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ジェンダ商会で買い物をしてからすぐに実家に……というか家族それぞれにお手紙を書いて数日。
なんと、今回はお義母さまが王城まで面会に来てくださいました!
今まで一度も来ていただいたことがないので、驚きです。
(というか、お義母さまってそういえば城下まで来たことってないんじゃないかしら)
一応町屋敷という名前のアパートは城下で借りていたファンディッド家ですが、あまり王城に呼ばれることもありません。
ですのでお義母さまもメレクもあまり利用したことはないんじゃないでしょうか。
その上でお父さまが借金問題を起こした時に一度解約したんですよね。節約として。
まあ貴族としてのステータスとしては減点ですが、無駄な出費は抑えていつかもう少し立派なところを借りようと家族で改めて決めたというわけです。
ファンディッド夫妻が揃って招かれるような大々的なことも最近はありませんしね……ああ、いえ。
生誕祭や新年祭の行事がありましたがそこはメレクがお父さまの代理だったからですね……借金問題でお父さまは大人しく半隠居ってことで世間は落ち着いてますから。
(そういう意味ではお義母さまはあまり大々的な社交は経験なさっていないのだなあ)
参加してみたいと思ったりしたんでしょうか。
おっと、そんなことを考えている場合ではありませんでした。
「お義母さま、遠いところをわざわざどうなさったのですか?」
「ええ、相談したいこともあって……ちょっとあの人とメレクには聞かせにくくて、それで悪いけれどユリアを頼れないかと思って……」
「お父さまたちに話しづらい、ですか?」
「あ、大丈夫よ! あの人にはユリアに会いに行きたいってちゃんと伝えてあるの。……今まで私が個人的に出かけたいって言ったことがなかったから、とても驚いていたけれど、それを喜んでくれたわ」
「お義母さま……」
なんていうことでしょう。
なんていうことでしょう!!
個人的にどこへ行きたいってそういうのも我慢して良い母で良い妻をしていたってことですよね。なんてことでしょう!
思わず三回も驚いてしまいましたが、今までのお義母さまを思うとあまりにも衝撃的でした。
でも今回のもただ物見遊山的に城下町に来たついでに娘に会いに来たというわけではなさそうなので、そういう意味ではまだ完全に自由を謳歌しているというわけじゃなさそうですが……。
「そ、それでどうなさったんですか?」
「そうね、本題に入りましょう。ユリアから手紙を受け取って、私も思い当たるところがあったの」
お義母さまが真剣な顔になって三通の手紙を取り出し、私に渡しました。
そのうちの一通は私のもの。そしてもう一通はパーバス伯爵家の押印があるもの、そしてもう一通は特に印のない封蝋でした。
「貴女の手紙と、兄からの手紙。そしてもう一通はね、結婚して以来音信不通だった姉からのものなの」
「お義母さまの、お姉さま……ですか」
「ええ。今回のことで私も思うところが色々あって、姉に連絡を取ってみようと思ったの」
お義母さまによると、お義母さまのお姉さまはとある辺境伯の腹心である騎士の元へ嫁がれたそうです。
これは推測でしかないけれど、辺境伯の影響力を得たかったけれど婚姻を結ぶに至らず、それならばその側近に嫁がせパーバス伯爵家……というか伯爵本人に便宜が図れるよう狙ったのではないかということでした。
辺境伯という地位は確かに国境を守る要なのでとても重要な地位で、辺境だからと侮る方々も多いですがその分上手にやれば利益も多く手に入るとメッタボンが言っていました。
(あの妖怪爺、自分のことなら確かにすごいアンテナのある人だったのかも)
まあ、その計画が成功したのかまではわかりませんが。
お義母さまもあくまであの妖怪爺の性格から推測しただけだとおっしゃってましたし。
とにかく、今回ファンディッド家で家族について考えたお義母さまが、期待せずそのお姉さんにお手紙を書いたところまさかの即座に返事が届いたというのです。
「まあかいつまんで話すと、お姉さまも当時は自分を守ることで精一杯で、私に対して罪悪感があったそうなの。嫁ぎ先では幸せに暮らしているから余計に罪悪感があって連絡ができなかったそうよ」
「そうなのですね……」
「姉の夫は誠実な人で、何度か家族のことで悩む姉に対して妹を引き取ってもいいと言ってくださったそうなの。お父さまとお兄さまが怖くて、踏み出せなかったと書いてあったわ」
「……そう、ですか……」
遠くに嫁いでなお、そんなに恐怖を覚えるってどんな生活だったんだろう。
私には全く想像できません。
ですが、お義母さまは気にしていないどころかどこか嬉しそうなので私は何も言えませんでした。
「姉妹の関係は私自身の問題だけれど、姉とちゃんと話ができるのも家族がいてくれてこそだわ。だから大丈夫よ」
私を宥めるように手を伸ばして頭を撫でてきたお義母さまが優しく笑うので、なんとなくくすぐったくなりましたがここは面会用の個室ですからね、素直に甘えておくことにしました。
「まあ、姉妹仲については私たち自身の問題だからそれは良いの。そうじゃなくて、もしお父さまが本当に危篤状態だとするならば姉にも連絡がいっているはずだと思って問い合わせたのよ」
「……なるほど、言われればそうですね!」
危ないという話は確かに以前もお義母さま宛に届いておりました。
私はこの王城にあってその話が本当らしいという情報をセバスチャンさんが仕入れてきてくださったので……いや、情報源がどこかわからないんですけど。
だってセバスチャンさんですし……。
まあそれ以外にもハンスさんからも似たような話が出ていたんですから、多分危ないことは本当なのでしょう。あちらはお義母さまたちを捕まえて私を呼びだす算段だって言い方でしたけどね!
(でも、あのパーバス伯爵さまが健在ならそんな危険を冒させるはずがないと思うんですよね……あの人は良くも悪くも、危ないことはせずに上手くやることを狙う人だと思うので)
それに、タルボット商会が離れたというのも本当の話ですし。
だとすれば疑う余地はないと私は思うのです。
「おそらくお父さまが危ないということは本当だと思うの。兄が手紙という証拠が残るものを寄越すのに、そんなことを書くなんて……お父さまがご健在ならあり得ないわ」
お義母さまはきっぱりと言い切りましたが、それはそれでどうなんだ!?
パーバス伯爵家の闇が深すぎる気がしてなりません。突っ込んではいけない、そう私は思いましたね!
「それでね、姉には連絡がいっていなかったようで……おかしいのよね。姉の嫁ぎ先だって親戚なのだし、騎士だからとはいえ相手も貴族。そんな失礼な話はないわ。そう思うでしょう?」
「はい、お義母さま。……少し私の方にもいくつかお話があるのです」
今のお義母さまには話しても大丈夫そうな気がしました。
実家の人間を前にしなければお義母さまは冷静な子爵夫人であると思いますし、だからこそお手紙を送ったんですが……動揺するかなと思って閉じ込めて私を呼びだす理由にしようとかタルボット商会の件とかは伏せておいたんですよね。
私が話をし終えた所でお義母さまは難しい顔をしていらっしゃいました。
まあそりゃそういう顔をするよねっていう。わかります、気持ちは。
「さすがに……いくら兄が、狭い世界の中で生きる人間だとしても、そこまで愚かではないと思いたいのだけれど……。それに、もしお父さまが本当に、その……そうなったのならばお別れは言いたいと思うし」
「そこなんですよね……。本来ならばファンディッド子爵家としてお父さまとお義母さまが共に行かれると思うんですが……その際に少し、私に考えがあるのです」
「考え?」
安心していただこうと笑みを浮かべた私に、お義母さまがますます怪訝そうな顔をしました。
ちょっとお義母さま、それはどういう表情ですかね!




