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ニコラスさんの提案は簡単に言うなら、エーレンさん個人が私を客人として招いたプライベートな関係の、要するに友人同士で開く、『一般的なお茶会』をしたらどうだ、というものでした。
私が開けば貴族令嬢の茶会、となると平民であるエーレンさんは誘えないし初めての開催で親しい人が招かれないというのでは色々なところから不満が出てくるかもしれない。その上でミュリエッタさんと親しいと周囲に思われてはまた面倒になること請け合いだ、と。
まあそこはわかる。
貴族のお茶会ってなると色々準備もあるしね!
かといって『王女宮筆頭』が開くお茶会にエーレンさんはともかく、ミュリエッタさんが招かれるのは不自然極まりない。
じゃあミュリエッタさんが開く? それはできないこともないけれど、開いて招いてくれって誰が言うのさって話で、招かれた私がほいほい行くとなるとまた……ね、色々拗れるじゃない!?
だからエーレンさんがミュリエッタさんを『既知の間柄』として、身分差を考慮しつつ遠方に行ってしまうから別れを惜しむためにお茶に誘う。
そこへ私という特別ゲスト(?)が現れて、会話して、満足してもらったらどうだ……という乱暴な話だった。
「え、いえわざわざ会う必要がどこに……?」
会う必要性を、まるで感じません!!
一応弁明しておきますがミュリエッタさんのことは嫌いじゃないですよ、苦手ですが。
色々初めて会った頃から色々ありますし、恋敵っぽい感じっていうか、まだアルダールのこと狙ってる感は拭えないですけど今となってはほら、彼女も色々忙しくなることが確定しちゃってますしね。
それなら向こうがいくら探りを入れてこようともこちらは痛くない腹ですもの。関わり合いにならないっていうのが一番な気がしてなりません。
え、それが普通だよね?
私が困惑してそう告げれば、ニコラスさんは笑みを深めました。だからその笑顔がうさんくさ……いえ、なんでもありません。
「下手にまとわりつかれたり誤解を受けたり、あらぬことを吹聴されるよりは良いでしょう? 貴女にとっても、彼女にとっても」
「それはわかります。いえ、でもですね」
「ボクが対処しても良いですけどねえ、なにをするのかわからなくてそれは可哀想……と思われるのでは?」
「……」
「ひどいなあ、ボクは紳士ですよ? まあそれはさておき、この提案は悪くない話だと思いますよ」
ふんわりと笑って見せるニコラスさんは、相変わらず何を考えているのかわかりづらい。その顔だけ見てたら人が好さそうに見えるんだからタチが悪いっていうか……。
私が答えずにただその視線を真っ向から見返すと、ますます笑みを深くしたニコラスさんが言葉を続けた。
「まぁこの手紙の主も貴女に会えたら嬉しいでしょうし、出立の日に見送りに行けるかも定かではないのですからこれは良い機会では?」
「……」
「ウィナー嬢とは直接会って挨拶をして、会話はその手紙の主に任せて早々に引き揚げれば良いのですよ。ああ、バウム卿との仲が順調だというのは教えてあげた方が良いかもしれませんけど。これは必要ない助言でしたか?」
「……」
「勿論ボクの提案を却下されても構いませんよ。ただまあそうなると彼女からのアプローチが今後も続くかもしれませんし、一度会ってちゃんと彼女のユリアさまに対する疑問とやらに答えてあげたなら大人しくなるかも、という程度ですし」
ほんっとこの人性格悪いよね……!!
別に断ってもいいけどその場合は自分で何とかしろよってことでしょ?
その上で乗っかったなら乗っかったで何を話したのかとか後で聞いてくる気でしょ!?
アルダールのことも出してきて、いやうん、彼女の目的が基本的にはアルダールだもんねそれはしょうがないけど。
惚気を外で人に聞かせるなんて高等技術を私が持っているとでも思ってやがるんでしょうか、この男。おっと口が悪くなってしまいそうです。
「きちんとお報せくださるユリアさまのお心を疑うような真似はいたしません」
まるで空気を読んだかのように、今度は真摯な声を出すニコラスさん。
いえ、空気を読んでる。間違いない。
怖いわあ、王太子殿下専属執事、怖いわあ……!!
「それでも周囲が『英雄の娘』の名を使いたいと思うことは止められませんし、それに乗ってしまうかどうかまではどうしようもないのが現実です。ボクは王太子殿下の手足ではありますし、できれば残念なことにはならずこの国のためになってもらえるのが一番だと思っています」
「……」
「ですから、貴女のような良い先輩に触れ合う機会があのお嬢さんにも必要なのではないかなと思っただけですよ。ええ、本当に本心ですとも」
「それならばこれからの社交界でいくらでもお会いできるでしょう」
「言ったでしょう? 彼女の、『英雄の娘』の名を利用したい人間はいくらでもいるのです。それこそ、ええ、貴女もご想像の通り、特にこの貴族社会において」
「……」
暗に、というか割と露骨に『ミュリエッタ嬢を可哀想な感じにしたくなかったら優しく接してあげて篭絡しろ』って聞こえるんですけどそれは気のせいでしょうか。気のせいですよね。気のせいにしたい。
断っても構わない、……だけどそれでもし彼女が『利用される』ことになった時、ニコラスさんたちは迷いなく彼女を処断するんでしょう。
そこが感情に左右されてばかりでは、人の上に立つことはできない。わかっています。
だからこそ、そうなる前に、そうなった時に後悔しないようにやれることをやっておけ。そういうことなんだと思います。
……ついでにいうと、そうやって下っ端が末端に気を配ることで根腐れが起きないから役に立てよっていう意味なんでしょうね。
「わかりました。ではエーレンさんに返事を書くことといたしましょう。ご助言ありがとうございます、ニコラス殿」
「流石は王女宮の筆頭侍女ですね! 聡い方との会話は大変楽しゅうございました」
わざとらしく馬鹿丁寧に答えたニコラスさんのにんまり顔、なんて憎たらしい!
いやいやこちらは全然楽しくない上に聡くもないけどね!!
とは、口に出して言えないのが辛い立場です。それもバレてるんでしょうけど。
「ああ、提案を出した責任として当日お持ちになる手土産の代金くらいは出させていただきますよ?」
「あらそうですか、ではお言葉に甘えようかしら」
でも流石に個人的良心ってのは彼にも存在していたらしい。
ちらりと甘い言葉を告げてきたから、私もにこりと笑って見せる。
「ええ、ユリアさまのことでしょうからどこぞの商会にお声がけをして品を用意させるご予定でしょう?」
「そうですね……まだはっきりとは決めておりませんけれど、ミッチェランのチョコレート菓子がきっと喜ばれると思うのでそれにしようかと」
「ああ、女性に人気ですからねえ」
私の言葉にうんうんと頷いたニコラスさんに、私もにっこりと笑顔のままで言葉を続ける。
「ええ、特にエーレンさん、手紙の差し出し主は遠方に行かれるのですからここは奮発してミッチェランでもオーダー制になっているチョコレートケーキにしようかなと思います」
「えっ」
ニコラスさんが小さく声を上げたけれど気にしない!
流石王太子殿下専属執事、そのお値段もご存知でしたか。いえ、知っているだろうなあと思ってわざわざ口に出したんですけどね。
オーダーケーキ、私の一か月分のお給料、その三分の一を持っていくっていうスペシャルなやつです。
「ちょ、ちょっと待ってくださいユリアさま?」
「きっとエーレンさんも喜んでくれることでしょう、ありがとうニコラス殿!」
私が有無を言わさずお礼を言えば、ニコラスさんも笑顔が固まっているように見えました。ええ、笑顔のままっていうのがすごいですけれどもようやくやり返してやれた気分ですよ!!
令和に入りましたがこれからもこの調子です!w




