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プリメラさまのお茶とお茶菓子を持って戻ると、読書の最中でした。
あー美少女がカーテンからさす薄日の中、優雅なドレス姿で読書とか本当に絵になるわあ……!!
胸元にはディーン・デインさまから贈られた、薔薇をかたどったオレンジ珊瑚のネックレス。そして読書に使う丸型テーブルの上には、ジェンダ商会の会頭からいただいたオレンジの薔薇。
薔薇に囲まれて尚花に負けず可憐なうちの! プリメラさまは!! 自慢の姫君なのです!
はあ、まさか筆頭侍女の身でこのようなこと大っぴらには言えませんから胸の内でね。
勿論、筆頭侍女でなくとも姫様自慢とか延々してる人間にはならないですよ、ご心配なく。脳内です。あくまで脳内で発散です。態度にはちょっと出てるかもしれませんけれども。
「プリメラさま、ご休憩してはいかがですか」
「あらもうそんな時間?」
「はい、此度の新作はそれほどに面白いですか?」
「ええ!! ディーン・デインさまがね、今回の新作はちょっと遅れて読むことになるって仰ってたけど……早く読んでもらえないかしら。次のお茶会の時はこの本のことでたくさんお話したいと思ってるの。きっとディーン・デインさまも気になる内容だもの!」
「さようですか、確かディーン・デインさまはお父様であるバウム伯が直に鍛えられるとかで別荘の方に行かれたと記憶しております」
「まあ、そうなのね……お怪我などされないといいけれど」
「本当に」
どうやら勉学も騎士道も今まで以上にやる気を出した息子に父親の熱血魂が火を噴いたらしく、存分に剣を振るえる領内の避暑地に強化合宿のようなことをするらしい。その間はバウム伯爵の意向で家庭教師はお休みになったということで、ディーン・デインさまがちょっと不満そうだとアルダール・サウルさまが教えてくれた。
とはいえ、バウム伯とて息子は可愛いだろうからそんなに怪我を負わせるような訓練はしないはずだ。……しないよね? 脳筋一族とかじゃないよね? さすがにバウム伯とは面識があるっちゃあるけど親しくはないから人柄までは人に聞いた話でしかないんだけど。
「そういえばね、お父さまが今年は私も避暑地に行ってはどうかと仰ったの。ナシャンダ侯爵の薔薇園が今見ごろだからと」
「まあ……ナシャンダ侯爵さまのご領地ですか。確かに風光明媚な土地柄ですもの、陛下が仰るように避暑地としてはよろしいかと。特に、ナシャンダ侯爵は、」
「ええ、私にとって義祖父だわ。あまりお話ししたことはなかったけれど……ユリアはある?」
「はい、何度かお優しく労わりの言葉をかけていただいたことがございます」
そう、義理の祖父。ナシャンダ侯爵ルイス・アレスさまはご側室さまの義理の父親なのだ。
というか、ジェンダ商会の娘であるご側室さまが流石に平民の立場のまま国王の側室に納まることは難しかった。だからどこぞの貴族と養子縁組をして後宮に入った、という良くある話。
ところがここで私がついぞ知らなかった話が付属する。ジェンダ商会が金融業であったというのはつい最近知ったけれど、侯爵はジェンダ商会の会頭ととても仲が良い。……つまり金の貸し借りがあって、その繋がりでご側室さまを養子に迎えたのではないかという噂があったんだそうだ。
まあジェンダ商会の会頭に聞いたところ、普通に薔薇の品種改良仲間なんだとか。うん、侯爵の薔薇狂いと呼ばれるくらい薔薇を愛しまくってる人はそういないもんね……。あんまり親しくなくても皆知ってるくらい有名な話だからね……。
あっ、このオレンジの薔薇ももしかして侯爵と相談して育てたものなのかな。花屋で見るのとはちょっと違う形だし色も鮮やかだし。そうか、蕾を食む虫とかなんとかってあれだね、薔薇って虫がすぐ付くとかそういえば侯爵が愚痴を言ってきたことがあったわー。
きっと急な避暑地への誘いは、先日のうちの父親を皮切りにしたお隣の国とのやり取りがちょっと生臭い話だから娘を遠ざけておこうという国王陛下なりの優しさなんだろうと思う。流石に政治に碌に関心も知恵もない私でさえ、大公妃殿下のやりようがまずかったことくらいはわかる。そして大公妃殿下の立場を考えれば、隣国との関係で政治的な何かが行われるであろう、ということも。
「そうそう、お兄さまも一緒に行くんですって! 楽しみね!!」
「……王太子殿下も、でございますか?」
「ええ、ユリアも勿論ついてきてちょうだいね」
「それは、はい。当然ですが……少し意外ですね、王太子殿下も避暑地にご一緒とは」
「そうなの。お父さまがなんだかね、兄妹は仲良くなくちゃいけないって言いだして……。ご自分のご兄弟のことをお話しになって、自分たちは互いに支え合ったのだということを仰っていたわ。アルベルト叔父さまは笑って何も仰らなかったけれど。私はお兄さまと仲良しだけれど、もっと仲良くなれるかしら。避暑地ではね、家庭教師は連れて行かないけれど侯爵の所でお勉強は一応できるんだそうよ。遠乗りもできるっていうからシャイナを連れて行きたいなと思うんだけれど、ユリアはどうかしら」
「シャイナの調教は済んでおりますので宜しいかと存じますが、念のため侯爵さまにご許可をいただいておきます。それと遠乗りを成されるご予定でしたら随伴の者も騎竜のほうが良いのでしょう。その事も併せて護衛騎士と相談しておきましょう」
「よろしくね!! 遠乗りの時はユリアも一緒に来てくれる?」
「はい、お許しいただけるのであれば」
「勿論よ、ああ、避暑地に行くってことは旅行よね! 私よく考えたらお父さまの公務に付いていく以外で遠くに行くのは初めてなのよ。ふふ、なんだかとっても楽しみ!!」
はしゃがれるプリメラさま、プライスレス。
くっ……シャイナの速度に見合う騎竜で私も乗れそうなやつを貸してもらわねば……あと護衛騎士たちにもちゃんと言っておかなくちゃ。私はプリメラさまの侍女としてお世話する能力は自負しているけど、護衛はできないからね!! いざってときは身を挺してお守りしろって言われるけどさー侍女が肉盾になる状況って相当切羽詰まってるからね。そうならないようにするのが一番大事だからね。……でも最近護身術の授業受けてなかったなあ、避暑地に行く前に一度受けておこうかしら……。
とりあえず、侯爵さまにご連絡をとって、プリメラさまの避暑地への持ち物をピックアップしなければ。夏用ドレスもそろそろ身長が伸びておられるから新しく仕立て上げるべきだし、そうだ、帽子も用意しなくちゃ。あと騎竜に乗る予定なら鞍も新調して差し上げたいし乗馬服の類も用意しなくてはね。
あとは本当は日焼け止めとか用意して差し上げたいのだけどこの世界にはないのよねーBBクリームとか勿論ない。幸いプリメラさまの肌はとても綺麗なのでファンデーションいらずだけどね!
……ファンデーション手作りキットとか私の前世はとっても便利だったんだなあと思います。
今はヘチマとローズオイルで化粧水っぽいものを混ぜてみたら結構いい感じだけど、これを人に勧めていいものかはわからないから自分でしか使ってないけど。この世界化粧品って超高級品だからね!!
口紅だって特定の紅花から抽出した色から作られるし、白粉は米の粉とかオシロイバナの種子からとかであとは顔料とかなんとか聞いた。良くわからなかったけど、一般市民にはちょっと手が出ない値段だから富裕層向けの商品なんだよね。リジル商会の会頭の奥さんにちょっとヘチマとローズオイルから作った化粧水が安全か相談してみてるんだけど、もうちょっと手を加えた方がいいかもってことでもっと良いオイルとかを勧められたけど値段がねエ……。
はっ、それどころじゃなかった。
プリメラさまと旅行! 旅行! 楽しみだなあー。
新しい夏用ドレス、一緒にデザイン考えなくっちゃ!
ブックマーク6000件越えありがとうございます!
これからも「転生侍女」よろしくお願いします。