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それから数日経って、王弟殿下と顔を合わせる機会も途中あったのですが……あの茶会について結局その後どうすることになったのか、ミュリエッタさんやエーレンさんに対してどのように決定が下ったのかは何もわかりません。
何も言われない限り私は『他言無用』を守るべき立場ではあるので仕方がないことではありますが……とはいえ、ニコラスさんから聞いた話ではエーレンさんが中座したことは確認が取れたからお咎めはないとのことでした。
良かった! と思いましたが同時に私の発言の確認もとってたんですねって思うとやっぱりぞっとしましたね。
まあ嘘は言っておりませんし、後ろ暗いところはありませんから問題ないですが……やっぱり“あの”話題は醜聞中の醜聞ですからね……。
取り扱いを間違えたら私もきっと面倒に巻き込まれたに違いありません。
……すでに巻き込まれていますが、ええ、これ以上悪くなってたまるもんですか。
(こちとら一介の侍女なんですからねー……って言ったところでどうしようもないんですけどね!)
真面目だけが取り柄だってのに、こんな大貴族の醜聞とかそんなの聞かなかったことにしたい。
本人が知らないアルダールに関しての秘密っぽいものを耳にしたこの罪悪感!!
いやまあ、アルダール本人から家族に対しての感情を聞けているから私としては忘れるくらいの勢いでいいんだろうなって今は思っていますが。
「ユリアさま」
「あらクリストファ」
「お散歩?」
「お散歩……とは少し違うけれど、そうね。休憩中だから、庭の花を見ていたのよ」
「花……」
「ええ」
王城の庭園はそりゃもう庭師たちが丹精込めて世話をしているから、年がら年中何かの花が咲いているので休憩時間も眼福ですとも。
こうして手が空いた時に庭園を眺めて、明日プリメラさまのお部屋に飾る花はどれにしてもらおうかななんて考えたりもするんですよ!
そろそろ寒さも和らいできたからか、花も種類が増えてきて庭園もカラフルになってきましたからね。そんな風に世間話をしていると、クリストファが花をじっと見つめてから私を見上げました。
「どうしました?」
「ユリアさまも、花が、好き?」
「ええ、好きですよ」
「……ふぅん」
クリストファはいつものように表情が乏しい中で、何か色々考えているのか目を瞬かせながら私をじーっと見つめてきます。
いやうん、可愛いな。
プリメラさまとは違った可愛さがあるんだよな、クリストファ。
そんな内心は勿論表に出していませんが、クリストファが私を見上げたままなので私もどうして良いのかわからずなぜか二人して無言で見つめ合うことになっているわけですが……これ第三者から見てアウトじゃないよね? 大丈夫だよね?
「あとで、お部屋に花、持ってく」
「え?」
「ユリアさま、誕生日……だったんでしょ?」
「え、ええ。生誕祭の頃ですね」
「だから」
「えっ、気にしなくていいんですよクリストファ!」
「あげたい」
「で、でもですね」
「あげたい」
なんだか新年祭の贈り物をもらっただけでもありがたいのに、年下の子にこんなに贈り物をされる大人ってどうなんでしょう?
いえ、信頼とか敬愛の証と思えばいいんでしょうが……それでもクリストファは公爵家の使用人、そんなに安くはないでしょうが私たち侍女よりも身分はだいぶ低いのですから当然お給金の方だって……。
「気持ちだけで十分嬉しいですよ」
「誕生日って」
「え?」
「祝われると、嬉しいんだって聞いた」
クリストファの金色の目が、私を見上げていました。
その目は特に緊張しているとか、必死だとかそういうのではなくて……でもなんだかひどく可愛らしく見えて、私はそっとクリストファの頭を撫でました。
「ええ。嬉しいです」
「じゃあ」
「クリストファが、そういう風に私に喜んでもらおうとしてくれる、その気持ちがとっても嬉しいですよ」
クリストファは私の誕生日をだいぶ前から知っていたのでしょう。それはまあ、ビアンカさまがいつもお祝いしてくださるのですから知っていてもおかしくありません。秘密にしているわけでもありませんし。
ただ、クリストファは誕生日を祝われたことがなかったのでしょうか?
誕生日を知っていても、祝われると嬉しいとは知らなかった。そんな風に受け取れました。
「クリストファの誕生日はいつなんですか?」
「……知らない。今度、公爵さまに、聞いてみる」
「そうですか。わかったら教えてくださいね、私もクリストファの誕生日をお祝いしますから」
「うん」
相変わらず秘密の多い子……というかまあ、私は保護者じゃないですし勤め先(?)が違うのだから当然といえば当然なんですが……それにしても私に頭を撫でられて目を細めるところがまるで猫みたい!
可愛いなあ可愛いなあ。
(前は頭を撫でた時にびっくりされちゃったけど、今は大丈夫なのね)
やっぱり年の離れた可愛い弟みたいなものですからね!
もし誕生日がわかったら、どうしようかな。お祝いのケーキを焼いてこっそり私の部屋でお祝いパーティでもしちゃいましょうか!
プレゼントは普段使えるようなものを用意した方がいいかな。クリストファは文字の読み書きもできるって前に聞いたことがあるし、文具もいいかもしれない。
「ユリアさま」
「なんですか?」
「……困ったことがあったら、言ってね」
「まあ、ありがとうクリストファ」
「うん」
やっぱり男の子ですね、守ってあげるアピールでしょうか?
ああー可愛いなあ!
「……ユリアさまより、強い、からね?」
私が可愛いなって思っているのがわかったのでしょう、クリストファがちょっとだけ不満そうな視線を私に向けて……いやほんと視線だけって子供らしくなくてそれがまた可愛いんですけどね。
メレクも小さいころよく言ってくれたなあ、『あねうえは、ぼくがまもります!』って。
あれは可愛かった。今も可愛いけど。
「そういえば、英雄の娘は、学園の寮に入るって」
「え?」
話題を変えようと思ったのかふと思い出したようにクリストファの発言に、私はそれを理解して息を呑んでしまいました。
不審がられなかっただろうかと思いましたが、クリストファは何も言いませんでした。
(……ミュリエッタさんが、寮に入る?)
確かにゲームでは学園に入学する、けどそれは自宅から通う……それを前提に、城下に家を与えられたんだし。
それが急に寮住まいに。
どう考えたってそれってこの間のアレがアレして影響したとしか。
でも処断されたんじゃなくて良かった、と思う私は甘いんでしょうね。
それでも、自分に少しでもかかわった人が断罪されるのはやはり良い気分ではありませんから……。
「そうなんですね、期待されているようですからきっと良い結果を残してこられるのでしょう」
「……どうでもいい」
「まあ」
じゃあなんでその話題を選んだの?
そう笑いそうになったけれど、ちょっとだけクリストファの視線にぎくりとしました。
本当に、その話題がどうでも良いんだとわかるくらい冷めた感じでしたもの。
それって、もしかして宰相閣下の指示、とかじゃないですよね……?
私に教えてその反応を見て来いとか、いやいや気のせいでしょう。宰相閣下と王弟殿下はお友達ですものね……!?
変な思惑とか交じってませんよね!?
「それじゃ、あとで部屋に行くね」
「えっ、あの、クリストファ?」
「また、あとで」
ぺこりと頭を下げていく辺りがお行儀良くて花丸ですけど、えええ!?
ちょ、ちょっと色々不安になってきた、だなんて。
私は茫然とクリストファが去った方角を見ていて、最終的にメイナが呼びに来るまでそこで立ち尽くすのでした……。




