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話をしよう。
そう言われて私は返答に一瞬詰まりました。
本音を言えば却下としたい。
が、そうは問屋が卸さない。そういう人ですもんね。タイミングも今クリストファが去るのを待ってたかのような……いや待ってたな、絶対。
「……お話、ですか」
遅い時間とまでは言わないけれど、夜に? 二人で?
ないわー、それはないわー。
ぱっと脳裏に浮かんだのはアルダールの笑顔で説教な構図でしたしね。
いえ、それがなくてもニコラスさんっていう人物と二人で話とかろくでもないことをまた言われるんじゃないかと思ってしまうわけなので、できればやっぱりお断りしたい。
「このような時間帯に他宮の方と二人きりでお話となると、あらぬ誤解を受けてしまいそうですし執務室は避けましょうか。食堂でもよろしいかしら?」
やんわりとお断りをすると、わざとらしい仕草でニコラスさんが肩を竦めてみせました。
ちょっと芝居がかったそれがまたこう……そう言うだろうなって思ってましたよと言わんばかりなのがイラッとしますね。
「おやおや、これは信頼がまるでなくて悲しいお話ですね!」
「お互い痛くない腹を探られるのも面白くありませんでしょう?」
「……いやいや、ただの世間話ですからここで結構。ボクもそこまで暇なわけじゃありませんしね」
もう一度あんまりお話ししたくない旨をやんわりと伝えましたが、ニコラスさんはどこ吹く風。本当に面の皮が厚い男です。
いやまあそのくらいでないと王太子殿下の側で色んな貴族やらご令嬢たちやらの応対はできないんでしょう。
セバスチャンさんが無表情を貫くのと同じで、彼は笑顔を貫くってことなんだと勝手に解釈しております。
しかし、ニコラスさんの言い様にならなんで来たと言葉にしそうになるのを私はぐっと呑み込みました。
ありていに“世間話”と言いながらそうじゃないってこうもはっきり言われると身構えるなという方が無理だというもので……そんな私を見て楽しそうに笑うニコラスさんは、やっぱり性格がよろしくないなあと思うわけです。
にこにこ笑顔で不穏なセリフを言うのを止めていただきたい!
(それに私も暇じゃないんですけど!?)
いやまあ、確かにクリストファとここで立ち話をしていたのを目撃されていますので、とても忙しいです……という言い訳ができないのはあちらもしっかり理解してのセリフなのでしょう。
あんまり踏み込んだ会話にはならない様子ではありますが、警戒するに越したことはありませんよね!
「それで、どうかなさいましたか?」
「ああ! そうそう。ウィナー嬢のことお聞きになりましたか?」
ほら来たよ、やっぱりこの話題だった!!
まあ予想通りというか、先程聞いていたから驚くこともありません。
「……寮生活になられるのだそうですね」
「ええ、当初はご自宅からという話でしたが、どこからか推挙があったようで……まあそうでしょうね、学園始まって以来の天才かもと噂されるご令嬢ですので研究などに携わるかもしれないことを考えれば、その方が捗るやもしれませんし」
「そうですね……学園に通い始めてから、彼女がどのような道を選ぶのかにもよるかとは思いますが」
「ええ、本当に将来が楽しみですよね。ボクも先輩として鼻が高いですとも!」
さっきクリストファと会話してたこと知ってるくせに白々しいな!?
そう思いましたが、まあ彼は彼で王太子殿下の命の下ミュリエッタさん担当みたいな立ち位置でいたので私にも一応『お知らせ』をする義務があるのかもしれません。
「我が主としては能力の高さだけでなく、民衆の注目もあることを励みに是非とも今後この国を盛り立てる人間になってほしいと仰っていましたよ」
「……さようですか、王太子殿下がそのようにお言葉を述べておられたと知れば、きっと喜ぶことでしょう」
主にウィナー男爵が。
ミュリエッタさんはそんなに喜ばなそうだよなあ……むしろ『プレッシャーかけないで!』って思うかもしれない。
彼女のあの様子から考えるに、自分が思い描いたとおりにシナリオが進んでいないという焦りのようなものがあるんじゃないかなって思うんですよ。
まあ思い過ごしかなあとも思わなくもないですが、彼女の立場側で物を考えたら焦りがない方が逆に怖いよねって話で……。
焦りがあるから持っている切り札ともいえるゲーム知識をもって自分の地位を定めて、なんとかシナリオに戻そうとする……が、それを知らない側からしたら本来、冒険者をしていたとはいえ平民が知りえない情報を知っていたら?
偉い立場の方々からしたら、色々な意味で疑わしい……この国にとって危険な人物の可能性を視野に入れるのは当然のことじゃないだろうか?
(だからといって切って捨てるにはウィナー父娘は冒険者仲間からの人気も、英雄としていまや国民にも人気がある存在)
手元に置いて自分たちの役に立ってくれれば幸い、そうでなくても軽んじることはできず腫れ物になってしまうという状況が出来上がってしまっている。
もし彼女が本来のゲームヒロインそのものだったなら、こんなことにはならなかったんじゃないだろうか?
下手に知識があって、それを応用して自分が望む結末を、より良いようにしようと行動した結果が裏目に出ていたなら。
(……まああくまで推測に過ぎませんけどね)
何度か言葉を交わして、彼女自身が冒険者からの人気もあるということをこの目でも確認しています。
だからこそ、簡単に彼女を処罰したりどこかの貴族に嫁入りさせる……などというのが悪手であることは私にだってわかります。
国内からの反感を買うわけにはいきませんし、なにより国王陛下が英雄と定めたのですからね。
どこかの貴族にお嫁入り……若く才気溢れる相手だとしたら、それは彼女が信頼されて将来を約束されたといえる。ただ彼女が望んだ結末とは限らない。
同じくどこかの貴族に……それもうんと年上だとか、政略だとありありわかる場合は疎まれて体裁を整えられたと見るべき事態。でもこれは『英雄のお嬢さんが貴族たちに冷遇されているし、国王はそれを容認している』なんて噂が立ちかねない。
だとしたら、今回の寮暮らしというのは上手な手だと思います。
学園内ならきっと目が届くでしょうから。
誰のって? ……そこは言わぬが花ってもんです。
そんなことを考える私に、ニコラスさんが両手をぱっと左右に広げました。
芝居がかったそんな仕草でさえ様になるんだから、この人も大概です。
「まあボクが王子宮の人間であり、ユリアさまが王女宮の人間であるように……みんなが同じ立場じゃありませんからね」
「……ニコラス殿?」
笑顔のままに告げられたそれは、一体何を指しているのか。
ただ単に一人一人の立場の違いを示すのか、或いは国を思う人々が一枚岩でないことなのか、それとも国そのものを示すのか。
(いやいや、そんな壮大な話じゃないよね? 世間話っつったもんね?)
そうは思うものの、ニコラスさんの顔をいくら見つめようがいつも通りのニコニコ笑顔ですよ。もう少し表情の読みやすい顔になってくれたらいいのに!
私としてはそんなフラグを立てるようなセリフを言ってこないでほしいんですが。
「それでは冷えてまいりましたので、どうぞ風邪など召されぬよう暖かくしてお過ごしください」
「ええ。……ありがとう」
「本当にユリアさまが王女宮の筆頭侍女で良かったと思いますよ。まあ、できたら同輩であってほしかったですが」
「何を言っておられるかわかりませんね」
「ええ、ただの戯言ですよ。ユリアさまが王子宮の人間だったらもっと毎日が楽しかったろうなあというだけですとも」
それでは、と言いたいことだけ言って去っていくニコラスさん。
ああ、もう。
なんだかどっと疲れちゃいましたよ!!
久しぶりにニコラスさんが登場したら胡散臭さだけが爆発した(*'▽')




