263 いつかを描く少女
あの【ゲーム】はシナリオの重厚さが売りだったから、エンディングがいくつもあったけど隠しルートはそれとは異なっていて、あたしはそっちの方が大好きだった。
勿論、推し声優さんがやっているキャラがいて、それがまた好みだったから……ってのもあるんだけど、ストーリーが好きだった。
隠しルートはいずれもテーマ性を持っていて、王弟殿下だったら“未来”だったし、ニコラスだったら“普通”。
そしてアルダールさまのストーリーは、そのものずばり“家族”がテーマだった。
腹違いで正統性から大事にされる弟、懐いてくれて可愛いけれどどこか羨ましくてたまらない存在。
父親は自分のことを疎んじているし、義母はきっと貴族の正妻として義務を果たしたに過ぎない……そう思い悩む彼の前に現れるゲームヒロイン・ミュリエッタ。
(今ならわかる。貴族社会って、きゅうくつだ)
そりゃもう母親の出自が低くて誰かも秘密にされているにしたって、長男としては認められているんだからそこを強く出ればいいのにって思ってた。
剣聖って呼ばれるほど実力者なんだから、父親を打ち負かして当主の座を奪っちゃえばいいのにって。
その上で弟には要職を与えて仲良く生きていけばいいじゃない?
あたしはゲームをプレイした時、そう思ってた。
でも、こうやって現実としてこの世界を生きて、ようやくわかった。そうじゃない。
ゲーム上でのセリフ、『全部捨てて自由になりたい』……ってアルダールさまの気持ちが、今のあたしには痛いほどわかる。
ストーリーが進むと、アルダールさまの幼少期に教育係としてついていたライラ・クレドリタスっていう人物が実の母親だと知って、彼はショックを受けるのよね。
伯爵家にとって汚点、剣聖という優れた能力だって本来は弟のディーン・デインに与えられるべきだったのにお前が生まれたせいだ……なんていちゃもんもいいところ。
好感度が上がったイベントで遠乗りに出た先でクレドリタス夫人にそう詰られていやそうな顔をしたアルダールさまにそっと昔バウム家に仕えていたという人が現れてそれを告げてしまうのよね。
『彼女は可哀そうな人なのだ、実の子である貴方を愛せない、それほどに心に傷を負い……そして、バウム伯爵さまを狂おしいほどにお慕いしている』
『では、愛されなかった私は、どうでも良いのか』
『そうではありません! そうでは、ないのです……!!』
『もういい!』
ああ、可哀想なアルダールさま!
一緒にいたあたしが思いつめた彼の側にいて、そっとその背をさすって、……そしてどこか遠くに逃げたいという彼に賛同して、次のイベントに行くのよね。
あんまりクレドリタス夫人については【ゲーム】では触れられなかったけど、それはシナリオとしては多くなりすぎて削除されたんだってファンブックのインタビューに書いてあった。
ファンブックではもうちょっと詳しく書いてあったけど、あたしはあんまり好きじゃなかったなあ。
クレドリタス夫人はパーバス伯爵家の遠縁の娘が伯爵家の部下に嫁がされて生まれた女性。
男尊女卑で育てられ虐げられていたところを現バウム伯爵に救われて淡い恋心を抱いていたが、身分違いを理解していたので忠義を尽くすと決めた人。
バウム伯爵家の信頼あるクレドリタス家の若旦那に嫁いでそれなりに幸せに過ごして子を産んですぐ流行病が蔓延して、夫と子を亡くしてしまって……失望の渦にある彼女を案じてくれたバウム伯爵への想いが爆発しちゃうっていう背景があってのアルダールさまが生まれるのよね。
(そこで情に訴えればいいのに。ロマンス小説とかだとそういうのアリじゃない?)
あたしが彼女の立場なら、子供ができた段階で責任取ってもらうけどなあって思うけど彼女は忠義の人だからそれを良しとしなかったとかなんとか。
もうその辺でおなかいっぱいだったから残りの設定は見なかった。
だってあたしがいれば最終的にアルダールさまは幸せになれるし、今のあたしも幸せになれる。
お互いにとってハッピーだと思わない?
でも【ゲーム】と同じようで違う展開を続けている今現在、学園に通い始めたら、アルダールさまとの接点がまるでなくなりそうで怖い。
だってなんだか知らないけれど、お父さんは王太子殿下にやけに心酔しちゃってあたしを男爵令嬢として立派に社交界デビューさせてやるからな! とか日々息巻いてるし、教育係さんはそれならばもっとマナーを身につけないといけませんねとか言って厳しさが増しててもうほんとやんなっちゃう!!
(……焦るなって方が無理)
貴族って華やかで、良いと思ってた。
でもあたしには合わないってわかったから、早く冒険者に戻りたい。
冒険者として自由気ままにふるまって、大きく笑ってご飯を食べて、マナーだなんだって口うるさく言われずに大股で歩いて、跳ねまわりたい。
アルダールさまは、貴族社会っていう煌びやかだけどきゅうくつで、意地悪な世界で『家族がいる』っていうことを支えに頑張ってきたんだから、もう、いいじゃない。
(そうよ、もういいでしょ?)
あたしの前に座るユリアさま。この地味で、優しい人ならばきっと誰かいい人に出会えるよ。
アルダールさまじゃなくてもいいじゃない。
きっと誰か素敵な人が現れて、彼女に似合った幸せを与えてくれるよ。
自由を知りたいアルダールさまと、自由を知っているあたしは貴族社会っていう鳥かごから飛び出したい。
だから、わかるでしょう?
貴女は頭が良いから、筆頭侍女なんてやってるんだろうから。だからあたしが情報を出していけば、エーレンを救ったようにアルダールさまを守ろうとするんでしょう?
ちょっとだけこの人も転生者かなにかかなって思ったけど、そうじゃなさそうだし。チョコレートって転生者が開発の定番だと思ったけど買ったやつなんだ……って拍子抜けしたよね。
まああの【ゲーム】と同じ世界なんだから、同じお菓子があったっておかしくないのよね。それをいちいち疑ってたら疲れちゃうもの。
(あの肉まんじゅうがすっごい王女さまになってたのはびっくりだけど)
みんなを幸せにしなきゃって思ってたけど、拍子抜けしちゃった。
でもこうも思ったの。
あたしが動かなくても幸せなら、その分あたしが本来幸せにしてあげたいと思った人に、その分の力を注げばいいんだって。
今はちょっと焦りすぎて、色々失敗しちゃったし……思った以上に貴族社会って複雑で、意地悪だってわかったから急がなくっちゃ。
ちょっと強引だって自分だってわかってる。
だけど、エーレンが辺境に行ってしまったらもうこうやってお茶会だなんて時間を侍女さんがとってくれると思えない。
仲良しってわけでもないし、この人だって『貴族』だから信用ならないよね。
(領地持ちの、子爵家のご令嬢なんでしょ?)
家族とも問題なくって幸せなんだってエーレン情報で知っているのよ。
アルダールさまみたいに腹違いの弟の存在を疎ましく思うこともないものね。異性ってだけで随分得をしたっていう風に思うあたしは、ちょっと捻くれてるかな?
まあそれを差し置いてもこの人だって優しいし、意地悪じゃないと思う。
ただ口うるさいなーとは思うけどね!
エーレンも遠慮してなのか、迷惑をかけるなとか言ってたけど……ほんと、このチャンスを逃せないのよ!
それなのに、ばからしいとか吐き捨てるように言われたのよ? ほんとあれはびっくりよね。
(やっぱり、貴族って人種とあたしは合わないんだ)
ああ、早くアルダールさまと遠くに行きたい。
もう少しだけ待っててね、きっと貴方を幸せにしてみせるから。




