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顔合わせは穏やかにまとまって、結婚の日取り等は当主同士の会話、ということで本来は婚約者同士でお茶でも……というのがセオリーだと思うのですが、今オルタンス嬢は私と差し向かいでにっこにっこの笑顔です。
笑顔が眩しいです。
……眩しすぎて落ち着きません。
(ごめんなさい、メレク。よくわかんないけどごめんね……!?)
いえ、顔合わせの際も私のことを『憧れだった』と発言していましたし、多分ですがそのことはメレクも色々聞いているのでしょう。
ちょっと呆れたように、それと羨ましそうに彼女と私を見てからテラスを後にしましたから。
今日は天気が良いのでテラスで庭でも眺めてはどうだろうと私が提言したんですけどね! ほら、折角メレクが彼女のために花を植えたというのですもの。
是非見てもらいたかったんです。
……メレクが同席するんだと思うじゃないですか。
まさか去るとは思ってませんでしたよ……!!
「ええと……」
お花が綺麗ですね、弟が貴女のために植えたんですよ……なんて言えないな。
知っているなら話題として花開くかもしれないけど、知らなかったらメレクが後で庭を案内した時に恥をかく!
かといって『私のことを憧れとはどうしてですか』なんて自意識過剰っぽくて聞けないし。
(年頃の女の子の話題ってなんだ……!?)
セレッセ領のお嬢さんということを考えるなら、やはり服飾関係とかオシャレなものに詳しいのでしょうが、私は知識として知っている程度なので共通の話題とはいかないし。
どうしたものかと悩まずにはいられません。
「急なお願いを聞いてくださって、本当にありがとうございます」
「いいえ、……でもメレクと過ごさなくても良かったのですか?」
「メレクさまとはこれから長く、共に過ごすのですから大丈夫です」
目を和らげて笑った彼女もまた、恋する少女の表情を見せていました。
……なんだなんだ、なにか見せつけられている気分ですね……!? いえ、微笑ましいので良いのですが。
なんにせよ、弟とその婚約者の関係が良好というのは素晴らしいことですから。
「でも唐突なことで驚かれたでしょう?」
「……そうですね、そこは否定いたしません。メレクの姉ということで打ち解けてくださろうとしているのかと思いましたが、それだけではないようですし」
「はい! 勿論、将来的には義理の妹になる立場ですし、そう言った意味合いで仲良くなりたいという面もあります」
オルタンス嬢ははっきりと物を言うタイプの人間だというビアンカさまからの事前情報通り、ハキハキと私に対して受け答えをしています。
私のご機嫌取りをしようとかそういう雰囲気はまるでなく、婚約者の家族と仲良くする目的もあるのだと言い切れるのは悪くないと思いました。腹の探り合いをしない会話って良いですよね!
(……と言っても、それを丸々信じるわけじゃないけれどね)
何せ彼女はキース・レッスさまの妹ですからね。
兄と同じ腹黒……とまでは言いませんが、多少あれこれあるかもしれないと考えるのは当然でしょう。
メレクのことを大切に想ってくれていることがイコールで私に対しても同じとは限らないのです。
「でも唐突に好意ばかり押し付けられても困惑なさるだろうなということはわかっています。ですから、よろしければ私の話を少し聞いていただけませんか?」
「ええ、喜んで」
「どこから話しましょうか……メレクさまにはすでにお話ししてあるのですけれど」
少しだけ考えるようにしたオルタンス嬢に言わせると、このような内容でした。
前セレッセ伯爵さまは前の妻との間に子供ができなかったため離婚して遠縁の娘と再婚、ご兄妹お二人が生まれました。
けれど家族にまるで興味がない人で、なんとなく家族間は上手くいっていなかったんだそうです。
特に、兄であるキース・レッスさまとは年齢が離れているせいでどう接して良いのか互いにわからずぎすぎすしていたんだとか。
……どこの家庭も苦労しているんですねえ……。
「兄は大変優秀で、騎士隊に入るとすぐに頭角を現して近衛騎士に昇進いたしましたわ」
「お話は伺っております」
「ご存知の通り、騎士になると宿舎に入る方が多く、兄もそうでした」
兄妹として会話もろくにないまま、物理的にも精神的にも距離が空いていてどう縮めて良いのかわからないオルタンス嬢はあれこれ考えた結果、何か突出したものを手に入れようと思ったんだそうです。
なぜそうなった。
「……私も、兄と同じように優れた所があれば両親が喜んでくれると思ったんですの。でも、その……私はあまり、自分の見た目には自信がなくて」
この国の美人の条件、それで考えると確かにオルタンス嬢はそこまで美しいと評価されるわけではなくて……言うなれば、そう。
普通……? そう、普通ですね。地味とかそういうんじゃなくて、よくある髪色とか一般的な感じ。
でもくるくる変わる表情ですとか、こうしてはっきりとした会話ができるところですとか、良いところがたくさんあるので十分素敵なお嬢さんだと思いますけれどね。
「最初は領内の布地などでおしゃれをして、淑女らしく……と思いましたけれど見た目が普通な分、どんなに素敵なドレスを身に着けてもお茶会では浮いてしまうだけで」
挙句、『ドレスに着られているご令嬢』だなんてからかわれることもあったんだとか。
年頃の少女たちって容赦ない時があるからなあって内心げんなりしちゃいますよね、私そういうのとは無縁の生活を送っていたので、平和に生きてこれたことを感謝しなければ。
誰に感謝って、勿論プリメラさまですけどなにか。
「そんな中、両親が事故で亡くなり兄が跡目を継ぐこととなり、私たちはまた同じ屋根の下で暮らすようになりました。けれど、私たちの関係はぎすぎすしたままだったのです」
「……まあ」
社交的なキース・レッスさまも、ご家族にはそのような面があったのだと思うとびっくりです。人は見かけによらないものですね。
っていうか貴族家って何かしら闇を抱えていないといけないものなんですかね?
「お義姉さまが嫁いでこられても関係は変わらず、兄は外交官としても優秀で再び飛び回る生活になりました。武力も美貌もない私でしたが、勉強は嫌いではありませんでしたので兄と同じ外交官の道を歩もうと、その時思ったのです」
ああ、なるほど。
それで【ゲーム】のあの場面に繋がっているわけですね!
「けれど、兄はあの通り優秀で、学べば学ぶほど足元にも及ばない現実に打ちひしがれておりました」
しょんぼりとするオルタンス嬢に、私も気の毒になる。
だってあのチートな人が兄だものね、いくら頑張ったって追いつける気がしないのはわかります。
「私には結局、どこかに言われるまま嫁いで行くしか能がないのかもしれない、そう思ったのです」
「……オルタンスさま……」
「でも!」
そこで悲壮感たっぷりにしょげていた彼女が、ぱっと表情を明るくして顔を上げて、私をまっすぐに見ました。
「ユリアさまのことを知って、私は驚いたのです……!!」
「えっ?」
「子爵家の長女でありながら、侍女として働き成果を残しているのだと耳にした時は、他に道がないからそのようにしているのだと思いました。誰かに頭を下げて生きる道しかないのだと思った私を、浅はかと叱ってくださっても構いません」
「い、いえ……」
いやまあそんな風に世間では思われていたことを知っていますから、とりたてて不機嫌になるとかありませんけどね!
逆にそんな目をキラキラさせて見つめられるようなことはないっていうか……。
「そんな私の考えは、あの日すべて覆ったのですわ!」




