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あのニコラスさんとのやりとりから数日、エーレンさんからお返事がきました。
アルダールにもちゃんと説明をしましたよ! 手紙でだけど。
決して面と向かって説明するのがあの醜態の宅飲み(?)を思い出すから無理とかそういう情けない理由ではない。違うんですよ、お互い忙しい社会人だからですよ。そういうことにしておいてください。
いやほら、私もアルダールも手に職を持つ者同士いつでも隙間時間を縫って会うってほど時間が合うわけでもないので……特にあちらは近衛隊だからあまり外に出ないとはいえ、騎士ですもの。変則的にもなります。
陛下が外遊なされるとか国内を慰問で回られるとかがない限りは城内勤務が近衛隊の基本ですけどね!
とりあえず手紙の内容としてはざくざくっとした説明でしたがどこで誰が目にするかわかりませんからそれで良いのです。
そこら辺はアルダールもきっと察してくれることでしょう。
まあそれはともかくとして、それについてもアルダールからお返事はもらっていたわけで……主に心配されているっていうか、誰かちゃんと連れて行けとかそんな感じの……。
流石に一人で出歩かないよ!? って思いましたが子ども扱いじゃなくて心配してくれているんだと飲み込みました。
アルダールって本当に保護者気質ですよね……。
(さてと)
エーレンさんのお手紙には恐縮しつつも出立前に挨拶もしたかったからその機会が得られるのは嬉しい、ミュリエッタさんも誘うけれど彼女が来る前に来てほしい……という旨が記されていました。
私は了承の旨を記した返事の手紙を書いて、それからミッチェラン製菓へオーダーメイドケーキの注文書を作成して……勿論請求先はニコラスさんで。
エーレンさんにお誘いいただいた日ならばケーキも十分間に合います。
ちょっとトッピングオプションとか追加しましたけどニコラスさんならきっと気にせず受理してくださることでしょう。
「ああ、メイナ。書類の提出に行くのならばこれも一緒に持って行ってくれるかしら?」
「あ、お手紙ですか? あとこれは注文書ですね、はい! お預かりします!!」
「ありがとう」
ぱたぱたと元気の良いメイナに思わず笑みも零れますよね!
はぁー平和がやっぱり一番です。
物事は止まらず、着々とそれぞれの道に繋がっている……なんてこの国の哲学者が記した本にも書いてありましたが当然だよなあと私も思います。
え、なにがって?
なんとですね、まだ未発表ですが王太子殿下の婚約が内定したのですよ。
いやまああの生誕祭の時にお越しの、南の国の王女。そうなるだろうと誰もが予想しておりましたしその方向で話が進んでいるというのも知られていましたが、とうとう本決まりのようでして。
(それを教えてくれた時のプリメラさまの愛らしさったら……)
思い出して噛みしめてしまうほど可愛かった……!!
秘密よ、内緒よと言いながら王太子殿下の婚約が内定して、本人も嬉しそうだと笑うプリメラさまの天使よ……。
ゲームのように『家族が盗られてしまう』って不安になるのではなく、『家族が幸せになってくれるのは嬉しいこと』と認めた上で新しい家族となる方と仲良くできるかわくわくしちゃってるその姿……ああああ尊い。
まあ王太子殿下の婚約発表そのものは、もう少し先のことではありますが……この段階でゲームとは違う展開なのも確定です。
いやまあそんなこと言ったら最初から違うだろって話になりますけどね。
やっぱり現実は現実、そういうものですねっていうことを改めて感じました。
ゲームと同じ登場人物、似た状況や家族環境。
ただそれだけ、という風に片づけるわけにはいかないと思います。
それでもみんな、それぞれに生活して暮らして、誰かと接して……と当たり前の日常を送っているわけです。
(勿論私もですが……ですが!)
エーレンさんとのお茶会が終わったらその顛末を『じっくり』聞かせて欲しいとアルダールからのお手紙に書いてあってですね……そちらに恐怖を覚えているのは秘密です。
いや、やましいことなど何もないよ!?
でもなんだろう、いつも通りの優しい言葉とか綺麗な文字から感じるこの圧は!
まあそんな感じで日中は仕事だの手紙だのに追われた私ですが、プリメラさまの可愛らしさに癒されたからトントンですかね!!
(さて)
執務室で日誌を書き終えてから、軽く伸びをして残ったお茶を飲み干して、私はそっと考えました。
本来ゲームはどんな展開だったかな、と。
オープニングは生誕祭。うん、そこは終わった。
で、主人公である『ミュリエッタ』は生誕祭で出会った王太子殿下以外のキャラと学園で次々出会う、のが登校初日だった気がする。うぅん、案外覚えてないな。
いやまあむしろ明確に覚えている方がおかしいのかなって最近思う。
だって私は『ユリア』で、前世の自分がOLだった。
でも色々なことが、曖昧だ。でもそれでいいんだってわかってからはもっと前世の記憶がうすらぼんやりとしている。
(今を生きる上で必要じゃないって自分が思っているからかもしれない)
前世の記憶があったから、プリメラさまが悪役令嬢になってしまうかもしれない……寂しかったからだ、ってわかったわけで。
ディーン・デインさまがドMになるとか王太子殿下が実は妹と仲良くしたかったけど王妃さまに遠慮して、とかメインキャラのルートをざっくり覚えていたから回避するために動いた。
でも回避できた今、もうそれらの記憶は“終わったこと”なんだなあって……これからを生きるのに必要なのは、私自身がどうしたいかなんだよなあって思えるようになったんですよね。
「……変なの」
ぽつりと呟いて、思わず自分でもおかしくなりました。
改めて部分的にしか思い出せない【ゲーム】に、やっぱり私は現実を生きているからこの侍女仕事を真面目にやり遂げるのが大切だな、なんて改めて思うだなんて!
「そうね、考えててもしょうがないことだった」
誰に言うでもなく、自分に言い聞かせるように。
ミュリエッタさんが何を私に対して思って、アルダールに何を感じて想いを寄せているのか気にならないわけじゃありませんが、それだって気にしすぎてどうなるっていうんでしょう。
今度のお茶会でミュリエッタさんとお話をして、私の中で区切りとしましょう。
ええ、彼女が幼いと心配したり気にかけたり、それは私の役目ではないんです。そりゃまあゲームみたいに後味悪い展開とかがあるっていうならいやですけどね、ここは現実世界なのですからね!
(まあ勿論、彼女が現実を認めてしゃんとしてくれたらみんなハッピーになれるんでしょうけどね)
あえてハッピーエンドとは言いません。
だってシナリオなんてない人生、まだまだ先は長いんですからね。
私だって予定がいっぱいですよ。
とりあえず直近だとビアンカさまのお茶会でしょ、ディーン・デインさまが学園に入られたらお祝いの品も贈りたいし……プリメラさまの成長に合わせたドレスだってどんどん選びたいし。
あっ、反抗期どうしよう。
そう考えると、現実世界は先が見えなくて困っちゃいますけどね、楽しいことがいっぱい待っているものだとも思うんです。
(……アルダールと、またどこかに出かけたいし)
恥ずかしいし、悔しいからそんなことは言いませんけどね。
言ったらどこかに連れてってくれるでしょう? あの人は優しいから。
もう少し、面と向かって好きと言えるその日まで。
甘やかされてばかりは性に合わないの、なんてカッコつけたいなあと思うのが目下の野望ですよ!
というわけで、決戦なんて呼びません。
エーレンさんのお茶会、存分に楽しもうじゃありませんか!
ちょっと難産でしたがようやく次回お茶会に行けそうです!w




