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アルダールが迎えに来てくれた頃には私の方の業務はきちんと終えて、セバスチャンさんにもしっかりお願いした後のことでした。
慌てて支度するほどのこともなく、落ち着いたワンピースにアルダールからもらったペンダントだけでなくイヤリングも今回はつけて待っていたからすぐに出てこれました。
「久しぶりに野苺亭に行きませんか?」
「いいよ、それじゃあ行こうか」
言い出した私が言うのもなんですが、アルダールは私に甘すぎませんかね。
急に晩御飯食べに行こうと誘った上にお店も私が行きたいところでいいよとか紳士か。紳士だった。いやもう知ってた。
「……アルダールが行きたいお店とかあればそちらでもいいんですよ?」
「いや、私も久しぶりに行きたいと思っていたからね。ユリアが行きたいと思っていたならちょうどいいから、いいんだ」
……もう一度言いますが、アルダールは私に甘すぎませんかね。
いえ、どこがいいのかとかそういうので悩むのも時間が勿体ないですから、それでいいんです。多分。
王城の使用人たちは城下に出るときにいくつか手段がありますが、私たちは今回馬車に乗ることにしました。
王城の使用人出入り口には必ず御者が幾人か詰めているため、利用帳に名前と行く先を記入して馬車を出してもらうことが可能なのです。
買い出しに出るような人たちも馬車は利用しますが、私用の場合、給金から差し引かれるシステムです。
ほかには使用人たちの出入り口を通り抜け、乗合馬車に乗るのも方法としてはありますがあまり貴族位にある人たちは利用しませんね。メイナはよく使うと言っていましたが、なんでもそんなに本数がないのでタイミングが大事なんだとか……。
あとは徒歩で行く方もいれば、そのまま馬に乗って行かれる方もいますね。
今回は私の名前で! 申請を出しました!!
わがままを言ったのは私ですからね、きちんとそういうところはさせていただきます。
……アルダールが笑っていたのが解せぬ。
こういうところはきちんとすべきです。まあアルダールからしたらその程度の金額なのかもしれませんが……あっ、勿論野苺亭のお会計だって自分の分は払うつもりでお財布も準備万端ですとも。
(今回こそはアルダールが支払うよりも前に支払ってやる……!)
妙な対抗意識がありますが、今回の目的はそれじゃありません。
王弟殿下と話して思ったこと、考えたこと、今までの謝罪とてんこもり。
恐らくアルダールのことですから私の話を最初から最後まで聞いてくれることとわかってはいますが、ちょっと緊張しちゃいますね。
野苺亭は夕食時ということもあって賑わっていましたが、幸いにも私たちはすぐに座ることができました。
メニューを開いてお勧めだというディナー用のコースを二人で頼み、運ばれてきた食前酒を飲んで、それから私は周りをちょっとだけ気にしつつ話をすることにしました。まあ聞かれて困るような話はしませんが、おおっぴらに誰彼構わず聞いてほしいわけじゃありませんから。
「……もうすでに耳にしているかもしれないけど」
砕けた口調になるのも、アルダールと一緒にいることに落ち着いたからでしょうか。
まだ出会って一年ちょいなんだなあと思うと今でも不思議に思うことはありますが、良い関係を築けていることは嬉しいです。
嬉しいからこそ、私はこの関係をちゃんと続けていきたいなあと思っているのです。
「エイリップ・カリアンさまに呼び止められたところにミュリエッタさんが現れて、タルボット商会の会頭とも顔を合わせることがあったの」
「……うん、聞いているよ。パーバス殿は同僚に連れていかれたってね」
「ええ、……それでその件について王弟殿下からも説明をしていただいたの」
「そうか」
「……それから、ちょっと叱られて」
「叱られた?」
食前酒の入ったグラスの根本を指でなぞるようにして、ちょっと私は言い淀んでしまった。この歳になって『叱られた』だなんて話すのは、少し恥ずかしい。
「……あんまりにも、ミュリエッタさんのことを気にしすぎだと。自分の目の前の人のことを、まずは考えるべきだと……」
「……」
私の言葉に、すっとアルダールの目が細められました。
うっ、その目は肯定ですねそうですね!? わかってはいましたのでアルダールからも何か言われるかなと思わず身構えると、ため息が一つ、彼から零れ落ちました。
「まあ……ユリアが彼女のことを気にしているのは、わかっていた。きみのことだから、弟と同じくらいの年頃でまだ貴族社会もわからない子供だという意識が抜けなかったんだろう?」
「えっ」
なんでアルダールも王弟殿下と同じようなこと言うの。
私はそんなにわかりやすいのか……!?
思わず変な声を上げてしまった私に、アルダールは苦笑して食前酒を飲み干しました。
「優しくて面倒見が良い所は、ユリアのいいところだと思ってる」
手が伸びてきて、私の頬をさらりと撫でて、……いや、あの。うん。
アルダールのこういう甘ったるい行動にいちいちどきりとするんですが、どうしましょう。彼と一緒の時に眼鏡を外してみるとかそのくらいには慣れたんですけど、まだまだ私の修行が足りないようです。
なんの修行だって? わかりません。
「私にそれを話すということは、ユリアの中では気持ちに整理がついたということかな?」
「……ええ。そういう意味ではアルダールにもたくさん心配をかけたなあと思って……」
「そんなことは、あるにはあるけど……別にユリアが気にすることじゃない。私が勝手にそうしたいと思ってしていることばかりだ」
「でも」
「それに、私が言うよりも王弟殿下から叱られた方が効いたっていうあたりで私もまだまだだなと思ったし。まあ当然だとは思うんだ、あの方が言う方が説得力のある部分は大きい」
「そんなことありません!」
思わず力強く反論しちゃいましたね。
だってそうです、アルダールがちょっと拗ねたような、落ち込んだような雰囲気を見せられましたが私にとってはそうじゃなくて、なんていえばいいのかわからなくてとりあえず思ったことを伝えなくては、と思いました。
私のそんな様子に思わずアルダールが目を瞬かせていますが、気にしない。
「アルダールがいてくれて、私は色々と視野が狭かったのだと知りました。前にも言いましたが、家族のことも、アルダールがいてくれて初めて向き合う勇気が持てたのかもしれません」
「……え」
「それ以外にも、私のことを大切な人間だとバルムンク公子や他の人に対しても言ってくれて、仕事をしている私を認めてくれて、私の歩調に合わせてくれて、……それは、私にとって大事なことだったんです」
「ユリア」
「アルダールからしてみたら、なんてことない話なのかもしれません。けれど、私にとってはとても大きな出来事で、アルダールがいてくれたから……頑張れたことが、たくさんあるんです」
王弟殿下に教えてもらうのは、年長者が子供を諭すようなそれでしょう。
けれどアルダールと私は、そういう関係ではありません。お互いを支えたりできるのが理想ですが、時に言い分を聞けなかったり後でそれを反省したり、そういうことの繰り返しだと思うんです。
でも、その中で。
その中で、アルダールは確かに私の手を取って、でも私よりも前にいる人だから。
私は、その隣に立ちたいと思っている、から。
「……ええと、だからなんと言いますか……」
「いや。……そうだね、王弟殿下と張り合う必要はないんだ」
くすくす笑ったアルダールが、テーブルの上にある私の手に手を重ねました。
そういえば、前も……こんなことあったなあ。
あの頃は、どうして良いのかわからなかったなんて思うと成長したなあ、私。
「……いつか、ユリアのことを全部支えられるようになりたいと思っているよ」
「まあ。そんなの今でも片手で十分行けそうですけどね」
「片手って……」
「園遊会の時も、実家でのトラブルの時も、お祭りの時も。全部守ってくれたでしょう?」
「……ユリアはちょっと私に対する評価が、甘い気がするよ」
それはアルダールの方ですよ、なんて。
空気の読める女である私は、口にしないのです。
決してアルダールの照れ顔に、逆に照れてしまって何も言えないわけではないですからね!!




