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「……というわけで先程お父さまにお手紙を出したというわけなんですよ」
「ああ、さっきのやつだね」
「ええ」
「つい最近帰省したばかりなのに城外に手紙を出すなんて珍しいとは思ったけど、そういうことか」
アルダールが小さく笑いながら風でほつれた私の髪を撫でるようにして直してくれる。
……さらっとやってるけど距離が近くないかな?
城内から城外に手紙を出す際には、どこの誰にいつ、城内のどこ所属の誰が出したのかという記録が残されるので一度該当部署を通さねばなりません。その名も郵便課です! まんまですね。
故郷の家族に手紙を出す人や、職場の退職した人やケガをした人に時候の挨拶・お見舞いなどで手紙を出したりなど割と毎日のようにそこでは人の行き来があります。
貴族位にある人も多いとはいえ、そこはそれ、ルールです。
さすがに高位貴族ともなれば、あんまり知られたくない内容に関しては従僕やカムフラージュの方法がないわけではないようですが、記録は記録として残される、と。
まあ安全上の問題ですから当然ですね!
「まあでも、そういうことなら私も付き添ったのに」
「いえ、郵便課まではメイナと一緒だったんですよ。あの子は書類を外宮に届けに行く途中でしたので」
「なるほど」
郵便課はそういった理由でプライバシーの保護が求められる場所でもあり、その分警備もしっかりされています。
ですからそこに足を踏み入れた分にはもしエイリップ・カリアンさまが私のことを見つけたとしても、警備の方が手助けしてくださるでしょう。
問題は道中に、ということですので当然私もそこは考えてありますからね、単独行動は基本的に避けております。
とはいえ、王女宮は人数が少ないですからね……誰かに常についてもらうというわけにはいきません。
特に私は筆頭侍女という立場である以上、個人の都合で宮の人員を割くわけにはいきません。
(行きはメイナがいるから良かったけれど、戻る時はどうしようって思ってたんですよね)
偶然アルダールが通りがかったから良かったものの、次からは対策を考えなければ……。いやでもエイリップ・カリアンさまも軍部に所属したということは仕事をなさってるはずだからそううろちょろしているとは思えませんが、念には念を入れるって大事ですよね!
「……アルダールは、エイリップ・カリアンさまがどこに配属になったとか知ってますか?」
「いや、悪いけど知らない。どうして?」
「どこに所属の方かということが分かれば、その行動範囲や時間帯が想定できるので……常に誰かと行動をというのは、なかなかに難しいですし。それに執務室で書類作業などをしている時は一人のことも多いですから」
「なるほどね。……あとで調べておくよ」
「ありがとうございます」
私が調べても多分わかるんですけどね、あんまり直接的に動くと向こうを刺激しそうな気がしてなりません。
っていうか本当に何の用だったんですかね、まさか軍部に所属して期待のエースなんだぜふふんとかいう自慢話をしに来たとかじゃないですよね?
(……メッタボンに捻りあげられて情けない声を上げていたりとかアルダールに睨まれてたじろぐ姿しか記憶にないから、期待のエースってことはないか……)
まぁ私が気にするべきところは、あの人がなにかまた妙なことを仕出かしてこないかってだけです。
過去にはわざわざ侍女見習いである人間に嫌味を言うためだけに会いに来て、そののち成長してからも他家で酔っぱらってそこの令嬢に狼藉を働いたような男ですからね!
根に持っているわけじゃありませんよ、事実ですからね。
あの時、手首を掴まれて痛い思いもしたし嫌なことを言われて悔しくも思いましたが仕返しがどうのとは思っておりません。お父さまがちゃんと対応してくれたから!
(とはいえ、もうあんな目に遭うのはごめんですしね)
セバスチャンさんにも一応相談したら、直接押しかけてくるような無礼な男がいたら対処に出てくれると約束してくれましたしメッタボンにも伝えておいてくれるというのでお任せして良いのでしょう。
問題はそう、執務室にいる時よねえ……。
(まあ例えあの人が城内勤務になっていたとしても騎士隊の人間がおいそれと王女宮の人間の執務室を訪れる用事があるわけないですから大丈夫でしょう)
基本的に城内で繋がっているとはいえ、要所要所に騎士が配置について警護しており自由気ままに出入りするなんてありませんからね。
私たち侍女となるとある程度の自由が認められていますが、それだって例えば内宮から王女宮の執務室くらいだったら問題なくとも内宮から後宮の執務室だと問題があるとか、色々決まりごとがあるのです。
「ありがとうアルダール」
「どういたしまして」
「急ぎでなければ、お茶でもいかがですか?」
「そうさせてもらおうかな」
アルダールはアルダールで、一仕事終えて戻るところだったらしくお互い今は休憩時間。折角そんな良い偶然があったんですからこういう時間を大切にしたいですね。
折角実家の方とかで色々と良い方向とは言え、大きな話が片付いて落ち着いたところに余計なストレスがやってきた感じがありますので。
「セバスチャンさんからとっときの茶葉をいただいたから、そちらを淹れましょうか」
「いいのかい?」
「アルダールと飲もうと思ってたから、ちょうどよかったです」
「ありがとう」
セバスチャンさんからも二人で飲みなさいっていただいた茶葉ですからね!
私の私室の方にアルダールがいるのが当たり前になる、というのは不思議なものです。
以前はちょっとほら、なんていうんでしょうね……こう、あんまり甘ったるい空気になるとその後の業務に差しさわりがあるので外で会う方がとか色々考えたりもしましたが、こうして『当たり前』になるというのは、くすぐったいような、落ち着かないような、それでいて安心するというんでしょうか。
「そういえば今日の夜は時間がとれそうだから、夕食を一緒にどうかな?」
「ええ、喜んで!」
「それじゃあ後で迎えに来るよ。とはいっても城内の食堂だけどね」
「あら、私は食堂のディナーも好きですよ?」
くすくす笑い合って、向かい合わせに座ってお茶を飲む。
ああー、そうですよ。
こういう穏やかな空気で過ごせるってのがやっぱりなにより最高です。
きっと私が出した手紙を受け取ったら、お父さまは頭を抱えることでしょうね。
キース・レッスさまにも一応、あの時立ち会っておられた方ということでエイリップ・カリアンさまが訪ねてこられたこと、お父さまには手紙を書いたということは知らせましたが……。
「アルダール」
「なんだい?」
「何もないとは思いますが、アルダールも気を付けてくださいね」
「……うん。ありがとう」
アルダールは強いですし、私が心配することもないんでしょう。
でもエイリップ・カリアンさまはアルダールにライバル心を燃やしていたわけですし、もしも城内勤務ならまたそちらでも一悶着……なんてこともあり得ますからね!
一難去ってまた一難……なんていらないんですよ!
私たちに必要なのは! 平穏無事な生活!
それだけなんですからね!!
「そっちは十分気を付けておくから、ユリアも気を付けるんだよ? なにかあったらすぐ私に言ってくれて構わないから」
「ありがとう、頼りにしてますね」
……そうなのよね、メッタボンとかに頼んだらプチッとやっちゃいそうで怖いし。
セバスチャンさんも結構なんだか底が知れないっていうか……「なんだったらニコラスを貸しますよ」っていう、よくわからないけど不穏なことも言っていたし。
いや、そもそもニコラスさんには借りを作りたくないからそこは却下で。
そういう意味ではアルダールが一番紳士的に対応してくれそうな気がするのよね。前回のことがあるから多少容赦の度合いが目減りするかもしれないけど、少なくともプチッとはしないだろうし、騎士隊だって近衛隊とは揉めたくないでしょうし……。
「……まあ、そんなの、ないのが一番ですけどね」




