318 残念だなあと思いながら、嬉しくて笑ってしまうのさ
ナシャンダ侯爵さまのお話になります!
「やあやあロベルト、待たせてすまなかったね!」
楽しい晩餐を終えて二人のレディがそれぞれに就寝する時間、私の執務室に招いた友人は苦笑してゆったりとした足取りで近寄ってくる。
かつて、もう少し若かった頃にはお互い歯に衣着せぬ物言いを外であろうが人目を気にせずできたような気もするが、そうもいかなくなったのは自分たちが年を食ったせいだろうかと口元に苦い笑みが浮かんだ。
「良いワインが手に入ったんだが、飲まないか」
「よろしいので、俺みたいな庶民に振る舞って」
「きみと私の仲じゃあないか」
グラスを手に取ってワインを注げば、ちょうどテーブルに飾られていた深紅の薔薇に負けない赤。
それを一つロベルトに手渡せば、彼もまた苦笑しながら受け取った。
(ああ、そうだなあ)
すとんと胸におちるのは、自分たちは随分年を食ったものだという事実。
先程まで義理の孫娘と、養子縁組云々ですっかり頭がこんがらがってしまった二人を見てわかっていたことなのに途端に胸がぎゅぅっとなる。
人は年を取るもので、それは当たり前のことだ。
それをわかっていたし、その年月を薔薇を育てながら見てきたつもりだ。
友人の娘が年頃のお嬢さんに育って、そして恋をしてその手助けをして、手が届かない場所で母となり……もっと手の届かない存在になった時、何と無力なことかと嘆いたことを思い出す。
「ロベルトに来てもらったのはね、今王女殿下とユリア嬢が我が家に滞在中でね」
「そりゃあ華やぎますな」
「明日は是非頼んだ品々をお二人に見せてもらおうと思って呼んだのさ」
「そういうことでしたら喜んで。俺ぁまた、ユリアの嬢ちゃんに大量の贈り物をあんたが買うのかとひやひやしてたもんさ。そろそろ加減しないと嫌われちまうぞってな」
「おやおや、まるで恋に溺れた若造のように見えたかな?」
「それよりゃ降ってわいた可愛い娘を溺愛するダメ父親ってところですかね」
「辛辣だなあ!」
二人で向かい合うように座り、ワインを傾ける。
ダメ父親とはいただけないが、独身で子の一人もいない私としてはその表現が妙にくすぐったい。
そういえば、王家に嫁いだあの子にはあまり多くのものが贈れなかった。
侯爵家として、王家に媚びていると見られ彼女の立場を危うくすることができなかったから。それが唯一できた、私の彼女に対する贈り物だった。
それが随分と、寂しくて、寂しくて。
友人の娘、可愛らしくてついつい甘やかしてはロベルトに叱られて、そのたびにコロコロ笑う彼女がまた可愛くて。
『おじさま、わたしね……品評会で会ったあの人が――』
頬を薔薇色に染めて、秘めた恋心を私に打ち明けてくれた時、私は上手に笑えていただろうか?
それが誰を示すのか即座に理解して、彼女の恋が迎える困難の多さに素直に応援なんてできるはずもなかった。
だけれど一度燃え上がった恋の火は消すことができなかったどころか、まさか陛下も同じ気持ちで恋なんて呼ぶにはあまりにもその激しさに私のような朴念仁がどうこうできるはずもなく。
それならば仕方ないと、私とロベルトは受け入れて送り出したのだ。
だけれど、あれは正しかったのだろうか。
いいや、今更悔いた所でどうしようもないし、二人の愛の結晶として生まれたプリメラさまは聡明で美しく、愛されるべくして生まれた子供。
(けれど、寂しくはなかったかな)
国王が唯一望んだ側室として、市井上がりの彼女がいくら侯爵家の養女になったところでその存在は貴族の間で異質とされていたことは耳にしている。
私が庇えば庇うほどに彼女を中傷する声が陰で広まることが予想できたから動けなかった。国王陛下が守ると宣言してくれていたことに甘えていたことは事実だ。
「実はユリア嬢を私の養女にしてとっととバウム家の令息と結婚させてしまって、世間で話題の『勇者の娘』と遠ざけようという話が出ていてね」
「……そりゃあまた、穏やかじゃないお話で」
すぅっとロベルトの目が細められる。
私の話に声を荒げるわけでもないけれど、窮屈な貴族社会の面倒さを彼なりに知っているからこそ内心ではどうだかわからない。
商人らしくというべきか、年の功というべきか、彼は見事に表情にその内心を見せないことが多いから私としては苦笑するばかりだ。
そういうところを、頼りにもしているが……私にくらい、言葉にして聞かせてくれても良いと思うのだがね。
「巷では『英雄』とその娘についてどのように語られているかな?」
「……腕利きの冒険者とそれを支える健気な娘ってところですか。最近では娘の方に強い回復魔法の能力が認められたとかで、庶民からはまるでお伽噺の再来のようだと話題ですね」
「なるほど」
「あれほどに人気があるのだから、国で囲い込みをしたのは成功と……おっと、褒賞でしたな」
「国に貢献した人物には違いないからね。本人もなかなか真面目らしいという話は私の所まで届いているよ」
「娘さんの方はなかなかの美形で注目の的だと町じゃあ噂になってましたがね」
その娘が貴族としての教育も受けながらちょっとした失態を何度か繰り返していることはさすがに民衆には知られていないようだ。
まあ、勿論そのために多くの人員が動いているのだから当然といえば当然だけれど。
英雄とその娘がとんでもない失態を犯さない限り、彼らを切るのは得策ではないというのが上層部の考えなのだろう。そして私もそれに同意する。
だが、それにユリア嬢を巻き込むのはいただけない。
「養子縁組の件はユリア嬢の意見を尊重するということで落ち着いていてね、私も昼間に率直な意見を述べさせてもらった」
「さようで」
「ロベルトは、どう思う?」
「……さて、俺にはわかりかねますなあ。もう一杯頂いても?」
「勿論だとも。このワインは口当たりも香りも素晴らしいねえ」
「今年はバウム領のワインが総じて良いものが多いと商人たちがこぞって買い付けましたからなあ。もちろんジェンダ商会でも取り扱っておりますよ」
「それじゃあ今度はロベルトのとっておきを飲ませてもらいたいものだね」
「……近いうちに、お持ちいたしましょう」
ふっと笑ったロベルトの顔からは先程までの剣呑さも冷たさもなくなっていて、なんとなくこちらに向けられたものでないとわかっていてもほっとしてしまったのは内緒だ。
私も可能な限り社交界には出ないが、侯爵として相手に悟られないくらいの教育は受けているから気づかれてはいないだろうが……ああいや、気づかれていてもロベルトならば構わないけれどね。
「今度は是非、奥方も連れておいで」
「その時にはお言葉に甘えまして」
「ユリア嬢は多分この養子縁組を断るだろうねえ、彼女の恋人もあまり良い顔はしなかった。残念だよ」
「さようで」
ロベルトの相槌は同じだけれど、幾分か柔らかい。
ひどいなあ、私の義娘になってくれたならいくらでも甘やかそうというものなのに。
「バウム伯も養子縁組の件はおおむね賛成の態度を示しておきながら、長子の意見を優先したいとか言うならアルダール君が私の養子になればいいと思わないかい? そうしたら最終的にユリア嬢だって義娘になるんだろうし」
「さてさて、侯爵さまはそろそろ飲むのを止められた方が良いですな。あんた酒に弱いんだからペースが速すぎだ」
「ひどいなあ、酔っ払い扱いかいロベルト」
手を伸ばしたところでワインボトルが遠ざけられる。
良い案だと思ってアルダール君を養子にという意見も出したのだけれど、それはバウム伯が強固に拒んだからね。
……会った時とても良い青年だと思ったから今でも残念に思っているんだけどなあ。
「上手くいくと良いんだけれどね、何事も」
「そこは否定しませんよ。さあ、それじゃあ明日の予定を詰めましょうか」
「はいはい、……働き者だなあ、ロベルトは」
アルダール君がやってきて、私に向かってきっぱりと言ったユリア嬢への気遣いも、持ってきてくれたこのワインも。
とてもまっすぐで、年を取って逃げ腰な私にはとても好ましかった。
「あーあ。……残念だ……」
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