288
翌日、確認をした内容は当たり前ですが特に問題もなく。
せいぜいちょっとお客さまをお迎えするにあたってティーセットを新調したのと茶葉が、我が家としては……うん、ちょっとね? ちょーっとね?
奮発しすぎじゃないかしら……って程度でした。
まぁ格上の相手をお迎えしての顔合わせですし、ちょっとくらいは必要経費だろうなって思いますけれども。
思いますけれども、オルタンス嬢のためのリフォームと併せたら大変じゃないのかしらって心配にもなりますよね!!
(まあその点はメレクが大丈夫だって言ってくれたから大丈夫なんでしょうが)
当然すぐに結婚式をして彼女が我が家に来るわけじゃないですから、猶予はあります。
キース・レッスさまだって、嫁入り道具を大量に持たせたりなんてしないでしょう。
裕福とは言えない貧乏子爵家とはいえ、食うに困る生活をしているわけじゃありませんからね!
……とはいえ、セレッセ領といえば織物産業が盛んだから流行の最先端ドレスとかを持ち込む可能性はあるんだよなあ。
領主の妹として、最高級の布地で作られた花嫁衣装を身に纏ってくるだろうオルタンス嬢。うん、兄として親代わりにきっとキース・レッスさまが張り切るに違いない。
(だけどね!)
じゃあそれに並び立つだけの準備をメレクもしないといけないっていうオチじゃないですかね!
勿論結婚式は花嫁が一番輝くのかもしれませんが、それは一般的な結婚式において!
我々貴族の結婚式となれば家と家との結びつき、体面、見栄とか色々絡んでくるってもんですよ!!
……まあ結婚式未経験な私と、後妻ということでそういったことが控えめだったお義母さまという女性陣ではその辺り上手くやれる気がしないんですが……いえ、弱気でいてはいけません!!
弟の晴れ舞台! 家族一丸となって支えなければいけません。
お嫁に来てくれるオルタンス嬢にとっても、素敵な式だったといずれ振り返って思えるようにしなければ。
(……って気が早いですね、まだ顔合わせなんだからそこまで私が気負ってどうするって話です)
ついつい弟のことになるとこう、小さい頃の可愛いメレクを思い出してこう……熱くなってしまいます。
いけないいけない、気をつけなければ。
「姉上」
簡単な打ち合わせの後、私自身の目で家の中を見て回りつつ気になった部分があったら教えてほしいとお義母さまに言われましたので当てもなく歩いていると、後ろからメレクが声をかけてきました。
その表情はどこか強張っていて、まだ幼さを感じさせます。
でもそれが可愛いんだよなあ……!!
「姉上、今お時間よろしいですか」
「ええ、勿論。緊張して落ち着かない?」
「それは、……はい」
私の言葉に少しばつが悪そうな顔をしながら、メレクは素直に頷きました。
「セレッセ家のご兄妹とはそれぞれに何度も顔を合わせたり手紙のやり取りもしていますが、改めて結婚というものがはっきり見えてくると、……こう、どうしても緊張が」
ふんわりと微笑みつつ、メレクが視線を落とすのを私は何とも言えない気持ちになる。
いやあ、メレクったら立派になって……ってどこの親の目線だ私。
「母上が少し張り切りすぎな気もしますが、自分も緊張してあまり気が回っていないようで……どうしたら良いのか皆目見当が付きません」
「大丈夫ですよメレク」
「い、一応オルタンス嬢が気に入ってくれるかと思って父上に手伝っていただいて花壇に手を入れたりはしたんですが!」
「まあ」
「……姉上の、今は亡き母君が残した花壇だから、そのままでとも思ったんです」
メレクが目線を落とすのは、きっと私に対して申し訳ない気持ちが強いからだろうと思う。
でも、正直私は実の母親のことをそんなに覚えているわけではないし、それよりも母は喜ばない気がしました。
「ねえメレク、花壇をオルタンス嬢のために手を入れたいと言った時にお父さまは許してくださったんでしょう?」
「えっ? は、はい」
「なら、それが一番だわ。これからこの家で暮らしていく人たちが幸せになれる家でなくてはね」
思えばあの花壇を『母の花壇』と私は思っていたけれど、お父さまが大事にしていた思い出の物という印象だった。
いえ、勿論幼少の頃はお手伝いと称して、私も花に水やりをするくらいはやりました。
しかし行儀見習いに出てからは、ほとんど家に寄り付きもせず仕事・仕事・仕事……今となっては反省しかありませんが、そういう風でしたから。
(思い入れがないって言ったら冷たい娘だってお父さま思うかしら)
でもだからこそ、これからを大切にしてくれる人がいたら、きっと母も喜ぶと思いました。
その気持ちを込めてそう言えば、メレクは大げさなまでにほっとした様子を見せます。
(あ、これはあれか……思い付きで花壇を弄ったはいいけど、後で私に一言聞いておけばよかったって思ってたのかしら)
なるほど、人によってはそれは逆鱗に触れかねません!
もう、メレクったらそういうところはお父さまに似たのですね!!
「気にしていませんから、そんなに困った顔をしないで?」
「姉上……!!」
ぱっとメレクの表情が晴れやかになりました。くっ、可愛い。
だいぶ大人になってしっかりした男になったなあなんて思ったけどまだまだ可愛い弟でした!
そんな顔されたらもし本当に怒っていたとしてもあっさり許してしまいそうです。
……いえ、この悪戯が見つかってそわそわしてるビーグル犬みたいな雰囲気が可愛いから絆されたとかそんなことはありませんからね。
決して。ええ、決して。
本心からこれからファンディッド家で暮らす人たちにより良い生活を送ってもらいたいと思っているんです。
そこに私を含んでいないわけではありません。
家族も、多分ですがオルタンス嬢も、私がこの家に戻ってきたとしても歓迎してくれると思います。
だけど、私の居場所は王女宮にあると思っていますから。
(ってまあそれを口にしたら家族には悪いから言わないですけどね)
……それに、ほら、万が一?
アルダールとだってそういう話が出ないとも限りませんし!?
(だ、だってアルダールは結婚についてとかははぐらかしましたけど、未来のことはなんとなく示唆してるし、あああでも期待持たせるだけで特に何も考えていないとかあり得るな、いや待って私が早計なだけで勘違いして期待しちゃってるだけっていう可能性もなきにしもあらずっていうかむしろその可能性の方が強いとかいやいや待ってだから私は一人でそんなマイナスなことばっかり考えるから良くないのであって)
「姉上?」
「あ、いいえ。そういえばオルタンス嬢のお部屋をお義母さまが少しずつ整えていらしたけれど、家の中はそんなに変えていないのね?」
「はい。ああ、でも以前に比べれば邸内に花を飾ることが増えたような気がします」
そう言われれば邸内には花が多く、明るい雰囲気です。
邸内で働く使用人たちもきびきびと動き、良い空気だなあと思ったところでメレクが微笑みました。
「すべては姉上のおかげですね!」
「え?」
ちょっとそれよくわからない。
そう思った私の疑問に、メレクはちゃんと答えてくれました。
以前、パーバス一家が来た時に私が侍女教育を施したおかげで、使用人たちの仕草が洗練されていると近隣の貴族たちから評判なのだとか。
その上、邸内の侍女たちからすると直接『王女専属の侍女』から指導を受けたという優越感があってそれをある種のステータスにして励んでいるらしいです。
(いや、いいけど)
それでちゃんとお仕事してくれるなら、私としては全然構わないけれど。
知らないところで、おかしなことになっているものだなあと思わずにはいられません。
でもなんとなく装飾眼鏡の時のような、そんな知らないところで評価があがっていた……なんて空気を感じて私は少しだけ冷や汗を感じるのでした。




