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「あ、そういえばなのですけれど」
書類を片付けながら、ふとスカーレットが顔を上げて書類を差し出しながら私の方に向かって小首を傾げました。
その横でうんうん唸りながら書類と格闘していたメイナも、釣られたように顔を上げました。……ほっぺにインクがついているんだけど、どうしてそうなったのかしら……。
「ユリアさまがいらっしゃらない時に、面会の申し込みが来ていたようですわ」
「……? どなたかしら」
「さあ。面会室の人間に問われてご不在であることを伝えましたら、それが本当のことかどうか疑わしい、自分は親戚だとくどくど仰っていたそうでワタクシとメイナでご説明に向かいましたけれど、知らぬ御仁でしたもの。ね、メイナ」
「ああ、あの時の人ね? セバスチャンさんが忙しそうでしたから、私たち王女宮の人間が王女宮筆頭は不在ですって直接伝えに行ったんです」
「まあ」
「一人で行くのは危ないかなと思ったので、二人で行ったんですよ!」
にっこり笑ったメイナにスカーレットはハンカチを取り出して、頬のインクを拭ってあげていました。微笑ましい光景だなあなんて思いましたが、うーん。
「それで、……大丈夫だったんですよね?」
まあ今思い出すくらいだし、大丈夫だったんでしょう。
セバスチャンさんも何も言ってなかったし!
でも誰でしょうか? いえ、もう大体予想はついてるんですけどね。
親戚だって名乗る辺りがさぁ……心当たりがあるっちゃあるじゃない……?
「はい、大丈夫でしたわ。とっととお帰りいただきましたもの」
「ユリアさまと親戚なのに、全然予定を知らないって変だなあと思ったんです」
うんうんと頷くメイナの頬からインクは無事取れてました。
ただちょっとこすりすぎたのでしょう、赤くなっていますけど。痛くないの?
私の視線に気が付いたのか、メイナも困ったように笑ったところを見るとスカーレットの善意を断りにくかったんでしょうか。
スカーレットも気まずそうに視線を逸らしたので、私は指先に魔力を込めて、ハンカチを湿らしてメイナに渡しました。
やっぱりこういうのは冷やさないとね! 傷になって痛んだらかわいそうですもの。
「沁みるようでしたら、医務室に行ってみてくださいね」
「ありがとうございます、ユリアさま!」
「それで、話の続きなのだけど」
「そうそう、それで……『自分はパーバス伯爵家の人間だ』って偉そうな男の人がわざわざ面会に来てやったのに居留守を使うなって文句を言ってきたんですよ!」
「……ああ、まあそうだったの……」
ここまで予想通りっていうか、私が居留守を使うような心当たりがあるっていうのがもうね。いや実際いなかったんだから嘘はないんですけど。
「それでスカーレットが王城に仕える者の名誉に誓って、今は帰省中だから面会に応じることは不可能だって言ってくれたんです。そしたら」
「あの男、『たかが侍女が伯爵家の人間に対して頭が高い』とか言い出したんですのよ? 信じられます?」
「まあ、そんなことを?」
「ええ! まったく権力を笠に着る男なんて格好悪いことこの上ないというのに、どうして理解できないのかしら。いえ、そういう小物だからこそ鬱陶しいほどに理解力がないのだとわかっておりますけれど、あそこまで愚かな男は滅多に見ませんわね!」
ふっと鼻で笑ったスカーレットの表情の冷たいこと!
そんな顔もできたのね……なんてちょっぴり怖くなりました。いや、まあそれって多分物言いから考えて、エイリップ・カリアンさまですよね。間違いありません。
何の用だっていうんでしょうね、軍属になったんだから忙しいんじゃないの? それとも何か自慢でもしたかったんでしょうか。そんな暇でもないはずなんですが。
(むしろ私の方が忙しいんだから、特に用がないんだったら来ないでもらっていいんですけど)
決して会いたい人でもありませんしね! むしろ来るなと言いたい。
そこは淑女として“ご遠慮申し上げます”で華麗にお断りすべきなのでしょうが、正直丁寧に対応するっていうカテゴライズからは外れている相手ですので……。
(後で、お父さまにお手紙で知らせておくべきね)
ファンディッド家への出入りは禁止させていただきましたが、確かに彼個人が私に接触を持つことを禁じたわけではなかった……。いや、わざわざ寄ってくる理由も思い当たりませんので気にしていなかったんですけどね。
けれど、あの人がわざわざ来たってことと帰省の際にお義母さまから聞いた話を合わせると、今後もパーバス伯爵家の人たちが我が家になにかしら関与してくるのは予想できますからその対策も考えないと。
とはいえ、王宮内で働く私は基本的に面会室に呼び出すのが一番会うのに確実ですからね、それ以外はここまで来られないでしょうし、基本単独行動は控えることにして……。
「それでですね!」
「え、ええ」
おっといけない、思わず考えに没頭してしまいそうになりましたが、スカーレットはどうやらその時の怒りを語っていたようです。ごめんあんまり聞いてなかった。
ふんす、と座ったままふんぞり返るスカーレットはやってやった! っていうどや顔を見せていて、私は思わず笑ってしまいそうになって堪えるのが大変でした。
もうね、なんていうの?
小さい子が自慢げになるあの感じ! 可愛い!!
まあそんなことを言うとスカーレットは「ワタクシは淑女なんですからね!」って拗ねちゃいますからね、口には出しませんけれど。
「ワタクシは言ってやったんですわ。『そうですか、ところでワタクシは侯爵家の人間ですけれどなにか?』って!」
「そしたら向こうがあからさまに悔しそうな顔をして、親戚がわざわざ会いに来てやったのにーとかなんとかかんとか言いながらとっとと退散しちゃったんですよ。本当にご親戚ですか?」
「……年のころが二十代半ばでパーバス伯爵家に連なる方でしたら確かに、まあ……親戚と言えば親戚ですが、親しい方ではありませんから今後も気にする必要はありませんよ」
「はい、わかりました!」
「承知いたしましたわ」
あちらの目的はわかりませんが、一応念のためセバスチャンさんとアルダールにも伝えておくことにしましょう。何かあったら頼るっていうのは大事ですからね。
以前腕を掴まれたこと、忘れておりません。怖かったしもうあんな目に遭うのはごめんですからね。
さすがに王城内でそんな狼藉もしないでしょうし、あの時のように酔っぱらってなんてことはないとわかってはいますが怖いものは怖いですから警戒して何が悪いって話です。
「それではこちらで書類は全部ですわ!」
「わたしもできましたー!」
「はい、二人ともご苦労さま。休憩に行くついでにセバスチャンさんに、私が呼んでいたと伝えてもらっていいかしら?」
二人から書類を受け取ったから確認もしたいし、先程の件をちょっと相談もしたいし。
プリメラさまのお耳に入れるのはちょっとお耳汚しですしね。
メイナはハンカチをどうするか迷ったようですが、後で綺麗にして返しますって言って出ていきました。いつでもいいよと言う隙が無かったので、もう少し落ち着いて行動してもらえるよう私も気にしなくては。
最近はちょっと自分のことが忙しくてあの子たちの様子も成長に喜んでばかりでちゃんと見てあげられていませんでしたからね!
侍女の先輩としても、上司としてもしっかりしないといけません。
そうと決まったら、とっとと仕事も厄介ごともちゃっちゃとお片付けですよ!
気が付いたら累計300話越え……ありがとうございます!(感想見て気づきましたw
これからも頑張りますので応援よろしくお願いします!°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°




