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城下町はやはり国内で一番歴史のある町でもあるので、国民の誰もが一度は耳にしたことがある老舗などがあるほか、やはり国王陛下のお膝元ということもあって著名な芸術家による建造物や彫像、そういったものなども数多くあります。
それらの大半が国外からきた来賓の方々の目を楽しませたり、国の威信をわかりやすく形にしている物ではあるんですが、同時に人々の目も楽しませているわけです。
ほかにも国民が自由に使える国立美術館ですとか図書館ですとか、そういうのだってあるんですよ!
学園に関してはさすがに見学をするには突然ですので無理ですが、お義母さまはそういったものを熱心に見ておられました。
ゆっくり見学する時間はさすがになかったのが残念ですが、それはまた次回と決めましたので今度来ていただく時にはたくさん計画を立てないといけませんね!
特にオルタンス嬢が嫁いでこられた後に領主夫人の仕事を引き継いだらお義母さまも自由な時間が増えますし、そうしたら好きなことがたくさんできるはずです。
「規模は小さくても良いからああいったものがあると、領民も楽しかったのかもしれないわねえ。まあ現実的ではないけれど」
「そうですねえ、維持費がなかなかかかるものだと思いますし」
「メレク達の代とまではいかなくても、いつか……ファンディッド領の人々が学びに不自由することのないだけの資産を持てるようになれば良いわね」
「そうですね」
「その時は、男女関係なく……そういう考えも増えるのかしら」
「そうかもしれません」
さすがにそこは安易に『そうですね』とは言えませんのでそうだったらいいなと私も希望を込めて同意しました。
でもお義母さまもわかってくださったのでしょう、嬉しそうに笑ってくださいました。
なんか、今……すごく仲の良い親子だ……!!
「それにしても、すごい人の数ねえ……!」
「特にこの辺りは人気のカフェなども多いですから。お義母さまを連れていきたいお店があるんです」
「まあ、楽しみだわ!」
連れていくのは野苺亭の予定です。混んでないと良いんですが……お義母さまは街並みや賑わう店先などを見てにこにこしてらっしゃいますし、きっと庶民的なお店でも喜んでくださると思います。
次回はミッチェランの個室を予約してみせますよ!
王女宮筆頭として今度は王都の貴族向け観光を演出して見せますとも!!
(……でも、こうしてお義母さまと大人になってから一緒に歩くのがこんなに楽しいだなんて)
新しい発見です。
それもこれも腹を割って話すことができるようになったからでしょうか。
「お二人とも、少々お待ちください」
「え?」
「前方で、何か騒ぎがあるようです。アタシが先頭を行きますね」
レジーナさんに声をかけられて、私たちは思わず顔を見合わせました。
でも城下町は人が多いからこうして喧嘩沙汰なども時々あるそうなので、レジーナさんがいるから私は落ち着いていますよ!
いやあ前を歩いてくれる彼女の姿、なんてかっこいいんでしょうね。
お義母さまもびっくりはしていますが、不安そうな様子は見られません。
「あれは……ユリアさま、どういたしますか?」
「え?」
「どうやら騒ぎの元凶ですが、ウィナー男爵令嬢と……パーバス伯爵家のご子息のようです。どちらも従者らしき人物の姿は見えません」
「えっ……」
「野苺亭には反対側の道からでも行けますが、どちらにせよ彼らの位置では見つかる可能性がありますが……」
見つかるって言い方も気になりますけど。
お義母さまの様子を窺うと、表情が強張っておられます。パーバス伯爵家のご子息っていえばどう考えてもエイリップ・カリアンさまのことでしょう。
今はまだ、お義母さまにとって『パーバス伯爵家』関連について不安要素でしかないんでしょうし、彼らを前にしたらしっかりできる気がしないとも仰っていましたし。
「とりあえず、状況だけ確認したいのですが……お義母さま、大丈夫ですか?」
「え、ええ。私も状況は知りたいわ。もし……エイリップか、まさかと思うけれど兄だとしたらパーバス家の問題になるもの。最終的にこちらに迷惑がかかっちゃうかもしれないし……」
お義母さまは緊張と不安があるのでしょうが、責任感を見せました。
少しそれが無理をしているように見えたので心配にはなりましたが……このままどうしようかと悩んでいても仕方ありません。
あまりに問題が大きいようならレジーナさんに介入してもらってどこかで馬車を拾って放り込むことだって視野に入れなければいけませんからね!
(しかし、どっちも従者をつけてないってどういうことなのかしら)
エイリップ・カリアンさまの立ち位置は確か、王城内の仕事から外されたっていうから城下の方なんでしょうか。あれ? でも祖父が危篤で伯爵領にいるんじゃないのかな普通に考えたら。
ミュリエッタさんの場合は……前もキース・レッスさまにそれを叱られているんですから今回は知らなかったとか自分は強いからとか言い訳はできませんね。
(見なかったことにしたいけど、お義母さまからしたら甥っ子の問題だしな)
それに、懸念とされるエイリップ・カリアンさまが原因でファンディッド子爵家にまで累が及ぶようだと困りますし。
とはいえ、すでに人垣ができているところを見るともう色んな所からお叱りをいただくんじゃないですかね、これ……さすがにこれで私が統括侍女さまに呼びだされる事はないと思いますが。そうだよね? 呼びだされないよね?
「離してよ!」
「貴様はタルボットと懇意なのだろうが! 口添えをすれば良いだけだと何度言えばわかる!」
「嫌に決まってるでしょ、アンタみたいな乱暴者なんてお断りだわ!」
「この……! 折角この俺が妻にしてやると言っているのに……!!」
うわあ、絶対に行きたくない状況ですねこれ。
今回ばかりはミュリエッタさんに同情しますよ、まあ従者とか護衛を連れていたら状況が違ったと思うんですが……。
彼女の方が強いはずなのに振り払ったり投げ飛ばしたりしない辺り、できないのかしない理由があるのか、そこが問題ですが……エイリップ・カリアンさまの方も彼女の腕を掴んでいるだけでそれ以上乱暴をする様子は見受けられません。
いや、腕を掴んでいるのでも相当ですけど。
(あれで一応、双方周囲に気を使ってるつもりだったりして)
いやいや、さすがにそれはないか。
とはいえ野次馬が随分と増えてきました。中には冒険者たちもいるでしょうから、セレッセ領であったような『ミュリエッタファンクラブ』みたいな人たちが現れかねません。
「レジーナさん、これ以上はウィナー男爵家にもパーバス伯爵家にとっても恥となりかねませんが……できたら私は知らんぷりして去りたいかなって思うんですが、どうでしょう」
「もう遅い気がしますけどね」
「え」
「ほら、こっち見てますよあの二人」
「うわ」
お義母さまがいるっていうのに思わず心底嫌だと思った途端声が出てしまいました。
困った顔でこちらを見るお義母さまに、私はなんとか笑顔を浮かべましたが……ああうん、どうしてくれよう。
もう見つかってしまったなら仕方がありません。
ここで逃げて大声で名前を呼ばれても厄介です。
「レジーナさん、あの二人を連れて野苺亭に行きましょう。店内に入ったら店の方にお願いして王城から人を寄越してもらうことで何とかなると思います」
「アタシがどっちも捻りあげて兵士に突き出しちゃだめですかね」
「それはさすがにだめです」
レジーナさんが強くてもそれは絶対にダメです。
まあ、騒ぎがあったんだからそのうち連絡を受けてくるんでしょうが……よくある痴話喧嘩くらいの認識だったらもう少し遅いかも。
いやでもミュリエッタさんは有名人だからなあ!
もう明日からと言わず今日から噂になるでしょうね!
痴話喧嘩を真昼間っから衆目の前でって笑われるだけなら可愛いものですが、暴力沙汰だとか英雄の娘に対して狼藉ですとか、彼女の方も令嬢なのに一人で出歩くには後ろめたいことが……とか好き放題言われかねません。
ほっといてもいいんですけどね!
(でもさすがにお義母さまの手前、エイリップ・カリアンさまが兵に連行されるところを見せるわけにはいきませんからね……)
するっと人混みを抜けてレジーナさんが歩み寄りましたが、二人はまだこちらを見ていました。
でも思うのです。
こっち見んな。




