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アルダールと連絡をとったり、城内で待ち合わせしてお互いの予定をすり合わせた結果、来月の休みでちょうど良い日が決まりました。
お互いお休みはありますけど、ちょうどいいっていうのがなかなか難しいんですよね! 合う日が近くにあって良かったです。
侍女は基本的に主人の公務が忙しくない限り決まった曜日をお休みさせていただけますが、騎士はそうもいかないことが多いようで。
幸いにもプリメラさまのご公務は、当面忙しいものも遠くへご視察ということもありませんので大丈夫です。
(最悪、まあ、私が休みを調整すればいいんだけど)
私事でってのも申し訳ないし筆頭侍女としてちょっと面目が立たないっていうか、だからできたら既定のお休みで合わせられるのが望ましいわけで。
それにちゃんと話してもらえるのだとわかっていれば私だって待てますとも。
(アルダールは少し不満そうでしたけどね!)
早く話してしまいたいっていう雰囲気がありましたけど、えっ、そこに不満を持つのは本来私の立場では。
まあいやいいんですけども。
結局話し合いの場所は、人払いができて目立ちにくい場所がいいだろうってことになりまして。
いやまあ前提がまずそこだものね。
王城で話ができないのもそれが理由なんだもの。
で、候補に挙がったのが二か所。
バウム家の町屋敷と、ミッチェランの二階。
あの町屋敷での記憶といえばクレドリタス夫人になるからなんだか不穏な気配を察知! みたいな感じになっていますが、あの人がいることはないので安全でしょう。
ミッチェランの二階はそういう密談とかにも良さげでしたから、ありだと思います。チョコレートも食べられますし。……食い意地が張っているわけではありません!
(まあ、クレドリタス夫人がどうしているかわかんないけどバウム夫人が家人のことはこちらでって言ってたんだから今後どうなるかなんてわかんないしね)
となると、まあ……でも行きやすいのはミッチェランだねってことで落ち着きました。
あそこはあそこでつい最近デートした記憶がだね……。思い出すと恥ずかしいので思い出しませんが! 大事な話し合いなんだから今度はそんな雰囲気にならないだろうし。
「やあやあこれはユリアさま、ご機嫌麗しゅう!」
「……ニコラス殿、これは珍しいところでお会いしましたね」
エイリップ・カリアンさまのこともいつの間にか姿を見なくなったため、再び私が一人で城内を歩くことができるようになったのですが……。
メイナとスカーレットの誕生日が近いので、サプライズでお祝いしてあげようとセバスチャンさんと相談したのです。それで必要なお花を庭師の方にお願いしに行った帰りでニコラスさんに会ってしまうだなんて……。
なんということでしょう。
この人が現れると大抵ロクでもないことを言われるような気がしてならない……!!
(いや大体情報をくれるんだからニコラスさんが悪いとは言わない。ただ胡散臭いだけで)
そう、胡散臭いだけで。
今もその笑顔が胡散臭くてたまりません!
勿論、顔には出しませんけど。
多分伝わっているんじゃないかなと思います。そしてそれを面白がっているのではないかなという疑惑を持っております。大変ろくでもない人なんじゃないかなって。
セバスチャンさんの身内の方だという触れ込みですけれど、セバスチャンさん自身も手厳しく相手してくださいなんて言っていたくらいですからあんまり仲が良いというわけでもないんでしょうし、私が彼に気を使う必要はないのです。これっぽっちも。
「王女宮にお戻りですか、ではボクがそちらまでお送りいたしましょう」
「……では、よろしくお願いいたします」
本音を言えば嫌ですけども。
いやだって言ったところでなんだかんだついてくるんなら、無駄な労力ってやつになるって私、学びました。
「そういえばお聞きになりましたか?」
にこーっと笑ったニコラスさんが私の横で話題を振ってくる。
それを耳にして私は内心ほらきたー! と思いました。ええ、やっぱり。
「なにがでしょう」
「パーバス伯爵さまがもう長くないそうですよ。パーバス伯爵家の次期領主といえばご長男だそうですが、セレッセ伯爵さまと同じステージにようやく上がれると息巻いておられるとか」
「……そうですか」
や、そういえば前にちらっと聞いたなそんな話。
キース・レッスさまがライバル視されてたってやつ。エイリップ・カリアンさまといい、執念深いのはさすが親子っていうとこなのかしら。
それにしてもあの妖怪爺が本当にヤバいってことなら、お義母さまは今頃帰省の準備をなさっておられるのかしら。
そうなったらメレクも名代という形で一緒に行くかもしれないのね。
(まあ、あんなんでも親戚には違いないからね……ただ、血が繋がっているのはお義母さまとメレクだけだから私が出る幕はないでしょう)
私の横で機嫌良さそうにするニコラスさんはそのまま何も言わずに歩いています。
え、ほんとにただ偶然に会っただけだった? 私が自意識過剰だった?
思わずそんな風に悶々としてしまいましたが、その後も会話は特に弾むこともなく私の執務室前に着きました。
「もうこちらで結構です。ありがとうございました、ニコラスさん」
「いえいえ、淑女に対して当然のことですよ」
「それでは……」
「あ、そうそう」
今まさに思い出しました、みたいな声を上げたニコラスさんがこれまた古典的に手を打ってにっこりと笑いました。
それを見て私が思わず眉を顰めたら、ニコラスさんの笑顔がですね……こう、にっこりからニタリ、みたいな……油断しましたね? みたいな。
気のせいかもしれませんが。気のせいであってほしい。
「近々ミュリエッタ嬢がなにか行動を起こすようですよ。また王城で鉢合わせにならないといいですねえ!」
「そうですか、彼女も頑張っておられるのであればそれで良いのでは? お会いすることがあるならばご挨拶くらいはさせていただきましょう」
「おや、思っていたよりも淡泊なお答えで」
「……どのような答えを望んでいるのかは知りませんが、私が気にかける必要はないと思っています」
特に侯爵さまのお話を聞いた後ですからね!
まあ私にまるっきり関係がないと言えば嘘になるけど、それでももう私の手に余る案件になっちゃってるもの。
例えば彼女が王城で私を見掛けたから挨拶にっていう程度の接触だったらどんとこいくらいの話です。
……いや待て、そこで彼女が私相手に『奇妙な行動』と上の人たちが判断するような言動をとったらまた処遇が悪くなってそれはそれで私にとっては寝覚めの悪い話になるのか。
「彼女が王城に来るにしても、王女宮にいる私とは滅多に会うことはないでしょうから」
極力王女宮から出ない。これが一番です!
書類関係はもうスカーレットとセバスチャンさんを頼りにして……荷物の受け取りとか確認はメイナにお願いすれば大丈夫なはずです。
プリメラさまと行動を共にさせていただく際はむしろミュリエッタさんも声がかけられないでしょうし、その場合は私も優先順位ってものがあるので相手にする必要もないし。
問題があるとするなら、アルダールと一緒に過ごす休憩時間ってところかな。
さすがに毎回私の部屋って言うのも申し訳ないっていうか、良く考えなくても淑女としては若干よろしくないので今更感が満載だけどできる限り庭園に行きたい。後は食堂とか?
さすがに自分がアルダールの恋人でいいのかなとか劣等感とかは最近ではそこまで感じないし、文句や嫌がらせの投書とかに落ち込むことも減ったので堂々としたものです。
あんだけビビってた過去の自分が嘘のよう。
人間、慣れってすごいですね……!!
「冷静ですねえ」
「お話はそれだけですか? それではお互い職務に励みましょう」
「まあ、色々お気をつけください。なにかあったら頼ってくださって結構ですから。ね?」
「ニコラス殿……?」
それはどういう意味だろう。
真意を測りかねて、問いを重ねようとした時にはニコラスさんはさっさと私に背を向けて歩き出してしまいました。
(……やっぱり、胡散臭い!)




