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「ユリアさまになにしてらっしゃるんですか!」
薄紅色の髪が、ふわりと揺れる。
鈴を転がすかのように可愛らしい声なのに、凛としたその姿はきっと何も知らない人なら見惚れたに違いない。
(これがゲームとかの一幕なら、困っている知り合いを助ける勇気ある少女ってところなんでしょうが……)
私を守るように立ちはだかった美少女、睨みつける騎士服の男、呆気にとられつつ距離をとるように私を後退させるレジーナさん。
そこから遠巻きに見守る野次馬のみなさん。
(……なんですかね、この状況)
いやいや冷静になるんです、こういう時ほど冷静に!
そう、残念ながら今までミュリエッタさんと私は友好的な関係とは言い難いような……一応恋敵ってやつですし、多少迷惑を被った関係で距離を置かせてもらっているわけですし。
だめだまったく冷静になれない!!
「どなたか知りませんけど、白昼堂々女性に詰め寄るのはいけないことだと思います!」
「なんだと貴様、俺を誰だと思っている!」
「だから、知りません!!」
いや噛み合った会話しなさいよあなたたち。
そう思ったのはきっと私だけじゃないはずです。ああ、メイナ……早く騎士隊の人を連れてきて……!
当事者だったはずの私がいきなり蚊帳の外にぶん投げられたような感じになっていますが、だからといってここでそっと離脱っていうわけにも参りません。
……だけどじゃあ、どっからどう手を出すっていうか話を聞けばいいのか、どうしたら丸く収まってさっさと王女宮に戻れるのか、騎士隊の方が来るまでどうしたら良いのだろう!?
すでになんだかこの噛み合っていない会話で一触即発の雰囲気とか、早くない? 早すぎない!? 瞬間湯沸かし器もびっくりだよ!!
「失礼ですが、パーバス伯爵家のエイリップ・カリアンさまではございませんかな」
「む……誰だ、貴様は」
「これは申し遅れました。やつがれめはアバリッツィア・タルボット。タルボット商会を束ねる者にございますれば、どうぞお見知りおきくださいませ」
「……タルボット商会の、会頭か」
「はい。パーバス伯爵さまにはご懇意にしていただいております、何度か伯爵家にもお邪魔したことがございますが……」
「おじいさまから、聞いたことはある」
「それはお耳汚しでございました」
どうしよう、と頭をフル回転させていた私をよそにゆったりとした足取りで近づいた商人が、エイリップ・カリアンさまに話しかけて落ち着かせたようです。
そしてやはりあの人物は、タルボット商会の会頭……メッタボンの父親にして、以前お父さまの借金事件の際にジェンダ商会の会頭にキュキュッと締められちゃったらしい人です。
……あの時妙に黒字になって戻ってきたお金、今更返せとか言いませんよね……?
いや、ちゃんと証文とか証明書とか色々ついてたし大丈夫……!!
(それにしても)
メッタボンの父親というから、勝手にタルボット商会の会頭も強面のがっしりした人物を想像していましたが……現実は、大分違いますね。
浅黒い肌にゆったりとした異国風のデザインを模した服を着ていて、薄く笑みを浮かべたその姿は人が良さそうに見えます。
お店に立っていたら、わからないことがあった時に声がかけやすそうな雰囲気を持つあんな感じの空気を身に纏っているといえばわかりやすいでしょうか? ……はっ、それが商人としての極意……!?
「ユリアさま」
「……大丈夫です、レジーナさん」
何が大丈夫なのか自分でもよくわかりませんが、とりあえず大丈夫だと伝えればレジーナさんは納得してくれたのか頷き返してくれました。
今まだ混乱していてるんです、ごめんねレジーナさん! 心配かけてますよね!
「エイリップ・カリアンさまのお噂もかねがね伺っております」
「……ふん」
社交辞令の言葉に、つまらなそうに鼻で返事をしたエイリップ・カリアンさまですがまんざらでもなさそうです。ちょろい。
良い噂とも何とも言ってませんからねその人!
そもそもパーバス伯爵さまが孫自慢とか想像できませんし、そうだったならエイリップ・カリアンさまだってタルボットさんの顔を見知っていてもおかしくありません。
だって有益な商人との繋がりは次代にもっていうのが一般的ですがそうじゃないってところでお察しです。
(いやあの権力大好き妖怪じいさんだから孫に変に入れ知恵されたら困るとか思って会わせていない可能性もあるのか)
にっこりと笑って話しかけてくる商人に持ち上げられるような言葉をいくつもかけられて、エイリップ・カリアンさまの傷ついたプライドも回復しているのでしょうか。
私のことなどもう忘れたかのようにそちらに視線を向けています。
いや、ありがたいんだけどもじゃあ私戻っていいかな……なんて思うのはいけないことでしょうか。
「ユリアさまー!」
そんな風に思っていると、メイナがぱたぱたと走ってくるのが見えました。
普段でしたらお淑やかにしなさいと注意をするところですが今はもう救いの天使に見えます! あの子の後ろには慌てている様子の騎士たちが数名。
その中には一人、隊長格の証をつけた人物も見えましたのでエイリップ・カリアンさまに関しては一安心といったところでしょうか。
「パーバス! 王城内の風紀を守るべきものが何をしておるか! 連れていけ!!」
「隊長、自分は――」
「話は隊で聞いてやる! 早く連れて行かんか!」
隊長さんは反論一つ許す気はないらしく、エイリップ・カリアンさまを部下に連れて行かせると私の方に向かい深々とお辞儀をしました。
「部下が大変失礼いたしました。後程改めてご挨拶に伺いたいと存じますが、なにぶん職務中にてご容赦いただきたい」
「勿論です、お役目ご苦労さまです」
さっと身を翻した隊長さんのその背中に若干疲れが見えて申し訳ない気分になりました……大変だろうなあと思いますが、まあこれ以上の醜聞はあちらも避けたいのでしょう。
なんとも素早い撤退。お見事です……!
では、私も私でこちらの場を収めるように努力するべきなのでしょう!!
「ありがとうメイナ。……もう一つお願いしても良いかしら?」
「はい、なんでしょうかユリアさま」
「先に王女宮に戻って、もう少しだけ私の戻りが遅くなるとセバスチャンさんに伝えておいてほしいの」
メイナは少しだけ息を切らせたまま私をじっと見て、それからレジーナさんを見て、ミュリエッタさんを見て少しだけ眉間に皺を寄せてからまた私を見ました。
「わかりました!」
ぺこっと全員に対してお辞儀をしたかと思うと今度はしずしずと王女宮に向けて歩き始めたメイナに、なんとも言えぬ頼もしさを感じたのは私だけでしょうか。
後で褒めて褒めてご褒美にチョコレートを用意しよう、そう心に決める勢いです。
とはいえ、それも戻ってからの話。
私は周りに気づかれない程度に深呼吸をして、改めてミュリエッタさんとタルボットさんに向き直りました。
「ミュリエッタさん、ご心配をおかけいたしました。もう大丈夫です」
「……そうみたいですね、あの人はユリアさまのお知り合いなんですか?」
「はははミュリエッタさま、あまり勘繰るのは失礼というものですぞ。ファンディッド子爵家とパーバス伯爵家は縁故なのですからな」
「そうなんですか? ……あたし、まだ把握できてなくて」
しょぼんとして見せるミュリエッタさんの可愛らしいこと。
しかし、なぜ彼女がここにいるのでしょうか。
それも、父親であるウィナー男爵とではなく、タルボット商会の会頭と一緒。
「ミュリエッタさんはどうしてこちらに?」
「あっ、そうです。あの、あたし治癒師に登録をしようと思って王城に来たんです、タルボットさんの紹介もあって、会ってくださることになったので!」
「……治癒師に、登録ですか……?」
おっとまた予想外の行動だ。どういう意図があって、しかもタルボット商会の会頭による紹介とか……思わず視線をそちらに向ければ、タルボットさんはにっこりと私に向かって笑みを浮かべたのでした。
やだ、いい人に見えたけどやっぱり胡散臭いぞこの人……。
なんて勿論顔に出しませんけどね! ニコラスさんとはまた違う胡散臭さがありました!!




