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そしてとうとうやってきた。やってきてしまいましたよ、お茶会当日です!
ええ、ええ、朝から目覚めもばっちり、緊張で体中ガッチガチ、下手したら社交界デビューしたあの日と同じくらい緊張している気がする!!
(おかしいな、緊張することはないって何度も何度も自分に言い聞かせて前日の夜は緊張せずに眠れたはずなんですけどね……?)
いやあ、数知れないほどに緊張してきた人生ですが、今回の緊張はまた新しい……なんて変な分析をしつつ、アルダールに手を引かれて馬車で公爵家所有の町屋敷に向かいましたとも。
私の緊張っぷりにアルダールが笑ったのもあえて何も言いません!
(ああ、そうか。社交界デビューとかはなんだかもう怒涛の展開過ぎて緊張のベクトルが違ったんでしょうねえ……あの時は侍女を首になるかもしれない上に実家の危機だったし)
しっかしながら出迎えていただきました公爵家の町屋敷ですが、なんでしょうね……クーラウム王国最大の公爵家ともなると本当にもう、一言では言い表せないこの豪奢な内装。
王城にも引けを取らないっていうか、端々では王城の物よりも最先端のものとか新進気鋭の芸術家作品ですとかそういったものが飾られていて、当然なんですがうちみたいな子爵家とはもう天と地ほどの差がね……。
いつかここまですごくなくてもいいですから、アパートレベルの町屋敷を借りるんじゃなくて大き目の本当、お屋敷レベルで持てるようになってくれたらいいなって思います!
勿論領民に負担をかける形ではなく、領民が豊かになってその余禄でそうできるのが理想です。
メレクとオルタンス嬢に是非頑張っていただきたい。
「ユリア! よく来てくれたわ。バウム卿もいらっしゃい」
「ビアンカさま、本日はお招き……」
「堅苦しい挨拶は不要よ、今日は身内で楽しくおしゃべりをするために招いたんだもの! さあ、いらっしゃい」
私が感謝の口上を述べきる前にビアンカさまに遮られ、手を取られて引っ張られて、思わず目を瞬かせてアルダールを振り返りましたが彼は笑っただけでした。
今日はなんだか楽し気なアルダールに、私としては疑問ばかりですが……まあ来る途中でも「大丈夫、悪いことはなにもないから」という彼の言葉を信じるだけです。
「さあみなさま! 今日の主賓がおいでになりましたわよ」
なんと本日のお茶会の会場は、公爵家所有の温室でした。
ガラス張りの、ナシャンダ侯爵家で見たものよりもはるかに大きい……!!
中にはこの国のものではない、南国の花が色とりどりに咲き乱れその巨大な樹には鳥かごがぶら下げられてこれまたそちらの国の鳥などが寛いでいるではありませんか。
……公爵家ってすごい……。
思わず呆気にとられた私ですが、それ以上に驚くことがありました。
なにせそこには美しい白い大理石のテーブルに所狭しと並べられた美しい菓子の類、それに合わせたお茶類があるのですが。
そのテーブルを囲む方々の顔ぶれです!
「メ、メレク?」
「姉上、お先に失礼しております」
メレクは何とも恥ずかしそうな表情をして畏まっています。
その隣ではにこやかに佇むオルタンス嬢の姿が。えっ、どういうこと?
「本日はビアンカさまのご提案で、ユリアお義姉さまの誕生日を祝うためにわたしたちも集まったんです」
穏やかに笑いながら教えてくださるオルタンス嬢が奥の方に目を向ければ、温室の中を歩いていたらしい一組の姿が見えて私はそちらにまた驚きました。
「プ、プリメラさま……?」
「あっ、ユリア! 来てたのね!!」
「ディーン・デインさまも……」
「祝いの席と聞いて、ぜひ参加したいと思って」
にこにこと駆け寄ってくるプリメラさまと、その後を追ってきたディーン・デインさま。
その他には侍女たちの姿しか見えませんが、なんということでしょうか。
ビアンカさま、内々に私の誕生日祝いを兼ねてとは言っておられましたが、まさか、本当に、こんな?
「本当は王太后さまもお招きする予定だったのだけれどねえ、ご都合がつかなくて。残念がっておられたわよ?」
ビアンカさまが色っぽくため息をつきながらも私をちらりと見て、にっこりと笑みを浮かべました。悪戯大成功、そんな顔です。
「びっくりした?」
「……ええ、とても」
「貴女のお祝いをしたかったんだもの。今や令嬢としてもデビューを済ませ、こうして堂々と招けるのだから嬉しいわ」
「ビアンカさま……ありがとうございます」
「うふふ、いいのよ。さあさ、座ってちょうだい。貴女のために大きなケーキも焼かせたのよ」
ビアンカさまが笑う。
それは淑女らしい綺麗なものなのに、楽し気で、朗らかで、どこも取り繕ったような形だけの物じゃないと私は知っている。
(私は、幸せ者だなあ)
あれこれあるし、前世の記憶とかもあるし、基本モブ顔でチートなんて何もないし。
前世知識だって何か大それたことを成すなんて出来ないし、周りに助けられてばかりで……誇れるのは、真面目に生きてきたこと。
人に、出来る限り誠実であろうとしたこと。
それが、こうやって人に祝してもらえるように繋がっていったこと。
「ユリア」
私の肩に、手が添えられる。
見上げれば、笑うアルダールがいた。
「知っていたの?」
「……まあね」
私の背を軽く押すようにして一緒に歩いてくれるアルダールと、目の前でお祝いに笑顔を見せる人たちに、つんと目の奥が痛くなる。
だけど、こればっかりは嬉しくてもなんでも我慢だ、我慢。
ここで泣いちゃったら、お礼の言葉がちゃんと言えない。
「ユリア、遅くなってしまったけれどお誕生日おめでとう。貴女はいつだって金品を贈られると困った顔で固辞するのだもの、わたくしいつも悩んでいたのよ?」
「そ、それは……でも大ぶりな宝石類ですとかドレスですとか身の丈に合わないものを頂いてもつけて行く機会がなくてですね……!?」
「あら、これからは社交界にも時々で良いから顔を出せば良いじゃない。バウム卿もいるのだから安心でしょう? ねえ、次期子爵としてはどうかしら?」
「……姉上がお望みであれば別に僕が意見を述べることは何一つありません」
「むしろお義姉さまがいらっしゃるのでしたら、わたしともお話ししていただけたらと思います。今はまだ、学生の身ですからさほど社交界には顔を出しておりませんけれど」
いやいや、今までビアンカさまからのプレゼントをお断りしていたのは確かに申し訳ないと思いますよ!?
そりゃまあ今までは『社交界デビューをしていなかった』ことを前面に出してドレスやアクセサリー類をお断りしておりましたけれど、その手が今回からは使えないということか……!
オルタンス嬢まで賛成するような意見を言われてもですね、ビアンカさまが今までプレゼントしようかと挙げてこられた品目一覧を見せたら二人はびっくりしますからね!?
子爵家レベルで手にするなんて一生ないんじゃないかっていうような品ばかりそこらの果物をとるかの如く「これどぉ?」って聞かれる身になりなさいよ……!!
「あっ、そ、そうです!」
「あら、なぁに?」
「あ、アクセサリーの類はあの、私、アルダールから贈られたものがありますので! それで充分です!!」
そうよ、これ良い断り文句じゃない!?
そう思って胸元のペンダントに指先を添えると、一斉にみんなが曖昧に笑いました。
いや、プリメラさまとオルタンス嬢は感心するかのように目をキラキラさせている?
なんで、と思ったところで、アルダールが居心地悪そうに咳払いをしたことで私は私自身で盛大に惚気を大きな声で言ってしまったのだと気が付くわけですが……。
「あら、そうなの。良かったわねえ。ええ、そのネックレス本当によく似合うわ」
にっこり笑ったビアンカさまの笑顔が、これ以上ないほど楽しそうで。
私は自分の迂闊さを呪いながら、恥ずかしい気持ちと闘いながら笑みを返すしかできなかったのでした……。
やっぱり、令嬢生活は私には大変難しいようです!!




