333 それだから、かっこいい。
今回はレジーナさん視点になります!
珍しく、ユリアさまが怒っていた。アタシのせいじゃないけど。
でもまあ、わからなくはない。
(アタシだって今回のやり方はどうかなって思ったもの)
ユリアさまはどちらかといえば、短気なアタシから見てとても穏やかで焦ったり急かしたりはあまりない人だと思う。
そんなユリアさまが怒りを露わにするっていうのは、前にご一緒させてもらった帰省の際に狼藉を働いたあのボンクラ男の行動に対してくらいだろうか。
まあ、セレッセ伯爵さまの意地の悪さにジト目にはなってらっしゃったけど、あれとは度合いが違う。
何を牽制するんだか炙り出すんだか知らないけれど、良い迷惑だと思う。
朝から護衛だとユリアさまを迎えに行く途中で呼び止められたかと思うとリジル商会の間だけ交代って何様だと思ったものよね!
まあ、近衛隊の方が立場が上だし、きちんとした命令書も持っていたからアタシが文句を言ったところでどうにもなりゃしないんだけど……。
それでも腹が立つったら!
その上、ユリアさままであんな怒らせるだなんて隊長を通じて後で苦情を入れておくんだから!!
(大体近衛隊が出張ってくる方がいけないのよ。バウム卿はちゃんとユリアさまに対して行動しているし、それでいいじゃないの。変に貴族のどうたらを二人に押し付けるからややこしくなるのよ)
傍から見ていれば二人ともとても幸せそうだし、自分たちのペースで好きに恋愛をさせてあげたらいいのにと思ってしまうのは、アタシが平民だからかもしれない。
勿論こうして護衛騎士にもなっているし、王侯貴族の役割や結婚観が愛や恋でできていないことだってよくわかっている。
だけど、色んな面倒ごとを片付けるのに、幸せそうでそういった問題から無縁の二人を良いダシに使うのはどうかなって思ってしまうのはいけないだろうか?
友人でもあると内心思っているので特にそう思ってしまう。
(でもバウム卿がユリアさまに向ける愛情は最近じゃあ有名な話だし。それなのに地位だのなんだので横やりを入れようとする方もどうかなって思うのよね。だってそれで奪えたとして、愛情を傾けてもらえると思ってんのかしら)
アタシだったら絶対ごめんだけど。
バウム卿は基本的に敵にさえならなければ良い人だと思うし、アタシはユリアさまと親しいと認識してもらってるから他の人に比べたら友好的に接してもらってると思うわ。
だけど、一度敵と認識したらあの手の男は容赦がない。経験からそう感じている。
(……まあ、確かにあの英雄のお嬢さんは可哀想よね)
色んな人に持ち上げられて、いざ貴族! って浮かれた気持ちでいたら実際は面倒な仕来りやルールだらけの世界。華やかなのは表だけ。
それを教えてくれる人なんていない生活だったろうし、腕が立つってだけでそんな立ち位置に引っ張ってこられたらそれはまあ、バウム卿みたいな男性に憧れたって仕方ないと思うのよね。
あのくらいの年頃だったら、恋に恋する……ってやつだろうし。
ジェンダ商会から帰る道すがら、馬車の中でユリアさまはずっと難しい顔をしていた。
「ユリアさま」
「え? ああ、どうかしましたか?」
「いえ、眉間にしわが寄り始めてますよ」
「えっ」
慌てた顔で額に手を当てたユリアさまに、アタシは思わずくすりと笑ってしまった。別に馬鹿にしたわけじゃないってわかってるだろうから、ユリアさまも怒らない。
「そんなに難しい顔をしてばかりいても、疲れませんか」
「いえ、今後どうしたものかと考えていたらまとまらなくて」
「……ユリアさまがお優しいのは重々承知の上で、ウィナー男爵令嬢のことはもう切り捨ててお考えになってはいかがです?」
「確かに私は彼女の保護者でも何でもありませんからね。それが普通なのかなと思いますが……多分そうはいかないと思うんです」
「なぜです?」
「彼女が、アルダールに恋している限りそれを利用しようとする人は現れるからです」
「……」
きっぱりと、はっきりと。
それは鬱陶しいとかそういう雰囲気ではなくて、ユリアさまはきちんと把握していらっしゃる。それがすごいなあとアタシは思う。
もしメッタボンにちょろちょろとちょっかいをかけてくる女がいたら、アタシは腹が立って仕方ないと思うし、こういう状況になったらいい気味だって思ってしまうんじゃないかな。
でもこの人はそうじゃない。
冷静に、あの少女が恋を隠したり諦めたりしない限り、担ぎ出そうとする面倒な連中がいて、それはユリアさまとバウム卿の気持ちとは関係のないところで延々付きまとってくる。
そうなれば勿論、ユリアさまだけじゃなくて周囲の人間にだって影響があるだろうし……だからこそ、近衛隊やその裏で動いている人たちの気配があるんだろうけれど。
「それより、レジーナさんの分もお菓子を入れてくださって良かったですね!」
「え? ああ。本当に。アタシもジェンダ商会のグミ、実は好きなんですよ」
言ってからちょっと、子供っぽいかなと慌てて口を噤む。
だけど、ユリアさまはやんわりと笑っただけだ。
「まあそうなんですね。何味がお好きですか?」
「アタシはレモン味が好きで……ユリアさまは?」
「オレンジ味が好きですが、レモンも美味しいですよね」
ああ、きっとはぐらかされたんだなあって思う。
アタシは護衛騎士として、剣を揮い余計なことに口を出さずにお守りする役目だけれど、この人の役目は複雑だもの。
王女殿下の健やかな成長と、専属侍女として、そして王女宮筆頭という立場から守らなければならない名誉もある。
それゆえに切り捨てなければいけないこともあるだろうし、逆に切り捨てることが許されないものもあるのかもしれない。
基本的に親しみやすい人ではあるけれど、それはこの人の苦労がそうさせていたんじゃないかなって最近思うのだ。
(……気苦労の多い人よね)
ああ、もし今パーバス家のロクデナシ男がユリアさまの前に出てきたら、代わりに思いっきりぶん殴ってやるのに。
あの少女の方はもうどうしようもないんだろうけれど、あのロクデナシ男に関しては本当に切って捨ててやりたい。
心情的な問題ではなく、物理的に。
だってあれ、ただの害悪でしょ? 少なくともアタシからしたらユリアさま相手にあんな真似したってだけでそうなんだけど。
「……もう気分は落ち着かれたんですか?」
「ええ。どうするかは大体決まりました」
またはぐらかされるかなと思ったけれど、ユリアさまはきっぱりと答えてくださった。
そういうところ、かっこいい。
基本的に穏やかで、アタシからしたら上品で頭が良くて女性らしくて、腕っぷしなんてものとは縁がなさそうな守るべき人。
ただ、守られるだけじゃないってところがいい所。
「必要があればいつなりとお呼びくださいね。護衛役としていつでもご一緒いたします」
「まあ、ありがとうございます」
願わくば。
この人が、傷つくようなことなくこの面倒ごとが全部片付いてくれたらいい。
それでももし傷つくことがあって、腕っぷしに物を言わせていいんだったらアタシにお鉢が回ってくればいい。なんだったらメッタボンだって手伝ってくれるもの。
「ホントですよ? 隊長にはアタシが必ず行くって言っておきますからね!」
「……ありがとう、レジーナさん。いつも頼りにしちゃってるわ」
照れたように笑うこの人と、親しくもない小娘や嫌いなロクデナシとかだったら、誰を大事にするのかなんて一目瞭然。
ましてや、アタシが忠誠を誓う国がこの人を守れと言ってくれてるんだから、それに乗っからないワケがない。
「アタシの剣にかけて、お守りしますね」
大切なお友達ですからね!




