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顔合わせも無事済んで、晴れてメレクとオルタンス嬢の婚約が成立しました!
と言っても、ここから両家の考えに誤りがなかったというのを確認しましたので婚約いたしますといった内容を記した書類に、当主がサインをして国に届け出るんですけどね。
貴族の結婚は『結婚したいから』では済まないちょっと面倒な一面です。
まあ、貴族であるという特権階級にある以上、仕方ありません。特にメレクは次期子爵ですしね!
(まあなんにせよ何事もなく終わって良かった)
その書類をキース・レッスさまが王城に届けるついでに私も送っていくよと仰っていただけたので、ありがたくそのお言葉に甘えさせていただくことにいたしました。
ついでだなんて仰っていましたが、帰りの護衛や馬車の手配をしなければならない状態だった私に対してきっと気を使ってくれたんだって知っておりますとも。
お気遣いできる、親切な方ですよね! ……腹黒い感じがどうしてもありますけど。
(まあ、おかげで予定していたよりもずっと早く王城に戻れたのですから本当にありがたいことだわ)
メレクとオルタンス嬢のラブラブっぷりにあてられるのも結構恥ずかしいですもの。
いやまあ、ちょっと前に私とアルダールがやってるだろっていうツッコミは受け付けません。
でもこの顔合わせまで終えた所で、大きなイベント的なものに一区切りついたんだなあと思うとこう……ほっとしますね!
いやあ特に何か私が主導でどうこうっていう案件は一つもなかったんですが、なんだかんだこういうことが続くと嬉しくもあるのですが同時にやっぱり慣れないことをして疲れちゃうっていうかね。
誕生日を祝われたり弟が無事婚約して、可愛い義妹ができるだなんて幸せな疲れだから全然いやな気はしておりませんけどね!!
でも、後は予定と言えるほどではありませんがナシャンダ侯爵さまからのお誘いでしょうか?
プリメラさまと一緒に庭を見においで、と手紙には記されていましたが……。
(でも、それもいつとは書かれていなかったから、あんまり気にしても仕方がないのかしら。キース・レッスさまのお話によれば、きっとあのお誘いにも何か意味があるんだろうし……)
王城に戻った私は荷物を部屋に置いてすぐ、プリメラさまにご挨拶いたしました。
主に戻った報告するのも侍女として大事なことです。それは筆頭侍女だからとか専属侍女だからっていうんじゃなくて、基礎中の基礎。
いやまあ、外宮や内宮みたいに大人数過ぎて把握も大変っていうくらい人がいる場合はそれぞれに細分化されたチームがあって、それぞれのリーダーに報告するとその上司であるそれぞれの筆頭侍女に報告が行くんですけどね。
王女宮や王子宮のように、お仕えしている主がはっきりしている場合はこのようにご挨拶してしかるべきってものなのです。
私がご挨拶したいっていうのも勿論ありますが、そういう基本の姿勢というのを上の者がしてみせるから後輩たちもそれに倣ってくれるってもんですよ。
「ただいま戻りましてございます、プリメラさま」
「おかえりなさい、ユリア!」
私の帰参の挨拶に、満面の笑みでお迎えくださるプリメラさまの愛らしさったらないよね!
これが見たいがために荷物を片付けるのもそこそこに来たんですからその甲斐もあるってもんですよ……!!
はあ、眼福眼福。
「顔合わせはどうだった? なにもなかったの?」
「はい、恙なく。オルタンスさまはファンディッド子爵領のことも大変気に入ってくださったご様子で、これで実家も安泰にございます」
「そう、良かったわね! セレッセ伯爵が今後は弟さんの後見も務めてくれるだろうし、ユリアも安心ね?」
「はい。まあ、私よりも両親の方が、かもしれませんけれど」
お父さまは、私が王城に戻る別れ際に『引退したら好きだった絵を描く生活をしたいと思っているんだよ』なんて笑っておいででしたしね!
お義母さまは『いつか孫が生まれた時に、可愛らしいレースを作っておいてあげたいわ』なんて気の早いことも仰っていましたが……ちょっとうちの両親、浮かれすぎじゃないのかなって今心配になりました。
頑張れメレク。お姉ちゃん、王城から応援してるからね……!!
弟に押し付けているわけじゃありませんよ、帰省した時には私も気を付けますけどね。
やっぱり一番近くにいる人が両親がそれぞれに浮かれているのを注意できるんじゃないかって思うわけで……いやうん、後で手紙を書こうそうしよう。
「そういえば後見と言えば、ルイスおじいさまが薔薇を見においでって誘ってくださったのよ。ユリアも知っているって。……本当?」
「まあ、もうお誘いが届いたのですか!?」
思わず驚いて声を上げてしまいましたよ!
そのくらい迅速過ぎないかなっていう、いやもしかして私へのプレゼントを贈っている段階でもう水面下ではプリメラさまを王城からナシャンダ領にお迎えするために、色々と手筈を整えていらっしゃった……とか。
あり得る。
キース・レッスさまのお話を聞いた後だと、そういう何かしらの力が働いて手回し済みの状態になっているような気がしてくる……!!
「いつなのかまでは知らなかったの?」
「はい、先日誕生日のお祝いをいただきまして、その際にまたプリメラさまと一緒に薔薇を見においで、とカードに記されていただけで……」
「そうだったのね。ユリアがいない時にお父さまが、プリメラも公務を頑張っているからご褒美だよって仰ってくださったのよ。ファンディッド子爵令嬢も一緒に行くといいって!」
にこにこと満面のプリメラさま、プライスレス。
でもそれと私が一緒にっていうのがこう……こうね、釣り合ってないですからね!
プリメラさまが行かれる先に専属侍女でもある私が付いて行くというのは当然のことだと思いますが、この場合国王陛下が『ファンディッド子爵令嬢』としての私が随従しろという謎の圧ですよ!!
えっ、それはつまり侍女としてではない何かを求められているってことなのでしょうか?
(いやいやいや、私に何を求めていらっしゃるって!? 無理難題を吹っかけられている気がしてならない!!)
具体的に何をどうしろって無理難題を吹っかけられるのも困りますが、こうして何も教えてもらえずにじわじわと圧をかけられるってのも相当無理難題ですからね。
わかってるんだろ……? みたいなの言われてもわかりません!!
「詳しいお話はまた今度、ルイスおじいさまの方からお手紙が届くってお父さまは仰っていたわ。今回は侍女としてじゃないから、一緒にお庭でお茶を飲んだりもできるのね!」
無邪気に喜ぶプリメラさまはとんでもなく尊いですが、私は内心、それを喜んでいるだけにはいかないというこのジレンマ。
いやでも確かに薔薇園の中をプリメラさまと並んで歩けるってことですけど。それはとてつもなく魅力的!
「楽しみね! かあさま!」
「……はい、プリメラさま。楽しみですね」
動揺してしまいましたが、プリメラさまの笑顔を曇らせるわけにはいきません。笑顔で私も楽しみだとお伝えすればとても嬉しそうにしてくださったので私も嬉しくなりました。
だって楽しみなのは本当ですからね!
とはいえ、はっきりいつだってわからない分、その間になにかあるかもしれません。
あんまりおたおたしていては、プリメラさまの侍女として! かっこ悪いですからね!!
(どんなことが起きようと、対処して見せますとも!)
決意新たに、私はとりあえず挨拶を済ませた後に自室で荷物を片付けるのでした……。




