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ミュリエッタさんの言葉に、私は瞬きをした。
いやうん、なんだって?
「チョコレートケーキ作ったの、ユリアさまかなって……あの、ハンスさまが王女さまのお茶菓子を手作りしてることもあるって言ってたから!」
「……そうですか」
彼女の言葉に即答しなかったのには意味がある。
貴族位にある私が料理をすることに対して嘲るパターン。
これは他の貴族令嬢でも見られたのでごく一般的な嫌がらせと言っていいと思う。でも彼女は庶民の出身だし、貴族令嬢が料理をしないかどうかなんてのは知らなかったはずだ。
……いや普通に考えたら貴族が手ずから料理するってイメージはないだろうしそれであってるんだけど。
ただ普通に称賛するパターン。
お世辞とか本音とかも含めてすごいですねと私に寄って来る人がいないわけでもないしね……おやつ目的の宰相閣下とか。
(さて、どっちかな)
後者はない気がするなあ、私をおだててもアルダールの情報をそこから得るっていうのはちょっとね。
諦めてないんだったら……いや多分彼女はアルダールの恋人の座を諦めてないけど、それを現在の恋人に聞くって悔しくなるんじゃないのかな。悔しいよりも隙を狙う方なのか……その辺の機微はちょっとわからない。
「確かに私が提案して王女殿下にお茶菓子をお出しすることもありますが、こちらのケーキは城下で人気のミッチェラン製菓店で作られているものですよ」
「そうなんですか」
「そうよ、まあミッチェラン製菓店って言ったら高級店で、しょっちゅう食べられるようなものじゃないけれど……」
「チョコレートの専門店ですからね、それも仕方ありません」
「えっ、専門店?」
「ご存知なかったですか? 城下でも老舗ですしお客さまへの贈答品などで喜ばれますから、覚えておくと便利ですよ」
これから男爵家のご令嬢としてお茶会に呼ばれた際などにね、持っていけたら相手先もそれ相応の対応をしてくれると思うんですが。
まあ値段との相談もあるのでなかなか難しいかな、やっぱりお値段で考えると私だって普段は我慢ですよ、我慢!
カロリー的な問題もありますしね。
私が親切心で教えたことに、ミュリエッタさんはどこか納得できないといった顔をしていました。え、変なことを言ったかなあ。
ミッチェランのチョコレートって言ったらそりゃもう有名なんですけどね。
まあ貴族間ではある一種のステータス的な部分もあるくらい高級店なので、地方に行くにつれ庶民からは知られていなかったりするのでそのせいかもしれません。
「……チョコレートって、そこでしか作れないんですか?」
「そうですね、私はそのように記憶しておりますが……」
そう、カカオパウダーそのものは手に入れられなくもない。
ただ輸入品だからどうしても高くつくし、ミッチェランはそこから菓子職人が丹精込めて作ったチョコレートを売っているのだから自作するより買った方が絶対に早いっていうか……。
あれですよ、私だって前世お菓子作りをちょいちょいしてたからってチョコレートを自作するほどこだわっていたわけじゃないんで。
「いくつかの商店でも研究はしているようですけれど。興味がおありですか?」
「いえ! 高級店っていうから、うちじゃ買えないかなって思って」
「まあそうですね、しょっちゅう買うようなお値段でないことは確かですが……一度覗かれてみてはいかがです?」
私の提案に、ミュリエッタさんは笑って頷いていたがなんだか落胆しているようだった。
そんなにチョコレート食べたかったのかなあ。
(……もしかしてチョコレートで前世と結びつく何かがあったのかな)
隠しキャラが開発したとか?
いやいやそれで行くとミッチェラン製菓店にチョコレート広めたのって誰だかまでは知らないけど、相当昔になるから違うか。
攻略対象のキャラが好きだとかそういうのはなかったと思うんだけど。
多分【ゲーム】でミッチェラン製菓店なんて名前なかった気がするし。うろ覚えだから正確とはいえないけど……重要なことじゃないはずだ。
「そうだ、あたしユリアさまにお会いできたら相談したいことがあったんです!」
「まあ。ですが今日はエーレンさんのお祝いを兼ねたお茶会です。あまり個人的なことは」
「そうよミュリエッタ。……今日を逃したら、もうしばらく私も貴女とは連絡も取れないし、なによりただの騎士の妻が男爵令嬢と親しくするなんてできないんだから」
エーレンさんがケーキを前に笑顔だったというのに、どことなくしょんぼりしてしまいました。そうよねえ、友人よりも自分の相談事を優先されたらちょっと悲しくなりますよね。
流石に自分でもちょっと間違えたなと思ったんでしょう、ミュリエッタさんは慌てて手を顔の前で振ってエーレンさんに向かって言い訳を始めました。
「ち、違うのよエーレン。それに身分差なんて気にせずあちらについたら手紙が欲しいわ! 無事に着いたって絶対報せてね、待ってるから!!」
「……ありがとうミュリエッタ」
「ユリアさまはお忙しい方でしょ、だからつい気が急っちゃったの……ごめんね、エーレンとの時間もすっごく楽しみにしていたのよ。ほんとよ?」
可愛らしい顔を悲し気にして、縋るようにエーレンさんを見る姿はまるで捨てられた子犬のようです。あれは許しちゃうなあと思いつつ、エーレンさんを見ると彼女は慣れているのでしょうか? 小さく苦笑を浮かべただけでした。
いやもしかしたらエーレンさんは美女だから美少女の可憐アタックなんてものともしないだけ……!?
「あんまりユリアさまに迷惑をかけてはいけないわ。ミュリエッタはこれから学園に通って、そこから親しい友人を見つけるべきなのだし」
「それはわかってるの! だからちゃんと頑張るつもりよ。そうじゃなくて……ええと……ちゃんとこういうことは伝えておくべきだって思っただけなのよ」
「……伝えておくべきこと、ですか?」
「はい!」
何かまたとんでもないことを言い出すんじゃなかろうか。
そんな予感を受けて私とエーレンさんはそっと顔を見合わせる。
微妙な空気の中、エーレンさんが淹れてくれたお茶が美味しそうな湯気を立てていて私たちは冷めないうちにお茶を飲み、ケーキを食べ始めたのでした。
このままなかったことに……しちゃだめだよなあ、そうだよなあ。
ミュリエッタさん、こっちをちらちら見てるしなあ!
「ユリアさま、ケーキとても美味しいです。ありがとうございます」
エーレンさんが気を使ってか私に向かってお礼を口にする。
本当に美味しいからきっと本心からのお礼だと思うけど……ニコラスさん様様ですね!
……ニコラスさん?
「ああそういえば、このケーキは知人の執事が教えてくれたのです」
「まあ、そうなのですか?」
「ええ、友人へのお土産にと悩んでいた私に教えてくれたんですよ。私も知ってはいましたが、彼が背を押してくれたも同然です」
実際は違うけどね!
でも私が“知人の執事”と口にしたことでミュリエッタさんの眉間に皺が寄りました。
ええ、あの胡散臭い顔がきっと彼女の脳裏にも浮かんだことでしょう。
……ニコラスさんには申し訳ないですが、王太子殿下が彼女担当みたいに扱っているんですから押し付けさせていただきましょう。
これって名案ですよね、私だってやるときゃやるんです!
年下の女の子に大人げないって?
いえいえ、こういう部分を見聞きして彼女も立派な淑女へと成長するんですよ。……多分。
「相談事でしたら彼に頼ってみるのも良いかもしれません。貴女も顔見知りの方ですよ、ミュリエッタさん」
「……ちなみに、どなたですか……」
「ニコラスさんです。前にもお会いしたことがあるんでしょう? なんでも学園の先輩ということで相談に乗るよう王太子殿下が命じられたと聞きましたが」
「あ、あー……そう、ですね。はい、お会いしたことがあります」
可愛い顔が台無しよ! ってならないのが美少女が美少女たる所以でしょうか。
眉間に皺寄せて嫌そうな顔をしても可愛いのが不思議だ……。
でもそんな風に思っていることを表に出さずにいた私に、ミュリエッタさんは真剣な顔をして向きなおったのです。
「でも、あたしが相談したい……というか伝えておきたいのは、ユリアさまなんです」
「まあ」
「あたし、未来予知の力があるんです! ……扱いきれなくて、いつも使えるわけじゃないから秘密ですけど。その力が、あたしに見せてくれたんです」
彼女の発言に、エーレンさんがさっと顔色を悪くしました。
ええ、私も思い切り彼女の口にケーキを突っ込んで止めてしまいたいくらいでした。
でももう出ちゃった言葉は呑み込めない。
やだもう、ほんとこの子何がしたいのかしらね!?
体調不良につき感想返信は次の更新前にさせていただきたいと思います。
申し訳ありません( ノД`)




