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とうとう来ました、顔合わせの日は明後日です!
……だというのに私、実家に戻るのにお相手方のキース・レッスさまと一緒の馬車で王城から実家に向かうとか。
おかしくない?
とまあツッコみたいところですが、ツッコんだら負けな気もします。
お仕事の都合で領地に帰ってから出直すよりも、王城から直接行った方が早いからって言われましたけどねえ。
良いんでしょうか、私、幾分か前に実家に着いてお手伝いする気だったんですが……先にお客さま来ちゃったらお父さまたち大丈夫かしら。
「なに安心したまえよ。私はユリア嬢をファンディッド家に送り届けたら、妻と妹と合流するために宿屋に行くからね」
「えっ、ご逗留なさらないのですか?」
「いやいや、先に子爵にご挨拶はさせていただくが、先に寛いでいたと知れては妻と妹に説教を食らってしまうからね」
快活に笑いながら私を飽きさせないように色々と話をしてくださるキース・レッスさまですが、勿論馬車内は私たち二人きりなんていうことはありません。
ちゃんとキース・レッスさまの秘書官さんと、今回も護衛にメッタボンがついて来てくれました。
……メッタボンって料理人なんですけどね。
どうして私の『護衛』なんですかね……?
(いえまあ、プリメラさまのご厚意で今回の『顔合わせ』にマシュマロ料理を作ってくれるからっていうのがメインなのですけど)
キース・レッスさまの所有する馬車に揺られながらなんとも言えない気分で、顔合わせ前からなんていうか……不安はないんですけれど。これでいいのか感が満載です。
いえ、主役はメレクとオルタンス嬢ですからね。
彼らが満足いく顔合わせ会になれば良いのですから結果が良ければ問題はありません。
「ああ、屋敷が見えてきた。……ファンディッド領はすっかり雪融けだねえ」
「はい」
「良い土地だね、オルタンスも気に入っていたよ」
「何もない田舎ではありますが、穏やかで良いところです」
「あの子も張り切っていたよ、領民に受け入れてもらえるよう努力すると言っていた」
「オルタンス嬢でしたらば、きっとすぐにでも打ち解けることかと思います」
「そう言ってくれると心強いね」
未来の義姉として歓迎している態度ははっきり出しておかないとね!
まあキース・レッスさまとの関係は友人として……というか親戚として良好だと思いますので、そんなアピールもそう必要ないのかもしれませんが。
こういうコツコツとした積み重ねは日々の暮らしでとても大事ですからね。
「おや、子爵がもう出迎えで待ってくれているよ」
「え?」
窓から屋敷の方を覗けば確かにお父さまの姿が。
馬車の到着でキース・レッスさまにエスコートされて下りた私に、お父さまが相変わらずなんという顔をして良いのかわからないみたいな表情で出迎えてくれました。
そこは見栄でいいからニコラスさん張りに笑顔を浮かべましょうよ! お父さまらしいけど!!
(いやお父さまがニコラスさんみたいな笑顔を浮かべてるとか嫌だな)
ちょっと想像してしまいましたが、……うん、お父さまごめんなさい。
私はキース・レッスさまから手を離してお父さまにお辞儀をしました。
「ファンディッド子爵、お久しゅう。ご家族の方々はみな息災かな?」
「は、はい。セレッセ伯爵さまもお元気そうで……どうぞ、道中お疲れでございましょうから中で茶の準備などいたしておりますれば」
「いや、折角だが今日の所は辞退させていただこう。先に宿屋で待っていないと万が一妻と妹の到着が早いとね……わかるだろう?」
「……ああ……」
ちょっと、なんで男二人で遠い目なんてしてるんですかね?
言いたいことは何となくわかりますが、普段の行いがモノを言うっていうんですよ。
まあ、ツッコみませんけれども。
「それではまた、顔合わせ当日にお会いしよう。宿屋は先に報せた通りだから何かあったら連絡をしてほしい」
「かしこまりました」
「それではユリア嬢も、到着したばかりなのだからゆっくりと過ごして当日また会えることを楽しみにしているよ」
「はい、キース・レッスさま」
本当に挨拶だけですぐさま馬車に乗り込み去って行ったキース・レッスさまに呆気にとられつつ、そのお姿が見えなくなってから私はお父さまに改めて挨拶をしました。
メッタボンは私の後ろに控えたまま、荷物を抱えてずっと立っていたわけですが……。
「お父さま、ただいま帰りました」
「ああ、お帰りユリア」
「今回もメッタボンが護衛を兼ねてついて来てくれましたので、逗留の許可を……」
「勿論だとも。料理番たちが喜ぶよ」
私が護衛を連れてくることは予想済みなのでしょう、部屋の準備がどうとかそんな言葉は出てきませんでした。
以前に帰って来た時にもっと親子関係を改善するために会話をしなくてはと意気込んでいた私ですが、こうして改めて帰ってきていざ何か言おうと思っても、上手いこと会話が見つかりません。
(どうしましょう)
父親との会話ってなにを話したら喜ばれる?
王城でどんなことがあったとかそんな話? いやいや守秘義務あるからね。他愛ない会話としては後輩侍女たちが成長して嬉しいとかそんな?
……いやいや聞きたくないでしょう。
「あ、あのお父さま」
「中に入ろうか、メレクたちは今出ているけれどすぐ戻ってくるから」
「えっ、あ、はい」
「……その、だね」
お父さまは視線をあちらこちらに彷徨わせてから、くるりと私に背を向けました。
えっ、なにか拒絶されている……!?
思わずショックを受ける私に気づかず、お父さまは細く小さな声で言葉を続けました。
「お、お茶の、準備はできて、いるから……先に、二人で、その。おしゃべりでもして、メレクたちを待とうじゃないか」
「えっ」
「い、いやならいいんだ。到着したばかりだしね、まあ玄関先で話すのもなんだから……!!」
「い、いえ! 荷物、あの、メッタボン荷物をお願いしても良いかしら!?」
「はいはい、勿論ですよユリアさま」
呆れた様子のメッタボンが私の荷物をひょいっと持って外套も寄越せとばかりに手を差し出してくるので、家の中に入って渡せば侍女に案内されるまま彼はさっさと行ってしまいました。
ひらりと振られた手が憎らしいほど様になっていますね、コワモテなのに……!!
お父さまと私はお茶の用意がしてあるというサロンの方に向かい、お互いに座って用意されていた紅茶を飲み始めたわけですが……。
(会話が、ない……!)
お父さまも誘ってくれたということは、前のことをきちんと覚えていてくれて対応してくれているのでしょうがいかんせん私もですがお父さまも緊張していらっしゃる。
なんと私たちはどこまで不器用な親子なのでしょう。
似なくていいところが思いっきり似たってことでしょうか、これ喜ぶべきなのどうなの?
「ユリア」
「は、はい!」
「その……最近はどうかな? 楽しくやっているかい?」
「……はい。色々慌ただしくはありますけれど、楽しく暮らしております」
「そうか、それは良かった。……仕事で辛いことはないかい?」
「いいえ、後輩たちもよく手伝ってくれて……」
近況報告から入った私たちの会話は途切れ途切れでたどたどしく、見ている人からしたらきっと微笑ましいかイライラするかのどちらかのような気がしました。
でも、なんでしょう。
(……こういうのも、良いなあ)
ちょっとだけ、照れくさいけれど嬉しいなって思うんですよ。
家族団欒ってこういうことをいうんだなって改めて思いました。
この後メレクとお義母さまがお帰りになって、私たちの茶会に参加して……まあたどたどしい会話になったものだから、思わずお父さまと私は顔を見合わせて笑ったのでした。




