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「ってことがあったんですよ、もうセバスチャンさんったらどこでどう情報を聞いているのかしら……」
「まあ、色んな人の話を総合して……後は、周囲を観察して、というところじゃないかな。私とユリアの時間が合えばこうして食事をしたり共に過ごすのがここ最近は当たり前になってきているから」
歩きながら、世間話として昼間のセバスチャンさんについてに話題になったんですが、あっさりとアルダールに返されてしまいました。……そうか、そんなに一緒にいるのか。
ごくごく自然とそうなっているということを改めて知りました……! 恋ってすごい。
「……ま、まあそれはそうなんですけど」
そう改めて言われるとその通りだなとは思いますが。
なんでしょう、アルダールは普通な顔して言ってますがそれってかなり恥ずかしい気がするんですが。
あいつらいつも一緒にいるなって思われてるってことでしょ!?
気恥ずかしさを覚えつつ執務室に着いた私はドアを開けて誰もいないことを確認しました。
こういう時は本来騎士の方に開けてもらうのが正しいのかもしれませんが、中に誰かの気配がするとかアルダールが言わなかったので警戒していなかったというか。
……だめだな、筆頭侍女としてどうだ私!
気をつけよう!!
「さ、どうぞ」
反省をしつつ促せば、アルダールがにっこりと笑いました。
「おじゃまします。……というのもなんだか変だけれどね。しょっちゅう来ている気がする」
「そう言われればそうですね」
そんな彼の言葉に思わず笑ってしまいましたが、確かに私の執務室によく顔を出しているなあと思います。
夜の城内食堂で食事をとった後、私の執務室に移動してきたわけですが、やはりゆっくりお茶をするには食堂は適していないもので……。
いつまでも陣取っていては食堂の人たちも困りますからね。
ちゃんと営業終了時刻よりも前に出てきましたよ!
「そうそう、見せたいものがあるんですよ!」
「へえ、なにかな?」
「素敵なものを頂いたのでアルダールにも見せたいと思って」
「……へえ?」
「ナシャンダ侯爵さまが誕生祝の品を贈ってくださったんです。ジェンダ商会の会頭からお聞きになったんだそうで」
流石に誰が聞いているかわからない食堂で、この話題はできませんでしたからね。
何せ筆頭侍女として一目置かれている立場とはいえ、立場ある方から贔屓にされていると言われると色々と支障が出るものなのです。
同性であるビアンカさまがお声をかけてくださるっていうだけでも公爵夫人が一介の侍女如きに……ってひそひそされちゃうんですからね!
まあ正直なところそこまで気にしているわけではありません。
私としては、ビアンカさまやナシャンダ侯爵さまにご迷惑がかからなければ。それで。
(でもナシャンダ侯爵さまは独身であられるから、今も女性たちからの売り込みが激しいって聞きますしね)
そこに同じく独身の私が贈り物をいただいたってなると下種なことを言ってくる人が必ず現れる不思議。
いやまあ私も貴族令嬢の端くれですからね、政略的にとかそういう風に言ってくる人がいても気にしすぎたら負けだってことはわかっております。
でもそういった人たちに付け入る隙を与えてはいけないっていうのも事実ですから!
(まあ、ファンディッド子爵家自体がそこまで重要視されてないから今までは日和見でも大丈夫だったんですが……)
私自身がプリメラさまのお気に入りということもあって、下手に私を攻撃するとプリメラさま経由で国王陛下のご不興を買いかねないということからあんまり面倒ごとには巻き込まれずに来ましたからね。
ファンディッド子爵家が大きな役割を持つ家柄でないことも大きかったと思います。
でも今は、オルタンス嬢が嫁いでくることになって社交界でも有名なキース・レッスさまと繋がりができるというのだから今までみたいにのんびり構えていてはいけないでしょう。
(いえ、今までも気を付けてましたけどね! これからはもっと気をつけようってだけで)
心の内で改めて気合を入れる私を、アルダールが少しだけ面白くなさそうに見ているのに気が付いて私は笑みを浮かべて見せました。
執務室のテーブルに飾られたバラに彼は気づいたでしょうか。
ちゃんと活けておいたから、今も生き生きとして綺麗に咲いていて良い香りがします。
「このバラかい?」
「ええ、そのほかにもいただいたのでお茶を淹れたら持ってきますね!」
「……うん」
ちょっぴりウキウキな私を落ち着けと嗜める人もいません。
いやあ、あの素敵なドレスを見てもらいたいなって思うこの女心ですよ!
あれ着てアルダールとお出かけしたいんですよ!!
といっても、ナシャンダ侯爵さまにいただいたのですから当然お招きいただいた時にはそれに袖を通しますけれども。
いつものようにお茶を淹れて。
自室からドレスを持ってきてアルダールに見せれば、彼も驚いたようでした。
その上で笑って「ユリアにきっと似合うと思うよ」って言ってくれました。
「娘がいたらと思いながら選んでくださったそうで……とても嬉しかったものだから、誰かに見せたくて」
嘘です、アルダールに見せたかったんです!
でもそれをストレートに言うには恥ずかしくない? 良いトシした女がドレスひとつにこう、ウッキウキとか。
アルダールからドレスを贈ってもらった時もウッキウキでしたけどね!!
あのドレスは宝物です。でも浮かれた気持ちよりも買ってもらった申し訳なさとか、その後のネックレスとかでこう……色々持ってかれた感がね……?
「今度プリメラさまと私に招待状をくださるそうです」
「そうなんだね。……楽しんでくるといいよ」
「はい。……で、でも、あの。い、いつかアルダールとも、行けたらいいなあって」
「え?」
「な、ナシャンダ侯爵領のバラは本当に見事でしたから! 一緒に見れたら楽しいだろうなって! 楽しいだろうなって!!」
何で二回言った私。
大事なことだからか。大事なことだからか!?
相変わらず誘うのが下手すぎる私は、自分にがっかりですよ。
一歩進んで二歩下がるを地で行ってどうする。
(成長していると思っていたのにコレか……!!)
次の課題としよう、そうしよう。
内心でギリギリと自分への戒めを強めつつアルダールを見れば、嬉しそうに笑ってくれる姿があってですね。ああ、良かった、変には思われなかったようです。
「そうだね、いつか一緒に行こう。……まあ、招待状が来るとしてもそれはユリアの弟さんの件が終わってからになるだろうしね」
「そうですね、早いものでもう半月後ですから」
まあナシャンダ侯爵さまのお立場がいくら外祖父だからって、公務もある王女殿下をほいほいお招きできるわけじゃないから半年後とかそんな感じじゃないのかなと思っております。
まあそこのところは、陛下の御心次第かな?
「まあ、そのうち私もナシャンダ侯爵さまにご挨拶することがあるかもしれないからその時には一緒に行こうか」
「え? そうなんですか?」
「詳しくはまだ言えないけれどね」
「……そう、なんですか」
まだ言えない。
それはそのうち教えてくれる、ということだから聞くのは当然マナー違反。
アルダールの仕事上のことなのか、それとも他の理由なのかはわかりませんが……でも何か起こっているんでしょうか。
私としては心配して良いのか、何も気づかないふりをすべきなのか判断に困っているとアルダールも困ったように笑いました。
「そんなに心配させるようなことはない……とだけ言っておくよ」
「……はい、わかりました」
そうだよね。
アルダールの言葉を、今は信じるのが一番です。
私はお茶のおかわりを淹れるべく、ドレスを戻しつつお湯を沸かすのでした。




