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メイナに呼ばれて戻ったところで、プリメラさまがふくれっ面でした。
ふっくらほっぺをぷっくりさせて……どこのヒロインだ! うちの天使だ!!
いや可愛いけど私としてはびっくりですよね。
だって休憩に出る前はご機嫌だったんですよ?
メイナとかスカーレットになんとかしてくださいって顔されて私としてもびっくりですが、近づいて声をかけてみることにしました。
「プ、プリメラさま? いかがなさいましたか?」
「……ユリア以外みんなちょっと席を外して」
「え? は、はい」
そのお言葉に、みんながお辞儀をして部屋を出ていきます。
プリメラさまはまだちょっと不機嫌そうでした。
でもすぐにくるっと私の方を向いて、ちょっと不機嫌そうな顔のままぎゅっと抱き着いてきたのです。
「プリメラさま……?」
「……」
私のおなかに顔をうずめるようにしてぎゅっと抱き着いてくるプリメラさまに、思わず頭を撫でそうになりましたが……あれ? もしかしてこれなんか拗ねてますかね?
私の声に反応も返さずぎゅぅぎゅぅ抱き着いてくるその力は可愛らしい女の子とはいえ成長してそれなりの強さなのでちょっと苦しいですが、わぁなんかもう可愛くてですね!!
「どうかなさったのですか?」
「かあさまは」
「え?」
「かあさまは、プリメラのかあさまなんだから!」
「え、ええ、さようです。どうなさったのですか?」
唐突な宣言にきょとんとしてしまった私ですが、プリメラさまはご不満なご様子。
抱き着いたまま顔を上げたかと思うとぷくーっとほっぺを膨らませて、またおなかに顔をうずめました。
えっなにその可愛いの。
「……さっき、庭で」
「庭……でございますか?」
「ビアンカ先生のところの子と、お話、してた」
「……クリストファのことでしょうか?」
「名前は知らない」
拗ねた声でぼそぼそと言ってくるプリメラさまは、どうやら私が休憩時間に庭にいた姿を見たらしいのです。
確かにクリストファと話していましたし、でもまさかそれでやきもち……? と思ったらプリメラさまがまたぎゅっと強く抱き着いてきました。
「頭、撫でてた」
「え、ああ……はい、あの、彼も頑張っているので」
「プリメラも頑張ってるのに!」
「い、いえでもそれは……」
「わかってるもん、プリメラは王女だからでしょ?」
怒ったように言いながら、ちゃんと分別を理解してしょぼんとするプリメラさま……なんていうんでしょう、ええ、尊い。これですね。これに尽きますね!
思わず抱き着いたまま顔を上げないプリメラさまを抱きしめちゃいました。
本来ならば気をつけねばならない行為ではありますが、人払いも済んでますし……セバスチャンさんがよその人を通すとは思えませんので、ほんのちょっとだけね!
「プリメラさまのことが大好きです」
「……プリメラも、だいすき」
私の行動と言葉で安心したのか、ようやくプリメラさまが笑顔を見せてくださいました。
へにゃっとした笑顔は王女としてではなく年相応の女の子なのでもうその愛らしさって言ったらこう……心臓を撃ち抜かれるかと思うほどです。
思わず「んん゙っ」と変な声が出そうになりましたが、そこは呑み込みました。
「みんな、ユリアのために色々できるでしょ?」
ようやくご機嫌が直ったプリメラさまが改めて椅子に座り直して、私に向かってぽつぽつと話をし始めました。
「狐狩りの時とか、お茶会の時とか、本当はウィナー男爵令嬢とちょっとトラブルになっているって叔父さまから聞いていたの。でもディーン・デインさまのお兄さまとユリアはとても仲が良いって聞いてもいたから、きっとすぐに落ち着くのかなって思ってて」
「……まあ……それは、ご心配をおかけしました」
何を説明したんだ、あの王弟殿下。
苦情申し上げたいところですが、藪蛇になるといけないのでそちらはノータッチを決め込むとしてもプリメラさまにご心配をかけたということは私にとってはあってはならない事態です。
「スカーレットもメイナもセバスも、みんなユリアの応援で色々してるんでしょ?」
「あれは……応援と言いますか、いえ、まあ……そうですかね」
歯切れが悪くなるのはにやにやと楽しんでいる部分が彼らから見えるからとは言えない。
スカーレットに関しては悪意なくアルダールといる時に変な発言をしたりするから手に負えない部分もある。
素直に応援されてるって言っていいのかコレ……って思うと素直に認めるのもちょっとね?
とはいえ否定をプリメラさまにお聞かせするのもなんなので一応肯定すると、不思議そうに小首は傾げたものの何も突っ込んだりとかはしませんでした。優しい。
「わたしも、……わたしもかあさまのために何かしたい! できるもの!!」
「プリメラさま」
「必要なら、お父さまにお願いしてウィナー男爵令嬢を遠ざけたりどこかにお嫁に行かせたりさせられるのよ!」
「プリメラさま、それはなりません!!」
王女としての権力をフル活用してでも、そう言い募るプリメラさまに私は思わずぎょっとして大声を出してしまいました。
いえ、お気持ちはとても嬉しいです。
他のみんなが私のために何かをしているのに、自分は何もできていない……そんな無力感に苛まれているのかもしれませんが。
「プリメラさまは立派な王女になろうと努めておいでです。それを私のために反故になさるなんて……」
「でも、だって……」
「大丈夫です、そうやって私に味方をしてくれる人がいるのだと思えば心強いですし、なによりもトラブルというトラブルではございません」
「……でも」
段々とまた俯いてしまうプリメラさまの前に、私は膝をつきました。
そうして視線を合わせると、なんだか泣きそうなプリメラさまのお姿があって心がちくりと痛みます。
でも……理由がどうあれ、私のために私情で権力使うとかだめゼッタイ。
しかもそれ、恋愛がらみのトラブルとかあんまり見せたくないヤツぅ!
「確かにウィナー男爵令嬢の言動には驚かされることもございますが、彼女もまた陛下がお認めになった『英雄』である以上簡単にその言動の軽さから罰するなどできません。学びの機会を与えよと陛下が仰せである以上、彼女は多くの人から注意され学ぶものと思われます」
「……ユリアにひどいこと、言ったりしてない?」
「今の所そのような場面はございません」
名前をちゃんと覚えてくれてるのか怪しいけど。
とりあえず彼女から攻撃的に何かを言われたことはない。空気っぽい扱いはされたけど、その程度だったら今までの投書とかの方がねえ……。
「……なら、いいけど。でも、でもね! プリメラにできることがあったらちゃんと言ってね!!」
「はい、承知いたしました」
ああーもう私は本当に恵まれてるなあ。
とはいえ、あんまりプリメラさまにご心配をかけないように私も気を付けないと。
クリストファが言うようにミュリエッタさんが学園の寮に入るなら、もう会うこともないかもしれないけど……いやまだディーン・デインさま繋がりっていう可能性もあるのか?
でも寮に入れられるってことは、学園を通して監視して教育を施すよっていうことなんだろうなあ。そんな余裕はきっとないんじゃないかな。
(願わくば)
折角ヒロインっていうハイスペックを持っているのだから、それを有効活用して立派な淑女になってくれたらいいのにな、と思います。
これが私の妹とかだったなら、ひっぱたいてでも悪いことは悪いんだって教えるんですけどね!
それは父親であるウィナー男爵の役目、ということなんだと思うので。
私は精一杯、とりあえず自分のミスでプリメラさまが権力を振りかざすことがないように努力したいと思います!




