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先日、リジル商会の会頭が超勘違いしている状態を正せないという現実に私は疲労困憊のままだった。
うん……いや、その内誤解はなくなるでしょう。だって私真面目に仕事しているだけですし。貴族のご令嬢として生活するのから逃げただけですし。一応人から嫌われないようにある程度の愛想で世間話とかするだけですし。
どこでどう、誤解しちゃったのかしらね……私の取り柄なんて真面目であることと、お菓子作りくらいなんだけど。いやまあもしパソコンあったら文章打ち込んだりするのは得意だったけどこの世界ではないしね。お菓子作りが得意っつったって、正直プロに劣るし。前世の記憶のおかげでちょっとこっちでは珍しいお菓子が作り出せるってだけの話だからね……焼き菓子があっても揚げ菓子がなかったとかそんなレベルだもん。そうだ、今日のおやつはドーナツにしよう。
そんなことを思いながら朝のプリメラさまへのご挨拶を済ませてから午前中お休みをいただいて、私はジェンダ商会に来ていた。リジル商会が今時のオシャレな建物なら、ジェンダ商会は昔からあるようなログハウスっぽい建物に、中で色々売っている感じだ。狭いとは思わないけれど、特別広いとも思わない。
中には掃除をしている売り子のメイドさんと、会頭のおじいさんとおばあさんが座っている。客はまばらだ。なにせ売っているのは生鮮食品とか、駄菓子とか、衣料品とか……いやあこれで金融業のスペシャリストとか言われてもわかんないって。知らないって。常連さんとかだと知ってたのか? いやもしかして私が世間知らずだったというオチも無きにしも非ず。否定はできない。なにせ幼いころに行儀見習いを始めてそのまま王城で暮らしていて城下に買い物は来るものの、殆どの生活は王城内部の生活区域でほぼ賄えているわけだし……流行は向こうから売り込んでくるし……あれ、やっぱり私世間知らずなのかしら。
「よう、嬢ちゃんじゃあないか。お久しぶりだねエ!」
「お久しゅうございます。お二方もお元気そうで何よりです」
「ああ、俺も妻も元気さ。おい、俺ぁ客人と中に入るから店を頼むよぉ」
「はいはい。ユリアさんもゆっくりしていってね。後で新作の飴でも見て行って欲しいわ」
「はい、そうさせていただきます」
おお、新作のお菓子! ここの飴は味も良くて形も綺麗だし、メイドの女の子たちのご褒美にあげるのに最適なのよね。勿論私も休憩の時とか、夜ちょっとだけお腹が空いちゃったときとかに食べるんだけど……きらきらしていていいのよねー。勿論夜中の間食は体重的には大ダメージになりかねませんからね! 時々ですよ! これでも一応体型キープで頑張ってるんだから。でも甘いものに頼りたい日もあるのよ……昨日の誤解とか、この間のデビューとか……日々ストレスと戦ってます。会社勤めならぬ王宮勤めでもその辺は変わらないのよね。働くって難儀。
そんなことをつらつら考えているのを他所に、迎えられた応接間で奥様が冷たいお茶と冷えた果物を出してくださいました。良く冷えた桃は美味しいですね!
「さてと、じゃあ本題からさっさと片すとしようか。タルボット商会の件だが、まあうまい事落ち着いたと思う」
「え」
「なんだい、俺がジジィだからもうちっくと時間がかかると思ったかい? 折角嬢ちゃんが頼ってくれたんだ、俺だって引退間近だがまだまだ若いモンに劣るとは思っちゃいないしタルボット商会はやりすぎだったからな、こりゃいい機会だったんだろう」
「い、いいえそのように思っていたわけではありません。ただ私としてはまさか事を収めていただくところまで手を貸していただけるとは思っておりませんでしたので……」
「言ったろう、嬢ちゃんに頼られて嬉しかったんだ」
クッと口元を歪めて笑うおじいさんは、老人ですがまさにカッコいいイケじじいです。どうしましょう、一瞬ときめきそうになりました。
っていやいやそうじゃないだろう。私はただタルボット商会の情報を聞きたかったんですが、なんでしょう。いや片付いたっていうなら一つ私の生活がまた平穏に近づいたということでありがたいことですが、なんでしょう……昨日のリジル商会の会頭のお話を耳にしてから聞くと“これがいい機会”とかが何か違う意味を含んでいるような気がして……いやいや違うでしょう、先達として後輩に色々諭したに違いありません。きっとそうです! 聞いたら負けです! 勝負しているわけじゃありませんけど。
「娘の話を聞かせてくれて、時折当たり障りのないレベルであの方のご様子を教えてくれる。それだけでうちがあんたに恩を感じるのは、人として当然のことなのさ。その上でタルボット商会は今後この国にとって憂いあるやり口だったからなあ、心配で俺を頼ってくれたんだろう?」
「え、いやあの……」
「皆まで言うな、水臭い! 昔取った杵柄で今もその事業は続いちゃいるが、俺もこの仕事で綺麗ごとばかりじゃないとは知っている。特に、政治が関係してくると莫大な金と人間が動くもんだ。勿論、あの方にもなにかが及ぶかもしれんと思えば俺が動くのは当然だ――それも見越してタルボット商会のことで相談がある、と報せてくれたんだろう?」
「ち、違います。私はそこまで望んでいたわけでは……」
「嬢ちゃんは謙虚だなあ」
いやいやだから違うって。そこまで望んでなかったんだって。
正直タルボット商会ってのがどんな商会か聞きたかっただけだったんだって!!
おかしいな、私の中でジェンダ商会の老夫婦は穏やかでちょっと口調が荒いだけのごく一般的な市民の方という認識だったんだけど……そしてリジル商会の会頭と同じく私に対して何かすごい誤解をしていらっしゃるような気がしてならない。
「違います、私はただタルボット商会のことを教えていただきたかっただけです」
「そうかい、それじゃあ俺はちょっと出すぎた真似をしたのかな」
「あっ、いいえ、私を気遣っていただけたということはわかっておりますし感謝もしております! ただお手を煩わせて申し訳ないというか、もっと自分で動かねばならない事柄だったと思っているのです。私の父が原因のことですので」
「……あんたは良い子だなあ」
ふっと目元を和らげて笑う姿は、きっと亡くなったご側室さまを思い出しておられるのでしょう。
そのような表情を見せられては、これ以上言い訳を連ねるには心苦しく私は次に何を言うか忘れてしまいました。
「父親のことを思って悪徳商会にも立ち向かうってのは、お勧めできないが美談には違いない。商人たちは踏み倒すでもなく払いつつも不正を見つけてみせようとするあんたの姿勢を高く評価しているよ。タルボット商会に泣かされたのは何も市民や貴族の旦那方だけじゃない、俺たち商人にまで及んだからな」
「えっ、別に不正を見つけようとしていたわけじゃ」
「まあ結果論だろうけどな。泣き寝入りのまま支払い続けようとせずに、リジル商会とうちとを巻き込む辺り強かだとお前さんの評価はうなぎのぼりだ。でも良かったのかい、ご正妃さまはうちを嫌っているからねエ」
「そのようなこと! 私はこのジェンダ商会が好きで来ているのです!」
そうです、飴玉美味しいですもの!
他の商会じゃあなかなか出会えないほど種類があるし、お手頃価格ですし、量もあるし!
本当に庶民の味方ですもの!
でも私のその理由はちょっと恥ずかしくて言えなかった。子供みたいでしょう?
「ふふ……さすが筆頭侍女さまは肝が据わってるねえ。あんたなら、本当にあの方のことをお願いできるよ。勿論ジェンダ商会はこれからもあんたが望む限りの支援はするつもりだ。いつでも頼って欲しい」
「そんな……何か誤解があるようですが、どうぞまずお体を大事にしてください。あの方もそれを望んでおいででしょうから」
「おお。おお……そうだなあ。まだまだ弱るわけにゃあいかんよなあ。蕾を食む虫っけらを何とかするにゃあ元気がいるもんな」
「え? 造園業も始められたのですか?」
「すっとぼけやがって。まあいいさ。表立って手を貸せなんて嬢ちゃんは言ってくれないからなあ。いつでも大丈夫なようにしておくから、またおいで」
「はあ……」
「綺麗なオレンジ色の薔薇もちゃぁんと手に入れてあるからよ、飴と一緒に持って帰っておくれ」
そう笑った老人は、先ほどまでの鋭さがなくなった優しい祖父の顔をしていた。
飴は勿論買うけれど、薔薇は――プリメラさまの、ご寝所に飾らせていただこう。勿論、執事長たちの検閲を経てだけど。
きっと、喜んでくれるだろう。
それにしてももしかしてさっきの蕾を食む虫っけらとかってその薔薇は会頭自ら育てているのかしら?
孫可愛さに頑張るおじいちゃんおばあちゃんってのはよく聞く話だし、もしかしたらそうなのかもしれないわね!
主人公は鈍いわけではなく、一般人です。
何か誤解されがちな、一般人です。