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暑い季節がやってきた……なんだか色々あったよね。順風満帆に行っていた侍女生活だったけど目を背けていた子爵令嬢としての責任とか、父親が家庭に(勝手に)絶望していらんことしでかして(何故か)義母と弟と家族の絆で結ばれ直したり、金持ちのおっさんたちに勘違いされたり、社交界デビューで一瞬だけ時の人になったり。
これはまあ本当に一瞬だった。一瞬。あのパーティの間だけだ。最終的に王太后さまが用意したドレスであることと、その布地がセレッセ伯爵の領地で今後売り出されるものだと広まれば問うてくる令嬢なんていなくなりました。まああの日の化粧した姿とかを見た人が、侍女姿の私を見て「え、本人……?」ってちょっと挙動不審になる姿は内心とても面白かったです。化粧ってすごい。
で、まあ。リジル商会の会頭の予言通り、ジェンダ商会の会頭から例の借金に関する詳細が改めて送られてきた挙句金子は黒字になりました。どうしてこうなったのか何回か書類を見ましたが、何故か慰謝料が含まれていてですね……これちょっと詳しく聞かないとだめですかね? 聞きたいような聞きたくないような。宰相閣下は聞かなくても問題ないけど興味があるなら聞いたらどうだという適当なお返事しかくれませんでした。力作クッキーあげるんじゃなかったよ。まあケチなことは申しませんけどね! クッキーだしね!!
今回のクッキーはいわゆるアイスボックスクッキーのココア味と合わせて市松模様と渦巻き模様作っただけなんだけどね。私の手のひらサイズで氷出るからね、便利だよね! まあうちの料理長に見せたら次からもっと完成度の高いものを作ってくれるようですが……いいですけど。絞り型とか教えたらいつの間にかデコレーションケーキどころか絞りクッキーとかも作ってくる人ですから。ちなみに料理長はメッタボンという名前ですがとてもほっそりした人です。
「ユリアさま、リジル商会からの荷物は確かに厨房で受け取りましたぜ」
「ありがとうメッタボン。今日はさっき焼いたクッキーをお茶菓子として出すつもりだから、紅茶はどれが良いのかしらね……高山産の茶葉はどれも良い香りだけど」
「そうですなあ、俺としてはこのシェルバンダ高山産の茶葉の中でも最高峰と呼ばれるマシェティ茶がお勧めですな。高山の畑の中でも最も標高の高い位置で採れる茶葉は希少ですがさっぱりとした中に薫り高さが際立つ一品ですのでストレートで良いと思いますよ」
「まあ物知りね! でもそうね、ジェレジェレ茶も良いかもしれないわよね……ミルクティーにしても良いと思うし」
「流石にユリアさまもご存知でしたか。あんまり市場に出回ってねえですから、ご存じないかと……」
「いいえ、私も資料で読んだだけよ。いくら王城だからといって常に高級品が揃っているわけでもないしね……特別な時に出す紅茶くらいには思っていたのだけど。最近では生産も安定しているようだから、プリメラさまのお気に召すようであれば定期的に茶葉を購入しても良いかと思っているわ」
「さいですか。……ところでユリアさま、俺はこのままここで料理長を務めていてもよろしいんですか」
「え? 何を言っているの。プリメラさまと私の期待に応えられる料理人なんてそういないわ。いつも頼りにしているのよメッタボン」
何回呼んでもその名前面白いと思うけどね!!
いやあこの人と出会えたのは僥倖だったんだよねーまだプリメラさまがもっと小さいころ、ちょっと偏食気味で私が料理を用意して食べてもらってたけどどうにもこうにも私料理人じゃないし。一応家庭料理は作れるけど、作法を教える用の料理なんて難しいし。元々いた料理人の料理じゃいやだとか我儘を言っていた頃のプリメラさまを思い出すと今のプリメラさまはマジ天使なんだけど、とにかくあの頃は超絶必死だった……新しい料理人をとお願いしても登用される人間人間いいのに当たらなくてさあ!!
何度目かの面接の末に出会ったメッタボンの履歴書は面白かった。
実家は商家で喧嘩別れの後冒険者に転向、冒険者としてギルド内で一目置かれるものの(これは冒険者ギルドで裏付けが取れている)料理の道に目覚め転向、辺境のレストランで修行の後王都に戻り冒険者稼業の傍ら開業資金を貯めていたが王宮での料理人募集を見かけて応募……なんていう劇的な人生でしょう!!
思わずいろいろ聞いちゃいましたよ、冒険者時代の話とか辺境のお話とか。見た目ちょっとゴツくて強面ですが、中身はとても親切なおっちゃんです。前世のOL時代にお世話になった定食屋さんのおっちゃんにちょっと似ています。あの人も優しかった。キャベツの千切りをよくオマケしてくれたなあ……肉の方が正直嬉しかったんだけど言い出せなかった私チキンだとかいう思い出でもありますが。
まあそれはともかく。
彼は急に何を言いだすんだろう。彼以上にプリメラさまを満足させられるような料理人は今のところいないんだけど……お抱え料理人が元冒険者という事で定期的に文句をつけてくる人がいるから、またへこんだのかしら。この人見た目に反して結構繊細なのよねえー。
「だって、俺ぁ……」
「メッタボン、貴方が今まで築き上げてきた料理の腕も信頼も、私は見てきました。プリメラさまも貴方のことを信じているからこそ毒見はいらないとまで仰ってくださっているのです。誰よりも毒にも料理にも通じ、真摯に振る舞う貴方を解雇する理由などどこにもないでしょう?」
そう、メッタボンは元冒険者だけあって毒とかに詳しいんだよね!
だから素材に毒が盛られていても気付いてくれるのってすごくない?! それを“平民上がり”とか“元冒険者とか野蛮”とか陰口叩いてくる方がおかしいの。ちゃんと冒険者ギルドで真面目に働いた上に後輩の面倒もよく見ていた良いヒトですというお墨付きもらってるんだし!
あ、この国での冒険者ギルドっていうのは国営ではないんだけど限りなく国営に近い民営なんだよ!
元々は国家管理がいいんじゃないのかっていう意見も出てたんだけど、自由奔放な冒険者を型にはめ込むのは良くない、だけど強い力を保有しているのを放置はよくないってことで民営なんだけど、国から補助金を多めに出すことで国の有事の際には率先して手伝ってもらうことになっているんだなーこれが。
貴族とか騎士団の中には冒険者ギルドに登録している人もいるくらいだしね。垣根は曖昧だなあってのが戦えない私からの印象かな。
でも、まあこうして元がつくけど腕利きの冒険者がそばにいてくれるというのは心強いよね!
だから辞めてもらっちゃ困るのよ! プリメラさまも最初は強面に驚いてたけど最近じゃあメッタボンのシチューが出て来ないかそわそわしてるんだから。料理の腕も素晴らしい。
「……ありがとよ、ユリアさま。俺がタルボットの息子だと知って尚そう言ってくれるなんてよ……ほんと俺ぁ恵まれてンなあ!」
「……はい?」
「おっとしらばっくれるこたねえだろ。リジル商会の会頭ともジェンダ商会の会頭とも会ったって聞いてるからよ、あの人たちが俺の出自を知らないはずはねえし、タルボットのことでなんかあれば俺ぁ白でも黒だろうって思われる可能性があったわけだしよ……」
「メッタボン?」
ちょっと待とうか。
もうさあ、最近偉い人の考えがわかってきたよ!
あの人たち普段から深謀遠慮過ぎて王宮に働いている人みんなそうだと思ってない?!
違うからね。
タルボット商会の関係者だとか全く知らなかったからね!
唖然としている間にメッタボンは紅茶を用意し始めて、トレイを私に押し付けるようにして涙ぐんだ顔を乱暴に拭っていた。
……いや、辞めさせる予定はないし辞めたくないって思ってくれてるみたいだし、もう、これでいいかな……?
それにしてもメッタボンはじゃあ、メッタボン・タルボットというのが本当の名前なのか……。
なんだろう、メタボでタル……いや、なんでもないです。
さ! プリメラさまの所に行くことにしましょう!!!
平穏な日を大切にしなくてはね!
もう主人公は色々考えることを放棄したようです。
次回からはプリメラさまも出てくるよ!!!