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ハンスさんが余計なことを言うものだから私は買い物に身が入らなくなりました。
当然でしょう!
予想の範疇とはいえ、貴族としてどころか人としてどうかなっていうことをお義母さまの家族が画策してるとか、普通に知りたくなかったわ!
いや勿論それは善意で教えてくれたんだろうということはわかっております。
なぜならお義母さまたちがそれで囚われの身にならぬように忠告してくれているのですから。
(私という護衛対象がそれによって余計な行動をしないようにっていう牽制な気もしますけど)
むしろそっちの方が意味合い強い……?
確かに、お義母さまとメレクがあちらの家で具合が悪くなって帰れなくなって、助けを求めているので一緒に来てもらえないかとか言われたら罠だと知りつつ揺らぐんじゃないかと思います。
まあ、その場合は何かあっても手を貸してくれそうな方を連れて行きますけど。
でもそんなことになったら、色んな意味でパーバス伯爵家とファンディッド子爵家は貴族社会の笑いものになりかねません。
ミイラ取りがミイラにならないために行動するってことは、秘密裏に片づけられないってことですからね!
だからってわざわざあちらが見逃すとも思えないっていうか、切羽詰まってるんだからこういう行動をしているんだろうって思いますし。
「まあそこまで深く考えなくていいんじゃない?」
「それを貴方が仰いますか……」
けろっとした感じで言うことじゃないよね!
まったくもう……。
そんな風にしているとリジル商会の会頭が来たので、私は思考を切り替えることにしました。勿論、気にはなりますが……想定の範囲内である以上、事前に実は手を打ってあるのです。
前回の帰省で仲良くなった館の侍女たちに、もしお義母さまがパーバス伯爵家に戻らねばならないようなことが起きたら、準備をできる限り時間をかけて、私に即連絡を寄越してほしいとお願いしたのです。
知らないままなにがあったのかわからず行動するのと、知っていて対策を考えながら行動するのではまるで異なりますからね!
とはいえ、準備を遅らせるのにも限度はありますし……もしも伯爵さまの、不幸の知らせであるならお義母さまだってすぐに帰りたいと思われるでしょう。
ないにこしたことはありませんから、その手はできるだけ使いたくありません。
ですから今のうちに情報を集めて安心できる要素を見つけた上でお土産を持たせたかったんですけど……。
(全然安心できる要素が見つかりゃしませんね!!)
でもハンスさんからの情報で、お義母さまへのお手紙にパーバス家とタルボット商会の関係悪化に関して私は何も関与していないことに加え、何があってもあちらへ戻られることは待ってほしいということを手紙に書くことにしましょう。
以前のお義母さまならば何を言っているのかと一笑に付したことでしょうが、今ならばちゃんとどういうことか考えてくださると思います。
(……でも、親族でありながら行かないというのも失礼だものね)
そこをどう対処する?
選択肢を間違えるとそれはそれで面倒が起きる気がしますので、やはりここはセバスチャンさんがあちらの家の内情を噂で仕入れてきてくれることに期待するしかありません!
「それは随分と香りが強いのですね、できればもっと穏やかな気持ちになれるものが好ましいのですけれど。それとは別に香りも味わいもすっきりとしたものは?」
「ではこちらなどいかがでしょうか」
「……そうですね、ではそちらを……」
それにしても自分で言うのもなんですが、紅茶の品定めをしながらこうやって並列思考ができるって結構すごくない?
仕事をしている上で必要なスキルだったから侍女になって鍛えられたと言わざるを得ないスキルですが、今ものすごく活躍している気がする……!!
芋ようかんに合う紅茶が手に入りましたから、これでセバスチャンさんと戻ったらお茶会ですね! きっと今頃情報を整理して待っていてくださることでしょう。
ほっと一息吐き出して、お見送りされながらリジル商会を出た所で会頭さんが「そういえば」と声を上げました。
「どうかいたしましたか?」
「最近、同業者がご迷惑をおかけしたようで」
「えっ」
「いつなりと、お待ちしておりますよ」
「えっ」
何それコワイ。
にこー、と人畜無害っぽい笑顔を浮かべた会頭が私に向かって手を振る中、どういうことかと問うわけにもいかずハンスさんに手を取られて馬車までエスコートされた私は頭を悩ませるしかありません。
そんな私を見てハンスさんが笑っているわけですが、彼はどこまで、何を、知っているのでしょうか。恐ろしい!
「ほらユリアちゃん」
「……なんですか」
「あそこにミュリエッタちゃんがいる。今、会頭にお見送りされてたユリアちゃんを見てたね」
「レムレッドさま……!?」
「しっ。そっち見ちゃだめだよー。俺の護衛はここまでね! レジーナ殿がすぐそこにいるからもう交代するからさ。今度ゆっくり話そう?」
「……貴方さまの任務は完了、ということですか」
「まあね」
「それはつまり、彼女に見せることだったんですか」
「さあ、それはどうだろうね」
くすくす笑ったハンスさんがひらりと私に向かって手を振って、身を翻す。
そして去っていく薄紅色の髪を持つ少女の背を追って、駆けていくのを私は何とも言えない気持ちで見送りました。
(どういうことになってんの……!?)
楽しい買い物、そういう一日になるはずだったのに。
ミュリエッタさんに見せつけて何がどうなるっていうんでしょうか。私が大事にされている、近衛騎士隊に……大商人に。
それを目の当たりにして、彼女が何を思うのかとか行動するのか、それがどんなことになるというのでしょう。
(なんだかあの子を虐めているみたいで、気分が悪い)
「ユリアさま?」
ハンスさんと入れ替わるようにして馬車に入ってきたレジーナさんが、私の様子を訝しんで声をかけてくれましたがすぐには応えられませんでした。
「ユリアさま、具合がよろしくないようでしたらこのまま王城に戻りますか」
「いえ。……戸を閉めて、レジーナさん。出発はせず、少しだけこのままで」
「はい」
気を遣ってくれるレジーナさんには大変、大変! 申し訳! ないのですが!!
私は馬車のドアを閉めたレジーナさんの腕をがしっと掴みました。
ぎょっとする彼女に、私は身を寄せて挑むように見上げながら、声を潜めて問いました。
「レジーナさん、知っていること、洗いざらい吐いていただきましょうか」
「えっ、いえ、あの、ユリアさま……申し訳ありませんが、アタシも詳しくは」
「知っている限りで結構です。教えていただけますね?」
「ゆ、ユリアさま」
「教えていただけ、ます、ね?」
ひくりと笑顔を強張らせたレジーナさんには申し訳ないと思っています。
自分でも随分と目が据わっていたんじゃないかなって思うんですよ。
でもね、やり方とか色々事情があると思うし、私にも彼女にも、ハンスさんにもミュリエッタさんにもそれぞれ立場とかあるってのも理解した上で私は思ったのです。
ああ、腹が立つ! ……と。




