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とりあえずお義母さまと話を終えて私たちは面会室を後にしました。
今回は面会室の方が配慮してくださって、個室を用意してもらったので周囲の目を気にする必要はなかったので大変ありがたかったです。
いえ、大変ありがたかったんですが……。
(以前お父さまが面会に来て『お前が不憫でならなかった』とか騒いだあれで同情されて今回もそうなるかなって思ってた……みたいな顔ですよ……)
良かったねのサムズアップとか要りませんから!
どういうことだってば……!!
いえ、わかってるんです。善意ですよね。厚意ですよね。
長く勤めているとお互い顔見知りにもなるし信頼関係もあるから空いていれば個室だって案内してくれますよね。
わかってます、わかってます。
ほら、レストランとかだって空いてれば一人で行っても四人席とか座れたりするアレです。特別扱いってわけでもないです。
だからサムズアップ……いやうん、現実を認めましょう。
親切心からだとわかっていてもこの居た堪れない感! 切ない……。
「それではお義母さま、庭園でお待ちください。すぐに行きますので」
「え、ええ。でも無理はしなくても良いのよ?」
「大丈夫です!」
お義母さまはどうやら昨日城下近くの町で一泊してからこちらに来てすぐ私に会いに来てくださったらしく、目的である相談をした後はそのまま馬車に乗ってファンディッド領に帰るつもりだったらしく……。
折角こちらにまで来られたのだから観光の一つや二つ! 私がして差し上げたい!!
とはいえ私も今は勤務中、はいそうですかと抜け出すわけには参りません。
プリメラさまに許可を取って、セバスチャンさんたちに後のことを頼んでと手順を踏まねばなりません。
むしろ無理を言うんだから許可が出ないことも考えなければ。
マナー違反にならない程度に急ぎ足で王女宮に戻り、プリメラさまにご相談したところ目を丸くしてプリメラさまは立ち上がってすぐに行けと言ってくださいました。
「ユリアのお母さまなのでしょう、そういうことだったらすぐにでも行ってあげなくっちゃ。今日はこのままお休みで良いから、早く早く!」
「プ、プリメラさま、そのように背を押されずとも!」
「後のことはセバスもいるし、大丈夫だからね!」
「あ、ありがとうございます……」
「親孝行は大事ですもの! 本当はわたしもご挨拶したいところだけど……それだとファンディッド子爵夫人がびっくりしちゃうものね……」
プリメラさまは残念そうにしていたけれど、ご自身の身分というものを理解して遠慮するとかどこまでもエクセレントな気遣いができる……天使……!
「あ、護衛騎士を連れて行くのを忘れちゃだめだからね!」
「はい、ありがとうございます」
「わたしからユリアの部屋に行くよう伝えておくね」
「プリメラさま……」
「ユリアはしっかりお母さまをおもてなししてくるのよ? わかった?」
「はい、確かに承りました。ありがとうございます、プリメラさま」
「うふふ、行ってらっしゃい! よろしく伝えてね」
どこまでも優しい……!!
思わずじーんと感動してしまいましたが、確かにお義母さまを待たせるのも申し訳ないので私はプリメラさまに改めてお辞儀をして退出をしてから慌てて着替えました。
着替え終わって部屋を出た所でちょうどこちらに向かってくるレジーナさんの姿があって、彼女は私を見つけるとすぐに駆け寄ってくれました。
いやぁ、なんだか最近レジーナさんには世話になりっぱなしですね!
今度何かお礼をしないといけません。
「レジーナさんが今日も護衛をしてくださるんですか?」
「はい、そうです。言ったでしょう? ユリアさまがお出かけの時はアタシを選んでくれるよう隊長に伝えておくって」
「まあ……」
本当にそうしたのかと思うとくすぐったい。
いやでもそれでいいのか? 護衛騎士のお仕事って基本的にプリメラさまの護衛じゃないのかしら。まあ、そのプリメラさまの側近に何かあっちゃいけないのは確かなんですが……。
まあもう暫くは私が外出するのにもレジーナさんがついてきたって、公認ですからね!
今回は特にプリメラさまのご許可の下ですから良いのです。
「ファンディッド子爵夫人がお帰りに使う馬車もきちんと押さえておきましたから、これで安心して王都を案内して回れますね」
「まあ、そこまで手配してくださったんですか?」
「ええ、折角だから楽しい思い出をもってお帰りいただきたいと王女殿下が仰せでしたので。普段、ユリアさまを王城で拘束する時間が多く家族には寂しい思いをさせて申し訳ない、と……良かったですね、ユリアさま!」
「プリメラさま……」
今日何度目の感動でしょう!
いくら筆頭侍女で専属侍女の家族だからって、そんなに手厚く色々しては不公平になるという声が出てきそうな気がしないでもありませんが、それでも嬉しいものは嬉しい!
「あ、あそこにおられましたね。それにしても従者が一人だけというのは心細くなかったんでしょうか」
「……ファンディッド子爵家はそんなに裕福ではないもの。私が以前まで帰省する際は護衛付きの馬車で一人で帰っていたのを覚えている?」
「ああ、そうでした……」
乗合馬車の護衛付き、まあ貴族籍で私みたいに裕福ではない側の、次男とか次女以降の立場がちょっとだけ低いメンバーは従者を持つのも難しい。
私が『王女宮筆頭』だから高位貴族みたいに従者がいそうってイメージをもつ人がいるんですが、残念ながら下位貴族の長女です!
従者を雇うなんてとてもとても……それに普段からいられても困るっていうか。一年の八割を王城で過ごす以上必要ないですしね。
私たちが歩み寄ると、お義母さまもぼんやりと眺めていた花から視線をこちらに向けて安心したように笑みを浮かべられました。
(あっ、ちょっと心細かった?)
そうだよね慣れない場所で大変だったねごめんなさい!!
慌てて私が行こうとするのよりも早くお義母さまは一歩進んで、レジーナさんに向けて淑女の礼をとりました。
それに対してレジーナさんはぎょっとしたように足を止めてから、同じようにお辞儀を返しました。
「護衛騎士の……レジーナ殿でしたね。先日は醜態をお見せいたしました、そして娘を守ってくださってありがとうございます」
「はっ、いえ、……役目でもありますので、お気になさらず」
「ファンディッド子爵夫人としてお礼を申し上げたかっただけですので、どうか感謝を受け取ってくださると嬉しいわ。贈り物もなにもありませんけれど……」
「いえ。そのように仰っていただけるだけで、嬉しいです」
驚いたけど、驚いたよりもはるかに嬉しかった。
娘を守ってくれてありがとうって、お義母さまが言ってくれたことが嬉しかった。
「お義母さま……」
「それにしても王城の庭は本当に美しいのね。貴女が手紙で教えてくれた通りだったわ。……それで、これからどうするの?」
「あ、はい! 王女殿下のお許しをいただきましたので、城下を案内しようと思って……」
「まあ本当? 嬉しいわ!」
「それじゃあアタシは馬車を回してきますので、こちらでこのままお待ちくださいね」
ぱっと嬉しそうに笑みを浮かべてくれたお義母さまに、私もほっとする。
そんな私にレジーナさんは去り際にそっとウィンクして囁いた。
「良い『お母さん』ですね、ユリアさま!」
「レジーナさん……」
「それじゃあすぐ戻ってきますので、お待ちください。ファンディッド子爵夫人」
レジーナさんってなんでああもかっこいいんでしょうね……。
彼女が男性だったら私、惚れていたかもしれません!
勿論、アルダールにはこんな仮定言いませんよ? 言いませんからね!?




