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「姫さま」


 侍女の声に、少女は泣き顔を無理矢理に笑顔にした。

 それを痛ましげに見るメイドや召使の前に立つようにして、いつもの地味な姿をした侍女――ユリアが綺麗なお辞儀をする。


「どうぞ、ご存分にお泣きになればよろしゅうございます。本日はもうどなたもこの部屋にはお入れしませんので、ご安心ください」


「……ありがとう、ユリア。みんなも」


「レモン水をお持ちいたしましょう」


「ええ。ユリア以外は下がっていいわ」


 白魚の手が軽く振られれば、王女付きの者たちは揃って頭を下げた。

 唯一残るように言われたユリアはその表情を変えることもなく、メイドが持ってきたレモンと水を受け取って優雅な足取りで窓の方を睨むようにして、泣くことを我慢する少女に近づいた。


 ユリアは21歳になったし、プリメラは10歳だ。

 相変わらずの天才少女は、ゲームの設定と違ってぷくぷくに太ることもないし、王に『父親』を求めることもやめ、淑やかな見事なレディへと成長を続けている。

 それもこれも、そばに居るユリアのおかげだということは実は一部の、それも王女付きの者たちくらいにしか知られていない事実だ。


「熱いものになさいますか、それとも冷たいものに?」


「……熱いのがいいわ」


 美しい細工が施されたカップが、ユリアの指先ひとつでふわりと浮いて、彼女の手に収まった。

 そしてそこにレモンを数切れ入れると水を加え、両手でカップを包み込んで数秒目を瞑る。

 そうすると途端にカップの中の水は湯気を立てた。


 これはユリアが得意とする魔法だ。

 特別強い魔力があるわけでもない、そんな彼女がプリメラの為に極めた、と言ってもいい。

 貴族の子女で、侍女でありながら実際にケーキを作ったりとらしくない侍女としても一部に有名だ。

 とにかく、熱いレモン水を作り上げたユリアからそのカップを受け取ったプリメラは薄く微笑んだ。


 プリメラは、ユリアが差し出した飲食物を決して疑わない。

 王族であれば毒味が当たり前であるがプリメラはユリアの給仕では一切それをしなかった。


 それもそのはずだ。

 何故ならユリアが給仕する際はユリアの監修の元、ユリアが選別した信頼できるメイドやコックがプリメラ専属として用意するのだ。

 時折晩餐として国王夫妻とテーブルを共にする際は勿論毒味済みの、城勤めのコックが調理したものを食することとなるが――プリメラは基本的に一人で食事をすることが殆どだったから。

 原因は王妃にある。


 王妃は国母として王太子を生んだので立場も盤石だというのに、優秀な姫の存在を恐れているのだ。

 3つ上のアラルバート・ダウム王子も十分に優秀なのだが、妖精のような美しさ、などと噂されるプリメラの存在は今は亡き側室を思い出させて苛立つのだろう。


 今日も国の歴史の勉強をしていた際に教師に褒められたところ、王妃に「この程度できて当たり前」「女であるからと王の慈悲に縋って甘えてられると思うな」「一国の姫として褒められるほどのことではない」「むしろ教えられるよりも一歩も二歩も進んでいなければ」「褒められて喜ぶなどみっともない」と淡々とプリメラを突き放したのだ。

 その横に剣技の勉強を終えたアラルバート・ダウム王子もいたのだが、王妃は「王子は褒められても感謝の言葉は言えども驕ることもない」「国王にとっても誇り」「いずれはこの国を守るための勉強を怠らない」「妹は重責がないからと甘え放題で母親の教育が――ああ、側室などの身分では教育とは難しい言葉であった」などと言って去って行ったのである。


 少々暴言が過ぎるだろうと思うものの、王妃の側室に対する態度は亡くなってからも変化することなくむしろそれは苛烈さを増してプリメラに向けられたのだ。

 アラルバート・ダウム王子も少しばかり妹が可哀想だと思ったのだろう、すれ違いざまに「気にするな」と王妃に気付かれない程度に言葉を寄越してくれたが彼女にはなんの慰めにもならなかったようだ。


 そばに当然のように控えていたユリアとしては腹立たしいを越えて殺意を覚えたものだが、それを表に出すことは当然なかった。

 だがその場に立ち尽くしたプリメラを即座に部屋に連れ戻し、今日の残りのスケジュール調整を済ませて冒頭に至るのだ。


「プリメラさま」


「……ユリアっ!」


 もう誰もいないからとユリアが彼女の名前をそっと呼べば、カップをテーブルに置いてプリメラはぎゅぅ、と彼女に抱き着いて嗚咽を上げ始めた。

 プリメラの母である側室の話は、国王の惚気とは別にユリアもたくさん幼い頃から聞かせた。

 側室が連れていた家人は彼女亡きあとプリメラに仕えることを身分が低いからと王妃が良しとせず、祖父母がいるはずなのに会えないのが現実である。

 ちなみに側室はそれなりに裕福な商家の娘だった。


 わんわんと泣く姿は年頃の少女そのものだが、なんの重責もないと王妃に言われようが実際にはいずれどこかの国に嫁ぐにしろ国内の有力貴族に嫁ぐにしろ、王家出身として恥ずべきことがない様にと努力しているのだ。

 それは一切無駄にならないというユリアの励ましを受けてのことだったけれど、言われれば悔しいし、母親のことを貶されるのは悔しいものだ。

 ましてや年頃の少女の潔癖な部分は時に柔らかく、鋭く、己すらも傷つける優れた感受性なのだ。

 プリメラは激しい怒りを覚えながら怒鳴るなどできなくて、自分が悪いのだと思ったのだ。


「プリメラさまは悪うございません。努力しておいでです。僭越ながら、私は努力なさるプリメラさまを誇らしく思っております。誰よりも、国民たちが夢に抱くような姫らしい姫であろうとなさるプリメラさまはとても素敵で愛らしい。いかな失敗をしようとも、いかな成功をしようとも、私は貴女さまだけの味方でございます。ともに悲しみ、共に嘆きましょう」


「でも、義母上さま……王妃様は、私のことを認めて下さらないわ!」


「母のようだと思っている、私ではだめですか?」


「……そんなことはないけど。ユリアは、こんな風に落ち込んだり泣いたりする私に、幻滅しない?」


「いたしませんよ」


 ふふふっと笑ったユリアは柔らかく抱きしめて、金糸のような艶のあるプリメラの髪を優しく梳いた。


「子の失敗を励まし、時に叱咤し、子の成功を喜ぶ。それが親の役目にございます。親は子に迷惑をかけられて当たり前、それを経て子は大人になり、また親になるのですわ。そしてその親のことを見て学んだことを、己が子供に伝えるのでしょう。……私は出産の経験はございませんけれど」


「ユリア……ユリアにとって私は良い子?」


「ええ、とても!!」


 ぱあっと満面の笑みを浮かべて応じたユリアに、プリメラもようやく笑みを浮かべた。

 目元の涙を拭おうとして、ユリアが差し出したハンカチに拭われる。


「だめですよ、こすっては。赤くなってしまいますからね」


「……ユリアはファンディッド子爵の長女だったのよね。私が知る限りでは彼らが立派な親御さんには思えなかったけれど……ごめんなさい、よくも知らないのに」


「いいえ。私が申し上げたのは理想論にございます。両親は悪い人間ではございませんし、弟は可愛かったですよ。でも私がもしも、もしもですけれど、行き遅れでも構わないと愛してくださる殿方と出会って子を儲けたなら、そうありたいと思う親の姿にございます」


「……ユリアはきっといいお母さんになれるわ。もしそうなっても私の侍女でいてくれる?」


「勿論でございますとも」


 間髪入れずに答えたユリアに、問うておきながらプリメラは少しだけ心配になる。

 いいのかなそれで。

 そう思った少女は、それをあえて口にはしなかった。


 だってまだ、彼女にとって『母』がどこかに行ってしまうかもしれないというのはちょっと脅威なのだから。

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