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(今日はとても良い天気だなあ)
思わず王城から出て、空を見上げると雲一つない青空。
まだ少し空気は冷たいですが、日差しが暖かいというのはとても嬉しいものだと思います。やっぱり寒いばかりでは嫌ですからね。
本日は、午後お休みをいただいての外出……そう、今日はエーレンさんのお宅に向かうのです!
彼女はすでにエディさんと内々に結婚をして正式な夫婦となり共に暮らしている状況らしく、新婚のお宅に伺うのだと思うとちょっとドキドキしちゃいますね!
とはいえ、彼らが生活するにあたって困難を迎えるのはきっと辺境に行ってからなんだろうしエーレンさんの方がずっとどきどきしていることと思います。
私にできることはどうか元気でと笑顔でお別れを言って。それから今日のお茶会を穏やかに終わらせてエーレンさんの懸念を晴らしつつミュリエッタさんにもこれからの学園生活の方へ全力を傾けてもらうように……できたらいいな?
(まあ私の管轄ではありませんしね!)
年下の顔見知りが不幸になるのは避けたいな、という思いがないわけではありませんが私はミュリエッタさんの保護者ではありませんので。
多少何かを言うことは出来ても彼女を導くのは、ウィナー男爵や教師陣だと思うのです。
人が好いとセバスチャンさんに呆れられることもある私ですが、そのくらいはわかってますよ。ええ、なんとなくメイナとかスカーレットとか、面倒を見るのが当たり前の環境にあるからついつい心配になってしまうところがあるのは私だって自覚しています。
だからってそれを誰も彼もに発揮していてはいけないんですよね。
相手の迷惑になることもありますし、私自身の許容量ってものも考えませんと。
(冷静であるべきなんだよね、だって私が幸せにしたいのは誰なのかって話で)
すべてを救うなんてヒーローめいたことが私にできるはずもない。だってモブだし。
「ユリアさま、お待たせいたしました!」
「ああ。レジーナさん、本日はよろしくお願いいたします」
私がぼんやりそんなことを考えていると、レジーナさんが迎えに来てくれました。
護衛騎士である彼女の対象は本来プリメラさまなんですが、本日は私の護衛を指示されてこうしてついてきてくれたんですよね……。
よくよく考えると最初の頃、アルダールとのデートの時も城下まで護衛してくれたのは彼女でしたしなんだか申し訳ないです。まあ彼女もプリメラさまが主対象とは言え、王女宮の警護が任なので仕事といえば仕事なのでしょうが……特にミュリエッタさん関連で接触があるとわかっていれば王家側も警戒しているってことでわざわざ彼女が護衛役としてついてくるのでしょう。
私と彼女の接触に、というかミュリエッタさんがなにをしでかすかわかったもんじゃないってところなのがね!
本来なら侍女のプライベートな休日の移動に護衛騎士が付くとかありえませんからね。
そりゃ私は筆頭侍女ですが、普通に送り迎えの御者が付く程度でもいいのが本当の所でしょう。お役目の際は別ですけど。
「それでは予定の確認でございますが、件の元侍女宅での個人的な茶会の後お帰りになるまで、私は近くに馬車を停めそこでお待ちする形となります」
「ええ、それで構いません。お手数をおかけいたしますがよろしくお願いいたします」
「ユリアさまが出てこられたのを確認次第お迎えにあがりますのでそのままお待ちいただければと……」
「承知しています」
「では、まずはミッチェランでございましたね」
にっこり笑ったレジーナさん、いやあ頼りになる女性です!
メッタボンと結婚する時には盛大にお祝いするって心に決めております。それにしてもその将来を考えるとなんて有能な夫婦なのかしらって思わずにいられませんけどね……?
元腕利き冒険者でなおかつ料理人な夫と、護衛騎士の妻とか。
この二人が結婚して生まれてくるお子さんは絶対強い。いや腕っぷし以外でも強そう。
でもレジーナさんって割と可愛いものも好きだしお花も好きな面もあるのよね。マシュマロ食べてる時とかそりゃもう蕩けるような顔を見せてくれるっていうか。
きりっとした女性がふんにゃりしちゃうのとか可愛いったらないですよ!
……これがギャップ萌えってやつか!!
「ユリアさま?」
「いえ、なんでもありません。今日は本当に良い天気だなあと思って」
私の苦しい言い訳にもレジーナさんは目を細めて笑ってから頷いてくれる。
ほんといい女だよね、私も見習わないといけません。
その後私たちはミッチェランに行って特製のオーダーケーキを受け取ってエーレンさんの家に向かいました。
伝票が届いた時のニコラスさんの顔が見たいものですが、まあそこは想像だけで満足しておきましょうね!
エーレンさんのお宅は騎士たちが借りられる社宅のようなもので、その中でもお値段がそれなりに高めの良いものでした。家族向けの造りで出迎えてくれたエーレンさんはなんだか新妻感がありましたね!
「ユリアさま! いらっしゃいませ、お待ちしておりました」
「エーレンさん、お久しぶりですね」
「それでは私はここで。また後程お迎えにあがりますので」
「レジーナさん、ありがとうございます」
レジーナさんはエーレンさんにも一礼して馬車へと戻っていきました。……いやうん、やっぱり騎士に護衛されてやってくるのってすごくおかしな話のような気がしますよ。
どうせ女子会なのだからレジーナさんにも同席してもらえたら良かったんですけどね。流石に面識がそんなにない彼女を交えてなんてわがままはできませんからね……あくまで私個人が招かれたにすぎませんからね!
お土産のミッチェランのケーキはとても驚かれましたが喜ばれましたよ!
こちらはミュリエッタさんが到着してから出していただくよう、お願いいたしました。
「出立に向けての準備はもうよろしいのですか?」
「はい。その為家の中が随分殺風景になってしまっていて、申し訳ないです」
「いいえ、大丈夫です。お忙しい中ありがとう、エーレンさん」
「どうぞおかけください。今お茶をご用意いたしますね」
迎え入れてもらった部屋は、温かな家庭の雰囲気がありました。
確かになんとなく殺風景かなって思う程度に色々質素な感はありますが、それも出立前の家庭なのだから物が最低限しかなくて当たり前です。
そんな中でもエーレンさんが手作りお菓子やお茶、テーブルに飾られた花を準備してくれたのだと思えばどうして文句を言えましょうか。
むしろ私、こういう落ち着いた感じ好きですよ!
ええ、普段職場が煌びやかすぎるからこういうのって逆に落ち着きますよね……!!
「……ミュリエッタに報せた時間は、ユリアさまよりも少し後です。彼女が早めに着くよう行動しているかまではわかりません」
「そうですか」
「本日は、本当にお時間をありがとうございます。出立の日はエディの……夫の都合もありますのではっきりとしたことは申し上げられませんが、近いのだと思います。一度辺境に赴けば、もうお会いする機会はないかもしれません」
エーレンさんが、お茶を私に出した後に立ったままの綺麗な姿勢から深くお辞儀をしました。
初めに会った頃は、美人だけれど攻撃的で、関わり合いになるべきじゃない……なんて思ったりもしましたが今となっては懐かしい思い出ですね。
「今まで、ご迷惑をおかけいたしました。それなのに励ましのお言葉をいただき、私はこうして立ち直れました。感謝をしてもしきれません」
「……どうぞ顔を上げてください、エーレンさん。もともと貴女は色々なことに不安だっただけなのでしょう? これからは困難なこともあるでしょうが、どうぞご夫君と乗り越えていってくださいね」
「はい!」
顔を上げたエーレンさんが、花のような笑顔を浮かべてくれました。
彼女とのあれこれは、まあよくない部分も含めますが思い出となるのでしょう。エディさんがいればきっと大丈夫でしょうしね!
……それにしても、笑顔だとエーレンさんやっぱり美人だわあ……!!
あれっ、ミュリエッタさんという正統派美少女と、エーレンさんっていう人妻の色気をまとった美女に挟まれてのお茶会とかなにこれ、私っていうモブ顔にとって別の意味で敗戦確定の戦いが待っていた……?




