表情を貫こうとはしているようですが、私から見てまだまだですね。
……こういうところがなんとなく幼くて、心配になっちゃうんだよなあ!
「ねえユリア、こちらのお嬢さんはどなたなの?」
「え? ああ、お義母さまは初めてお会いするんでしたね、すみません。こちらはミュリエッタ・フォン・ウィナー男爵令嬢です」
「まあ、それじゃあこの方がかの英雄のお嬢さまなのね」
「ミュリエッタさん、こちらは私の義母です」
「えっ、おかあさん……!? あ、失礼しました。ミュリエッタと申します……」
私の紹介に目を丸くしたミュリエッタさんは、慌てて挨拶をしつつもお義母さまのことを凝視しています。
えっ、そんなにびっくりすることかな!?
って思いましたが、なるほどきっと似ていないなと思っているんじゃないでしょうか。
「……随分、お若いお母さまなんですね……」
「まあ、ありがとう。でも私はユリアにとっては継母だから、息子の年齢を考えたら特別若いとは思わないわ」
「えっ!?」
確かお義母さまって十八歳前後で我が家に嫁いでこられたと記憶していますが、でもミュリエッタさんのそれわかる! うちのお義母さまは私と同じで落ち着いた色調の服ばかり着てらっしゃいましたがしっかり装ったら絶対美人に見えます!
そりゃこの国の美的ポイントってやつからは若干ずれているとはいえ、私の目から見て美人ですもの。
単純に今までそういう装いをしたことがないのと、既婚者なんだから……という固定観念に囚われていたであろうお義母さまには是非今度オシャレしていただきたい……!
そうだ、次にこちらに来ていただいた際にはブティックも回ろうそうしよう。
「む、息子さんも、いらっしゃるんですか?」
「ええ。ユリア、ミュリエッタさんはあの子に会ったことはないのかしら」
「生誕祭のパーティーでもしかすれば挨拶はしたかもしれませんが……」
「そうなのね」
「生誕祭のパーティー……じゃ、じゃあ……私と同じくらいの、年齢の方、なんですか。そんなに大きなお子さんが、いらっしゃるんですか……?」
「ええ。貴族女性としては一般的だと思うけれど変かしら……あ、そうね。貴女は冒険者をしていたと私も聞いたことがあるわ、きっと貴族社会の結婚の早さに驚いたのではなくて?」
「は、はい」
私は内心そんなことを考えて悦に入って会話に参加しつつ色々ブティックの名前を頭の中でリストアップしていましたが、ミュリエッタさんの様子がおかしいことに気づきました。
(どうしたんだろう。今までにない反応……?)
なんというか、びっくりを通り越して、愕然としている?
まるで知ってはいけない事実を、知ってしまったみたいな……。
ミュリエッタさんの視線は、お義母さまに釘付けでした。わけがわからないよ!




