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エーレンさんとのお茶会は、少しだけ気まずいものがありましたが穏やかに終えることができました。
ミュリエッタさんとの別れについては、後で手紙を書くから大丈夫だ……とエーレンさんが仰ってくれましたのでそれに甘えて、私はお別れを済ませたのです。
そして帰りの馬車の中、私は考えをまとめている最中なわけで……。
いやあ、もうなんだかなあ、まとまらないわ!!
(……ミュリエッタさんの『予言』については上層部は知っているとはいえ)
なんでそこに急にアルダールが出てきたんだって話になってしまうじゃありませんか。そしてなぜそれを私に話して聞かせたのか? 色恋沙汰の末だって?
いやあ、うん……なんだそれってなるな。
とはいえ、何もなく楽しいお茶会でしたっていうのには無理があるっていうか絶対どこかで監視がついていて、なにかあっただろうってニコラスさんがあの笑顔で聞いてくる未来が目に見えている……なにそれこわい。
(憂鬱だわあ)
はぁ、と思わずため息を洩らせばレジーナさんが心配そうにこちらを見ていたことに気が付いて、私はなんとか笑顔を浮かべてみせました。
「すみません、レジーナさん。今日は護衛で来ていただいたのに最後はお茶にまで付き合っていただいて」
「いえ……馬車で待機していたところ、家主の女性が出られたので何かあったのだとは思っていたのですが」
「……ご心配をおかけしました。でもこの通り、私は無事ですよ」
私がそう言ってもレジーナさんは心配そうでした。
そりゃそうでしょうよ、待機している間にエーレンさんが出ていくのを見たってことは最後のミュリエッタさんが爆走していったのも見たってことですもの。
何があったのかって私を詰問しないのはレジーナさんが護衛に徹していて、そして私を信頼してくれているから……と思いたい。
そうしている間にも馬車は王城に着いたわけですが、馬車から降りた私に一人文官がやってきて王弟殿下が呼んでいると言ってきたのです。
顔には勿論出しませんでしたが、げっと思ったことを許してほしい。淑女らしくないとしても表に出さなかったんだから許してほしい……!
「……何事でしょうか、本日は非番のためこの格好では王弟殿下に拝謁するには無礼かと思いますので一旦着替えて出直したいのですが」
「そのままで良いのですぐにとのことでございます」
(拒否権なしですか!)
いやまあ言ってみただけなんで、そうだろうなあってちょっと思ってましたよ。ええ、そこのところは諦めも肝心だって侍女生活で学んでますから。
それに、ミュリエッタさん関連には王弟殿下も色々噛んでいることは昨年の生誕祭、先日の狐狩りでわかっているつもりです。
「……かしこまりました」
「それではご案内いたします」
レジーナさんを見れば騎士としての顔をして私と一緒に来るようです。
もしかして、ですがこれは……レジーナさんが護衛なのは王弟殿下が絡んでると思ってよさそうですね。あの人どこまでどう知ってるんだろう、全部か、全部なのか!!
「王弟殿下、王女宮筆頭さまをお連れいたしました」
「おう、はいれ」
二度目ましてな王弟殿下の執務室、開いた扉の先にいる人間を見て私は嫌な予感がしてしょうがありませんでした。
いやあ、だって、ね?
「久しぶりだねえ、ユリア殿!」
「キース・レッスさま……」
王弟殿下とキース・レッスさま。
どう考えたって腹黒いお二方に出迎えられるとか、私の胃が荒れる……!!
「お前はもう下がって良いぞ」
「それでは失礼いたします」
王弟殿下の声に、文官さんが一礼して去っていく。
室内に残されたのは王弟殿下、キース・レッスさま、レジーナさん、私……というどう考えても今日のことですよねわかってますよ、ええ。
「さて、報告を聞くか」
「はい」
王弟殿下の言葉にすっと前に出たのはレジーナさんでした。
えっと思いましたが、軍関係のトップでもあり王族である王弟殿下が護衛騎士に指示を出せるのは当然と言えば当然。
今回のことでわざわざ護衛騎士がついたのは、ただ筆頭侍女としての私を案じてというだけではなかったってことですね。
「筆頭侍女さまが元侍女の家に入られたのち、対象が近衛騎士隊所属ハンス・エドワルド・フォン・レムレッドの馬車にて到着いたしました。そののち一時元侍女が買い出しのため外出、その後対象が家から飛び出しそのまま走り去りました」
「……走り去った? いやまあわかった。良いぞ、退席しろ」
「……はい」
レジーナさんの報告に、王弟殿下が首を傾げましたがうんまあそのままだからね……えっこれ私が詳しく説明するの?
そりゃそうでしょうね、聞きたいのはその“詳細”なんだってことくらいわかってますとも。
レジーナさんは私の方を心配そうに見ましたが、すぐに騎士らしい顔に戻って一礼して出ていきました。護衛騎士の鑑ですね……!
大丈夫ですよ、この人たちは腹黒いけど決して私の敵ではないのですから。胃が痛いけど。
「さてと、まずどこから、誰から話す?」
「うーん、まずは我々がなぜここで彼女を待っていたかからではどうですか、王弟殿下」
「そうか、じゃあそうするか」
王弟殿下はキース・レッスさまの提案にうなずいて、私を見てにっかりといつものように笑顔を見せました。
「まず、オレとこいつは別口だ。アラルバートも多忙だからな、オレも手伝ってるから今回の話も当然知っている。レジーナに護衛につくように手配したのはオレだが、あのお嬢ちゃんを近衛騎士に送らせたのはセレッセ伯爵だ」
「なぜそのようにしたのか、は……まあ色々あるのでそこは聞きたければ教えるけれど、貴女の暮らしには必要ないかなと思うよ」
「では結構です」
にっこりと笑うキース・レッスさまに、私は即答しました。
ええ、変なことにこれ以上巻き込まれてたまるかってんですよ!?
「それじゃあお前の話を聞こうか。ああ、ニコラスのやつにはこっちから上手いこと言っておいてやる。お前、アイツ苦手だろう?」
「……顔に出ていますか」
「いや、そんなには」
「おやおや、ユリア殿にそんな表情をさせる者がこの城内にいるとは面白いですなあ」
「知ってるくせによく言うぜ……」
タヌキとキツネの化かし合い。
なんでかその言葉が思い浮かびましたけれども私は何も申し上げずにっこりと笑うだけにとどめました。
できる女は無駄口を叩かない。というかこの人たち相手に立ち向かおうとか無理無理。
「それじゃ、話してもらおうか」
「……その前に、お二方でしたら貴族の醜聞についてもご存知のことは多いかとこちらも承知の上で重ねて確認してもよろしいでしょうか?」
「なんだ」
「私が今から語ることによって、その家にご迷惑がかかる可能性について、です」
「それについては安心しろ。オレが保証する」
王弟殿下がきっぱりと言えばキース・レッスさまも無言でしたが、笑顔で頷いてくださいました。このお二方を信頼していないわけではありませんが、私としては確認しておきたかったのです。
まあ改めて言葉にしてもらえたということで一安心……なわけないわ! 内容的に。
「……では、改めて。今回、ミュリエッタさんは私に『予言』を聞かせてくださいました」
「それはどのような?」
「アルダール・サウル・フォン・バウムさまが実母についてどなたかに教わり、絶望する。その際には自分が助けになれるはずだ……というものでした」
私の言葉に、お二方が何とも言えない表情を浮かべました。
いやうん、まあそうなるよね?
「そしてその実母はライラ・クレドリタスであるということでした」
それは本当のことなのか。
私は、二人ならば知っているだろうと思いましたが改めてそれを聞いてしまっていいのか、アルダールのことが気になって言葉を呑み込むのでした。




