315
「さて、まずどこから話そうかなあ。そもそもの始まりは、例の、英雄のお嬢さんがなかなか我々からしたら予想不可能な動きを見せたあたりからどうするかの対処で悩んでいたことがきっかけかな」
侯爵さまは顎を緩くさすってからにっこりと微笑みました。
微笑みだけ見るとすごく優しい笑顔なんですが、仰っていることはなんか不穏な空気ですよね!
そこに思わず顔が引き攣りそうになりましたが、侯爵さまはニコニコしていてやっぱりこの方も一筋縄ではいかぬ御方なのだと再確認いたしました……。
「英雄父娘の無礼な振る舞いは、陛下が父親を英雄として取り上げた以上、国民の反感を買わぬよう早々に退場させるわけにはいかない。そこはもうユリア嬢も承知のことだろう」
「はい」
「かといって、バウム伯爵がいつまでも甘い顔をしてあげる理由もない。そうだろう?」
「……はい」
「バウム伯爵家は建国以来、王家によく尽くし仕える名家中の名家。そして代々当主は宮中伯の一人として貴族たちを見据える役目を担ってくれている」
改めて言われるとバウム伯爵家が重要な役割を担っておられるのだなあと感じます。
だからこそ、その王家の信頼に対して他家からやっかみを受けるなど様々なこともあるのでしょう。
「それでね、前々から言われていてユリア嬢も知っているとは思うけれど、プリメラさまの輿入れに際し君が付いて行くことになるのだろう。だが幸いにもバウム家の長子との縁ができたことで、義理の姉妹になる未来も見えてきた。とても望ましい形でまとまると思うんだ」
「……まあ、そう、……ですね?」
「おや」
私の濁した返事に、侯爵さまは少し意外そうなお顔をなさいました。
いやうん、まあそうですよね!
アルダールと私があれだけ隠しもせず大っぴらにお付き合いしてますってしてますしね! 将来的には結婚とかそういうこともあり得るって思いますよね。年齢的にもね!
でも……なんていうか、これ人様にオハナシするようなことじゃないけどアルダールが意図的にほら、結婚の話題とかさらっとバウム夫人が口にした時に話を逸らしたこともあるしあえて口にしてこないことを考えると、どうなのかなあって。
どうなのかなあって!!
いやうんわかってるよ? アルダールにも色々考えがあるだろうしね? ちゃんと私のことを好いてくれているのはもうわかっているつもりだし、私自身も彼のことが好きでお互いに恋愛をして第三者の目から超スローな関係だとわかっちゃいるけどそれでも前に進んでいるんだからこの際それの終着点とか見えなくてもしょうがないんじゃないかなって!!
(……という言い訳が世間に通じるはずがないんですよねー!!)
悲しいかな、それが現実です。
とはいえ、周囲がそうだろうなって目で見ていることも私たちはわかっちゃいるわけで……お前はどうしたいのかって問われたら私も実は即答できそうにありません。
アルダールと結婚したいかと問われれば、どうなのかな。
いやなわけじゃないですよ? ただ、今『お付き合い』でいっぱいいっぱいな私がその先って言われてそうですねって朗らかに応えられるわけがない。
(でも、……そういう未来がきたら、嬉しいなってくらいには)
「まあそこは若人の悩みというところかな。いいねえ、存分に悩むといいよ。ああ、でも年寄りの助言を許してくれるならば、一人で悩んではいけないよ。二人の未来のことならなおさらね」
「は、はい」
微笑む侯爵さまは少し何かを懐かしむようなお顔をなさいました。
その表情はどこか懐かしむようであり、切なそうにも思えて……侯爵さまにもそういった思い出がおありなのでしょうか。
浮いたお噂など耳にしたことはございませんでしたが、あったとしてもおかしくはないのでしょう。これだけ素敵な方ですしね……!
「さて、じゃあまあそこは当人同士で話してもらうとして。王女殿下の降嫁に際し、バウム家と王女殿下の関係を悪くはしたくないだろう?」
「……はい」
「勿論ユリア嬢とバウム卿の関係について余人が口出しすることはないし、当人たちが結婚するもただ恋仲であるもかまわないけれど」
にっこり。
そこは私を見ておちゃめな笑顔浮かべるところじゃないですよね、楽しんでらっしゃいませんかね。
いえいえ私としてもそう何度も動揺はいたしませんよ? ちゃんと冷静を装って見せますとも。
内心? ドッキドキですけど何か? すでに人からアルダールとの付き合いが結婚とか云々とか言われて動揺しないわけがないじゃないですか。
とはいえ、それよりもその先です。そう、その先を!
動揺しているから誤魔化したいとかそこには触れないでほしいとかそういう気持ちがないわけではありませんが、そこは今重要じゃないので。重要じゃないのでね!
「まあよその女性が無作法にアプローチをして厄介ごとになっては面倒だし、それに最近では君の親戚筋にあたる若者がちょっかいをかけているんだって? そちらもあって、色々とバランスを考えた結果、ユリア嬢が私の養女になればすべて解決するんじゃないかという話があがったんだ」
「……え?」
「だってそうだろう? 君は子爵家とはいえ歴とした領地持ち貴族の令嬢だ。分家とはいえ名門であるバウム伯爵家に嫁ぐに、相応とした王家と繋がりのある身分の娘であれば王女殿下にとっても喜ばしい」
「……」
王女殿下の『姉のような存在』、あるいは『親しい友人』としての侯爵家という身分。
貴族派、王国派、軍派など細かく分かれる勢力図の中で軍派といえど王国派と距離の近いバウム家にプリメラさまが嫁ぐとなればバランスが崩れる。
けれどそこで、王国派寄りの中立を貫くナシャンダ侯爵家がこの婚姻に賛成であるとすれば……文句を言う人は元々そこまでいないけれど、きっと落ち着くのではないかしら。
中には貴族派からアルダールに妻を娶らせてバランスをとるべきだと言う人もいたかもしれないけれど、彼の相手が中立派で外戚にあたるナシャンダ侯爵の養女なら?
(誰も、文句は言えなくなる)
ミュリエッタさんはちょっとあの常識破りなところがあるから言い切れないけれど、少なくともエイリップ・カリアンさまは侯爵令嬢となった私においそれと近づくことはできなくなるはずです。
そうなれば私はそのままプリメラさまの専属侍女として、王女宮筆頭として仕事に打ち込んで時期を見て退職してアルダールに嫁ぎ、プリメラさまが降嫁なされた時にはお傍に戻ると。
……確かに一番『望ましい』形ですよね。
ってそんなに大事だったんだ!?
国内は今とても安定しているとばかり思っていましたが、実は違うとか……いやいやまさか。
私は血の気の引く思いでしたが、そんな私の心中を察したのでしょうか。
侯爵さまは柔らかく微笑むと、言葉を続けました。
「とはいえまあ、それはあくまで『予防策』みたいなものでね。バウム伯爵も息子がやりたいようにやれば良いと言うし、国王陛下もそうなればプリメラさまがお喜びになるだろう程度のお考えで強要するつもりはない」
「はい」
「それにそこまでしなくても、身分的には問題ないし君の働きぶりは有名だしね」
有名かどうかは知りませんけども、真面目にやらせていただいております。
なんて胸を張るだけの余裕は今はありません。
ですが、侯爵さまはにこにこ笑って私に告げました。
「ただ、子爵家にとってデメリットは何もないどころか侯爵家と繋がりができるというのは大きなメリットではあるのかな。次期領主殿はセレッセ伯爵家と縁を結び、長女が養女になるということで侯爵家とも縁を繋げば貴族派の後ろ盾は大きくなる」
「……それ、は……」
確かにその通りだと、思う。
私が子爵令嬢でいる必要性は、どこにあるのかと問われれば私自身があの家族の一員でいたいというだけで。
跡取りはすでにいて、行き遅れの娘が名門の侯爵家へと養女に行くのに何の支障があるだろう? むしろ何をしたらそんなシンデレラストーリーみたいなことがおきるのかと大体の人が思うんじゃないかな?
(だけど)
こうまで言われて、私が政略的な意味をもって養女になってもそれは悪いようにしないためで、それも強要じゃなくて私が拒否しなければそういう風にしようかっていう程度のお話で。
冷静に考えればお受けするのが良いのだろうけれど。
(折角、家族としてやり直せると思った矢先なのに)
膝の上で、ぎゅっと拳を握る。
頭の冷静な部分はそうした方がいいってわかってる。
だけど、感情が追い付かなくて。
養女? 誰が? 私が。
侯爵家? 今のままでは不足ということ? いいえ、それは私を守るためで……でも今のままではいけないって言われているのと、似ているのではないのかしら。
(落ち着け、落ち着きなさいユリア・フォン・ファンディッド!)
言葉が、上手くできなくて。
あまりのことに頭がパンクしそうだと思った時に、侯爵さまが零すように、笑いました。
「本当に、あの子を思い出すなあ、ユリア嬢といると」
「あの子、ですか……?」
私の問いに、侯爵さまは優しく微笑みました。
その顔はとても、とても、優しくてなぜだか私は目が離せませんでした。
「そう、私の義娘――プリメラさまの母君のことだよ」
ちょっと説明が回りくどい気がしないでもないのでもしかしたら後日修正するかもしれません(´・ω・`)




