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「えっ、いつですか?」
「疑わないんだなあ、オマエ」
「? だって、王弟殿下がおっしゃったんじゃありませんか」
「……いや、まあそうなんだけどよ」
まだ知らされていない予定をさらっと告げられたんだから聞いてしまうのは人間なんだもの、しょうがないと思うのよね。
でもそれを呆れた顔で返されるとなんだか釈然としないというか……。
私が首を傾げると、王弟殿下は手を振って何でもないと笑いました。
「まったく、……お前は本当に危なっかしいよなあ」
「……そうでしょうか?」
「真面目な話をしておくとな、お前、もう英雄の娘のことを気にかけるな」
「……え?」
どきり、と、した。
確かに私は彼女のことを気にしていて、気にしすぎなところがあるかなと自分でも思ってしまうくらいだ。
なぜなら【ゲーム時間軸】に突入して、強制力やそういった類は今の所見られないけれど彼女はやっぱり『ヒロイン』なのであって、ミュリエッタさんが行動を起こすたびに何かが起きるんじゃ……とついつい不安になってしまうから。
それとは別に、彼女が暴走気味だと思うと、心配になってしまうのは……ミュリエッタさんが、私よりも年下の『女の子』に見えているから、だと思う。
「面倒見がいいのはお前の美点であり、欠点だ。お前の両手に抱えられるモンなんて限られてるだろう」
「……はい」
「お前が責任を持つべきなのはお前の家族や、近しい友人、それに自分の部下やプリメラだろう」
「はい」
真面目な顔と声で言われることはぐさっとくる。でもまさにその通りだから、私は大人しく頷いてその言葉を受け止めた。
「どうせ、お前のことだから弟と同じくらいの年齢なんで心配になったんだろう。貴族社会の右も左もわからないガキが、暴走しているのは確かだからな」
「王弟殿下、それは……」
「巨大なモンスターの出現で国民が不安に思っていたのを英雄を評価することで払拭した、だから当面あの父娘のことを投げ出すことはない。……やらかせばやらかした分、自分らで責任を取るのはどこの誰でも同じだ」
「……はい」
「特に、大きな力をもってそれを使うやつがもしそれに振り回されたとしても、それを諫めるのは身内の役目か、或いはそれよりも強いやつの役目だろう。どっちもお前じゃあない」
王弟殿下の言葉に、私は何とも言えずに膝の上で拳を握るしかできなかった。
だってそれは、事実だからだ。
私はミュリエッタさんの家族ではないし、彼女の近しい友人でもない。そして彼女を説得したり納得させたりするだけの何かを持ち得ているわけでもない。
今の彼女は年齢的にもきちんと認められた、淑女なのだ。
だから彼女が『ウィナー男爵家』としての振る舞いにふさわしくない行動をしたのであればそれを注意するのは、家族である父親のウィナー男爵。
そしてそれでも手に負えなければ、その上の人たち。
決して、私じゃない。
「……そんなにも私は、目に見えてわかりやすかったでしょうか?」
「ああ、まあなあ。誰だって恋人にあれだけ絡んできてりゃぁ気にするなって方が無理があるだろうが、ちょっと親切だなとは思うぜ。色んな関係で断り切れない面もあったんだとわかっちゃいるがな」
王弟殿下は苦笑して、それから手を伸ばして私の頭をぽんぽんと軽く撫でました。
それがまるで……まだ見習いだった頃、時々そうされていたのとまるで同じで、なんでか泣きたくなりました。
私は、ここでも心配をかけていたんですね。
反省しなくてはいけません!!
「今頃あの嬢ちゃんも治癒師の登録をしたことで、これからは忙しくなるだろうさ。業務はまだ見習いからだろうが、考えているよりもずっと重労働で辞めたいって言い出すかもな?」
「そうでしょうか、ミュリエッタさんの治癒能力はすごいのでは? そのような話を耳にいたしましたが」
「ああ、確かに魔力量はハンパない感じだしそれがコントロールできるならすぐにでも見習いから昇格するかもしれないな。だがそっからが大変だぜ」
王弟殿下いわく、治癒師は基本的に国からの支援を受けている公務員であるので細かくあれやこれや報告する義務もあるし、守秘義務もあるし、一日の回復で使う量も制限されているのだとか。出納帳の記入やチェックも当然厳しいそうですし、ただ回復すればいいってものじゃないってことですね。
いやわかっちゃいましたけど。
そして見習いから昇格すれば当然、難しい案件や偉い方々の所に行ったりもするわけで。
そうなると礼儀作法だけでなく他にも宗教上のなんたらとか知識が必要になる場面も生じるから、そちら方面に関しても日々勉強していかなければならないと。
「……なかなか大変な職業なのですね……!」
「まあ治癒能力があるってだけで助かるっちゃ助かるが、囲い込みや偏りが出ないようにするためには本人たちも努力してもらってこその公平だからな」
果たしてミュリエッタさんはそれを知っていて志願したのでしょうか。
タルボット商会側で忠告とかもしたのでしょうか? 今となってはわかりません。
「ま、世間を知るのにちょうどいいだろうさ。強い力を持ってたから今まで上手く立ち回れたんだろうが、これからはそれだけじゃあやってけないんだ」
「だとよろしいのですが」
「まああのお嬢ちゃんには世話役が付いたんだ、だからお前はお前の周りのことだけ心配してろ。な?」
「……ありがとうございます」
「アルダールのやつがふらっふらしてるってんならまあそりゃしょうがないかもしれないが、そうじゃないんだろう?」
「それはないですけれども」
うん、ないな。断言できますね。
だから思わずはっきりとそう答えると、王弟殿下はまた大きく笑ったのです。
その笑いに思わずはっとしましたが、これって相当な惚気だったのでは……!
じわじわと顔が熱くなるのを感じましたが、表面上平静を装います。装えているよね!?
そんな私の様子を見てまた笑っている王弟殿下がいるので、多分装えていないんですねわかります。そんな涙目になるほど面白いですかそうですか、コンチクショウ!!
「まあ仲睦まじくやってンなら良かったよ。泣かされるようなことがあったらいつでも相談に乗ってやる」
「……ありがとうございます……?」
「おいこら、なんでそこが疑問形なんだよ」
からかわれそうだなあとか色々あるからですよ、とは言わずに。
お互い澄ました顔でお茶を飲んだところでなんとなく顔を見合わせて、くすくす笑ってしまいました。
本当にもう、この方はどうしてこんなに素敵なんでしょうね。これがモテる男ってやつですよねえ、私からすると高嶺の花過ぎて恋愛対象としてはみれない、良いお兄ちゃんですが。
……男性に高嶺の花という表現は変か。花ってタイプじゃないし。
うん、なんだろうなあ。イケメンなんだけどバックに花を背負う王弟殿下とか想像できないや……。
「お前なんか今すげぇ失礼なこと考えてたろう」
「えっ、そんなことはございませんよ?」
超能力者か! 人の心を読むんじゃありません!!
「まあいい。そろそろ大体の話もしたし、オレも戻るとするか」
「あ、ではお見送りを」
ドアを開ける私の横を通り抜けて、廊下に先に出た王弟殿下はふと立ち止まって見送りで頭を下げた私に顔を上げるように告げたかと思うとぽんぽんとまた頭を撫でてきました。
どうしたのだろうと小首を傾げた所でにんまりと悪い顔をして笑う王弟殿下の姿に、「んん?」と思ったところで見てみろと言わんばかりの指先の先に。
(……アルダール)
「いやー、お前が泣かされたり不安にさせられてるようだったら甘やかしてやろうと思ってたんだが大丈夫そうで良かった良かった!」
「白々しい……!!」
でっかい声で挑発的に言う王弟殿下の言葉に、私は思わず小声で抗議をしましたが。
ああ、うん。いやいや待ってアルダール。笑顔が怖い。目が笑ってない。自身でも嫉妬深いとかなんとか何回も言っているし王弟殿下もまさかアウトですかそうですよねでもこれは不可抗力。
だというのに元凶の王弟殿下はケラケラ笑ってさっさと帰っちゃうとかズルくない!?
それに侯爵領への日程の話も結局教えてもらえないままだった!!




