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リジル商会の会頭をお見送りして、私はどっと疲れを覚えました。
けれどこのままハイソウデスカで終わるわけには参りません!
「……さて、キース・レッスさま?」
「ははは……何も聞かないでくれると嬉しいなあ、なんて……」
「ではお聞かせ願えない理由は?」
「……そうだなあ、うん、まあ、……そのくらいなら」
「ありがとうございます」
ちょっと侍女に耳打ちされたところによると、会頭が『お土産』と称してなんだか高級品を置いていったみたいなんだけどそれはもう後回しです。
ええ、食べ物とかならこの際『滅多に食べれないものがいただけて良かったね☆』ってノリで誤魔化しましょうそうしましょう。
これが美術品だとかそういうものだったら……ええ、後で考えましょう。家族で。家族全員で!!
それよりもなによりも、先程の会頭の発言ですよ!
ナシャンダ侯爵さまが云々、それについてキース・レッスさまが何も聞くなと仰るわけですね。
(まあ、言えない事情とかが存在することは私だって理解しておりますし)
このユリア、王城で働く身でありますから?
そういったことに理解がある方だと自負しておりますよ!
でも当事者なので、知らされていない思惑とかそういうのはやっぱり気持ち悪いじゃありませんか。
喉に引っかかった小骨よろしく、のちのちになって大変なことになっては困るのです。
(とはいえ……どういった問題なのかが問題なのでしょうけれど)
言える問題程度なら、キース・レッスさまだって濁しながら言葉になさることでしょう。
だけれど、濁すこともできずに言えないというならばそれは絶対的に言えないなのか、それとも言うなと厳命されているのか、いや厳命はないな。
だって言えないから我慢してくれなんて『なにかありますよ』って言っているのと同義ですからね!
この方でしたら知らせるなと厳命されているならば、私に気が付かせることも匂わせることもなく、すべてをリジル商会の会頭が勘違いした、などそう言った方向に思考を向けさせることだってできるはずです。
あまり大っぴらにはできない話題のようでしたので、サロンに戻った私は改めてキース・レッスさまにお茶を淹れてから侍女たちに人払いをお願いしました。
お父さまには会頭のお土産について、手に余るものかどうかご確認をお願いしておきましたので後でなんだったのか教えていただけることでしょう。
「それで、どのようなことなのです?」
「まあ、まず初めに言っておくけどね。これは誰かに口止めされているってわけじゃないんだよ、ただ……いやまあ、単純にアルダールの名誉のためというか、バウム伯爵は脇が甘いっていうか」
「……なるほど」
アルダールもそういえば前に『今は言えない』という言い方をしていましたね。
どうやらそれはバウム伯爵さまが口止めをしておいでなのでしょうが、キース・レッスさまが『脇が甘い』と仰るならばそれがどこかで漏れているのでしょう。
そしてそれを目ざとくリジル商会の会頭が拾い上げた、というところかしら?
(……脇が甘いとキース・レッスさまは仰るけれど、それがわざとの可能性も否めない?)
ちらりとそんな考えが過りましたが、キース・レッスさまはただ穏やかに笑って紅茶を飲んでおいででした。
それから新たに持ってきてもらっておいた茶菓子のクッキーを口の中に放り込むようにして食べる姿に私は思わず目を丸くしていると、彼は悪戯っ子のように笑いました。
「ユリア嬢は私にとって友人だからね? 礼儀作法のかたっ苦しさからちょっとくらい逸脱したって許してくれるだろう?」
「まあ!」
「そういうわけで友人に聞かせてあげられる範囲としては、単純に貴族の派閥とメンツというのが面倒だっていうだけの話さ。いずれはきみの耳にも届くだろうし、改めて説明だってあるだろう」
友人という名の共犯みたいな雰囲気がありますが、それそのものがキース・レッスさまによるお気遣いなのだということは私にも理解できました。
この方にとって私は、少なくとも本当に友人と仰っていただける程度に損得関係なくあってくださるのであれば、嬉しい限りです。
私だって無理やり聞き出したいわけじゃありませんしね!
「……今のうちになにかしておかねば、誰かに迷惑がかかるとかはございますか?」
「ないと思うね。せいぜいがファンディッド子爵が仰天するくらいだ」
「お父さまが?」
「それでも、何も大きくは変わらない。それだけ知っていてくれたら、後は大丈夫だ」
「……そうですか」
さっぱりわからないけどね!!
まあキース・レッスさまはお味方であると考えて良いのだろうし、家族に迷惑は掛からない……ようだし?
私としては私の知らないところで、勝手に大切な人たちに迷惑がかかるのは避けたかっただけなのでこれで良しとしておくべきでしょう。
「前にも言ったかもしれないが、アルダールのことをよろしく頼むよ」
「キース・レッスさま?」
「なかなか面倒なやつだがそこが可愛くて、近衛時代は手のかかる弟ができたような気がしたものさ」
「……そうでしたか」
「その頃私はね、妹との関係はあまり……上手くいっていなくてね。男同士ならこうしてわかりやすかったのになあなんて思わなくもなかったよ」
くすくす笑ったキース・レッスさまが、またクッキーを頬張った。
私はそれに何も言わず、ただお茶のお代わりを差し出すだけ。
「だからまあ、私としてはアルダールの大切な女性が困らないように、そっと陰から助力させていただくとだけ、ここに約束させてもらうよ」
「ありがとうございます」
「勿論、嬉しい誤算としてはきみがとても素晴らしい女性で、個人的に友人として思えるということと親戚関係になれたということはとても喜ばしいと思っている、ということも付け加えさせてくれ」
「まあ!」
ぐっとお茶を飲み干して、キース・レッスさまが立ち上がる。
どうやら本当にそれ以上は教えてくれないらしい。
でも、それで十分なんだろうと思います。
「それでは私もリジル商会からの土産物に興味があるから、ファンディッド子爵の所へお邪魔するとしよう!」
「……後程、私もそちらに参りますので父のことをよろしくお願いいたします」
「うん、任せてくれたまえ」
にっと笑ったキース・レッスさまが颯爽と部屋を後にする。
残ったティーカップと、クッキーを見下ろして私はため息を一つ。
貴族たちの派閥とメンツの問題。
そうキース・レッスさまは仰った。
(バウム伯爵さまがなにかを働きかけて、ナシャンダ侯爵さまのお名前があがった。私に関することで、お父さまが仰天する……?)
だめだ、少し予想してみようと思ったけれど何も繋がらないな!
結局わかるのは、多分物事としては大したことがないのだろうけれど、貴族同士のプライドだとか体面が関わってくる話だから牛の歩みがごとく物事が進んでないのでしょう。こういう時もっと効率的に! とか思うこともありますが、お役所仕事と同じで色々やらなきゃいけない部分があるのかもしれません。
なんでも簡略化すりゃいいってもんではないらしいのですよね。
末端からすると時に良い迷惑な話だったりもしますが、これはまあそれとは別問題。
(……とりあえず、なにかあるかもしれないと心に留め置くべきでしょうね)
キース・レッスさまがお味方になってくれるという言葉、それが随分と安心材料になったことは確かです。
私はキース・レッスさまがなさったようにクッキーを一つ口の中に放り込んで、ティーカップに残った紅茶を飲み干しました。
うん、ちょっと冷めているけど美味しい。




