327
メッタボンに言わせれば、タルボットさんがパーバス伯爵家を見限ったのは勿論商会として旨味がなくなったと考えているからだけれど、それだけではないそうです。
私に対しての『誠意』を見せることでこれからご利用いただけたら嬉しい、というような下心も恐らくはあるのだろう、とのことでした。
パーバス伯爵家の内情についてはセバスチャンさんが噂程度なら耳にできるかもしれないと言ってくれたのでそこに期待しております。
(いやー、セバスチャンさんだから噂って言いつつとんでもない話とか聞きだしてきそうだよね……あの人の人脈、よくわからないし)
でもおかげで色々整理できた気がします。
とりあえずお義母さまにお手紙を送る際、折角ですからミッチェラン製菓のチョコレートを……と思ったんですが、それだけではなんですから他にもジェンダ商会のグミ・キャンディのセットやリジル商会で茶葉なども買って送ると良いかなと思いました。
ほら、パーバス伯爵家にお義母さまとメレクが行くならば手土産も必要でしょうし。
いや、ほらね?
ミッチェラン製菓店のチョコレートといえばこの王都にしかないものなので地方の人からすると一種のステータスみたいなお菓子ではありますし、とても美味しいのでどこに行っても喜ばれること間違いなしのお土産です。
とはいえ毎回毎回それでは芸がない……かなあ、なんてちょっぴり思ったのです。
(グミとキャンディはきっとファンディッド家の使用人たちに喜ばれるでしょうし、リジル商会で買った茶葉ならばお義母さまだって嬉しいでしょうし。私もちょうどどちらも在庫が少なくなってきたところですし……ほら、買い出しのついでっていうか)
誰にともなく言い訳をしつつ、何を買おうかなあなんて頭に思い浮かべながら便箋をいくつか取り出して、私はしまったと思いました。
便箋がほとんど残っていないだなんて、不覚です……!!
王女宮の印が刻まれた便箋セットならありますが、私用で使うには憚られますのでやはりこちらも買い出しに行った際購入しなければなりません。
そういえば以前はよくアルダールと手紙のやり取りをしていましたから気を付けていたんですが、最近は直接会う方が多かったせいでしょうか。
「……買い出しに行きたいって言ったら、一緒に行ってくれるかしら」
ふとそんなことを思いましたが、当たり前ですが私のその言葉に返事があるわけでもなく考えていることをそのまま口にしてしまうなんてちょっと子供みたいなことをしてしまい、照れくさくなってしまいました。
内容も内容ですしね!
とはいえ、私が買い物に行くとなると護衛がやはり必要です。
ほんの数年前まではお忍びと称してこっそり一人で買い物などにも出ていましたが、ここのところ色々ありましたしプリメラさま関連で私も注目されることが増えましたのでそういうのはよろしくないでしょう。
(……アルダールに知られると、またお説教されそうですしね……)
笑顔の圧、怖い。
私は学習できる女ですので、ちゃんと護衛を連れて行きますよ!
やはりここはレジーナさんですか、頼りになりますものね。
彼女でしたらここ最近の事情もよく知っていますし、万が一エイリップ・カリアンさまが私を探したりしていたとしても顔を知っているから護衛してもらいやすいと思いますし……後でお願いしてみましょう。
(あとはプリメラさまにジェンダ商会に行くって言っておかなきゃ)
言っておいたからってなにがあるわけじゃないんですけどね!
こっそり伝言を承るとかそんなのがあるかもしれないでしょう?
そうだったらいいなっていう私の勝手な考えですけどね!!
そんなことを考えながら、今日の業務を終えた私が向かうのは調理場です。
そう! メッタボンにキッチンを貸してくれってお願いしたら快諾でした。
お芋も寒天も準備万端だそうです。
めざせ、滑らか芋ようかん!
「お、来たなユリアさま!」
「あら、レジーナさんも来てくださったんですか?」
「はい。あ、ええと……お邪魔でなかったら、なんですが」
「勿論、歓迎しますよ」
どうやらレジーナさんも今日の勤務を終えたらしく、私服姿でした。
メッタボンと私の関係を疑って……なんてことはかけらもないので、新しいお菓子に彼女も興味津々と言ったところでしょうか?
さて肝心の芋ようかんです。
さつまいもと砂糖、それから寒天。
本来の芋ようかんは寒天を使わないらしいですが、残念ながら私の知識にあるのは寒天使用のレシピのみ! でも美味しければ良いと思うので、気にしない。
「まずはサツマイモの皮を少し厚めに切ります。そうしないと皮の色が混じってしまうのと、口当たりが悪くなりますからね」
「こうか?」
お芋を片手に説明した私に、メッタボンが別のお芋をぽんと宙に投げたかと思うとシュシュッとナイフを振って……振って!?
いやいや、なにがどうしてそうなった。
「……普通に剥いてくれた方が、心臓に良いんですが……」
「すみません、メッタボンが……」
悪気はないんだろうね! わかってる!!
レジーナさんが謝ることでもないので、何とも言えない気分になりましたがメッタボンはワクワクした顔で次の工程を待っています。くっ、いかつい顔して可愛いかよ……。
「それで、次にお芋を水から茹でます」
こればかりは魔法に頼れないので地味な作業ですが、仕方ありません。
レジーナさんが興味深そうに鍋を覗き込んで、私の方をちらりと見上げました。
「どうして水からなんですか?」
「根菜の類は火が通るまでに時間がかかるので、お湯から煮てしまうと外側が煮崩れて美味しくなくなってしまうんですよ」
「そうなんですね……初めて知りました……」
「レジーナは料理しなさすぎなんだろうよ……いってえ!」
感動するレジーナさんにメッタボンがそう言えば、勢いよく足を踏んづけられたようです。相変わらず仲が良いことで。
しかし、夜にこんな甘いお菓子を作って試食しようだなんて罪深い……いいえ、これはお芋です。お芋なのだから野菜、しかも出来上がった芋ようかんはセバスチャンさんの分も残して四等分、つまりこれはカロリーゼロに等しいのでは!
なんて内心で言い訳もばっちりできましたので、待っている間にレジーナさんに買い物の護衛についてお願いすることにしました。
「レジーナさん、今度ジェンダ商会とリジル商会に買い物に行きたいのですけれど、ご一緒していただけませんか?」
「かしこまりました、日時が決まりましたら教えていただけますか? 隊長にはアタシから伝えておきますので」
「ありがとうございます」
よし、これで解決。
買う物も決まってますし、できたら後はのんびり女同士でお茶も飲んで帰れたら最高ですね……どこのお店がいいのか今から考えておきましょう。
どうせだったらレジーナさんの惚気も聞いてみたい。是非とも聞いてみたい!
「お、芋に火が通ったみたいだぜ」
「そうしたら水気を切って、一つまみのお塩と、それから砂糖を加えて根気よく練ってください」
「おう、力仕事は任せとけ!」
本当は白砂糖だけじゃなくて黒糖を加えるとコクも出て美味しいって聞いたんだけどね、黒糖ってのも存在はしているみたいだけど王城にはなかったっていうオチでした……この芋ようかんが好評なら、より美味しくなるって理由で少しだけ経費で購入しておきたいところです。
そんなことを考えている間にメッタボンが見事なペースト状にしてくれたので、後はこの間に溶かしておいた寒天を加えてさらに練って最後は私が魔法で冷やして完成です!
はー、夜中の甘味は至福の味……!!
芋ようかんが食べたかった。(ただの願望)
さて、次回からは一気に話が進みます°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°




