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「ユリア、昨日はお疲れさま!!」
「プリメラさま、観劇はいかがでございました?」
「とっても楽しかったわ、観劇って今までそんなに好きでもなかったけれどディーン・デインさまとだったらまた観に行きたいと思ったの! また誘ってくださるっていうし、その時が待ち遠しいなって」
出勤となり一旦エーレンさんの手紙のことは頭の隅に置いて、筆頭侍女へと切り替え出勤すると天使がいました。
ああもうこのきらきらした笑顔!
この世界になぜカメラがないのかしらといつも思いますよね、技術の進歩で明日にでも似たような魔道具が開発されないかしらと毎日思っております。
まあそんな自分の欲望は駄々洩れにしませんけれどね。
脳内カメラできちんと保存済みですから!
「でも本当にお兄さまったら、いくら王太子というお立場だからとはいえディーン・デインさまたちを招いておいて急務だなんて」
「致し方ありません、王族にとって急務ともなればそれは大切なものだったのでしょうし」
「うん……そうよね、お兄さまはお仕事をしておいでで……。でもお約束したのになあとか、お兄さまもまったく休めていないのかしらって心配になってしまったの。そんなこと、ないわよね?」
「きちんと休息をとっていただいているはずです。その為に専属執事もついているのですし、秘書官たちもいるのですから」
「……そうよね、またわたしったら子供みたいなことを言ってしまったかしら」
「いいえ、大切なお兄さまのことを案じられただけです。お優しいお気持ちだと思いますよ」
「そう? でもそうね、王族として言葉に気を付けたいと思うわ」
うん、と神妙な顔で一人頷いて見せるプリメラさまったら可愛い……。
思わず変な声が出そうになって口元を押さえてしまいましたが、幸い誰にも気づかれませんでした。具合が悪いのかって心配されちゃうところでしたよ。
「ユリアは狐狩りの後、何をしたの?」
「私は……」
うーん。
これはどこまで話すかと瞬間的に判断して私はにっこりと笑って見せました。
「あの後、バウム家の町屋敷に向かいまして、偶然にもバウム伯爵夫人さまとお会いする機会を得てご挨拶をさせていただいた後、王城内に戻り、ワインを嗜むなどして過ごしました」
「そうなのね。いいなあ、ワインかあ。いつかプリメラもディーン・デインさまとお酒を楽しむことができるようになるのかしら?」
「はい、いつかできることと思います」
お酒にもちょっと興味が出てきたらしいお年頃、大人と言えば……みたいな憧れのイメージがきっとあるんでしょうね。
しかしプリメラさまとの会話で思い出してしまったニコラスさんの顔を思い浮かべて私はそっとため息をつきました。
(うーん、一人で会いに行くのはいやだなあ、あの人やっぱりどうあっても胡散臭いんだもの)
かといって、ただエーレンさんから手紙をもらったという内容で誰かについて来てもらうというのも良い大人がそれでいいのかって思いますしねえ。
だからってアルダールをわざわざ誘うのもなんかねえって思うでしょう?
やっぱりここはセバスチャンさんだろうなってことでお願いして会いに行くことになったんですけど、ニコラスさんの名前出した途端嫌そうな顔するセバスチャンさん……いやまあ気持ちはなんとなくわかりますけどお二人って親戚ですよね?
あんまり仲が良くないようですが、まぁそこはそれで割り切っていただきたいものです。
とはいえ、職務が優先ですからね!
ちゃんとミュリエッタさん関連で何かあったら報せろっていうのには対応しますし、それがなにをおいても最優先とは言われておりません。
プリメラさまも新年祭が終わってから次の行事が始まるまではまた普段のお勉強に加えて王太后さまのお傍でお仕事を学ばれますし、今後は社交的な茶会などにも参加が増えるのかなといったところです。
ディーン・デインさまが学園に通われてお寂しいかもしれませんが、プリメラさまはプリメラさまで王女としてお忙しいことは間違いありません。
私はそれをしっかりとお傍に控えてお支えせねばなりません!
それが王女宮筆頭としての私だと思っておりますとも。
(とはいえ)
おそらく狐狩りに参加する前にミュリエッタさんがエーレンさんに手紙を出して、それを受けてエーレンさんが私に……という流れがあるのであれだけ盛大に釘を刺して周りを囲い込むような形に仕上がっている以上もうミュリエッタさんに何かができるとは思えませんが……。
ニコラスさんがこの件を預かると言っても何かさせられるってことはないと思いたい。
とりあえずエーレンさんに返事を書くにしても、そっちへの報告が済んでからじゃないとあれだしなあと思うと気が重くてたまりません。
そんな感じでいつも通りに職務をこなし、自分の執務室で書類を片付けているとノックの音が聞こえてセバスチャンさんが姿を見せました。
けれどなかなか部屋の中に進もうとしないので、私が立ち上がって歩み寄ると、なんとも言えない表情をしています。
「セバスチャンさんどうしました?」
「先程の件ですが」
「茶葉の発注ですか? 何か問題でも?」
「いえ、そちらはもう済ませておりますのでリジル商会より三日以内に納入が行われるはずです」
「それは良かった、それではなにが?」
「……ニコラスのことですが」
忌々しそうに孫の名前を呼ぶ祖父ってどうなのかしら。
そう思いましたが、ある意味そんなセバスチャンさんも貴重ですよね。いやでも普段厳しい表情は見せてもそこまで人に対して嫌悪感を露わにする人じゃないからこそ貴重なんですが、そこまで仲が悪いんですか……。
反抗期の時にでも何かやらかしたんですかね、ニコラスさん……。
「ニコラスさんが何か?」
「いえ、実は」
「なんだか呼ばれているような気がしたので、ボクの方から来てしまいました」
セバスチャンさんの後ろからひょっこり顔を出した笑顔のニコラスさんに私は思わず声が出そうになりましたがぐっと堪えることに成功いたしました。
淑女としての矜持も、筆頭侍女としての矜持もちゃんと守れましたよ……!!
「……それはそれは、ご足労おかけしました。ニコラス殿に用事があったのは確かですので手間が省けて良かったです」
「ユリアさまのお役に立てたならこのニコラス、嬉しいことこの上ございません」
にっこり笑って私の手を取ってくるニコラスさんに若干脱力しつつ、私はすぐ一歩下がってエプロンのポケットに入れておいた手紙を取り出しました。
その封筒にちらりと視線を向けたニコラスさんが、笑みの種類を変えたような気がしますが、あまり気にしてはいけない気がします。
「セバスチャンさん、プリメラさまの給仕を代わってください。私もすぐに戻ります」
「かしこまりました」
「それではニコラス殿、中へどうぞ」
「それではお邪魔いたします」
セバスチャンさんが退席して、ニコラスさんが入ってくる。
椅子を勧めたけれど、私はお茶を出さなかったし彼も求めませんでした。
「こちらを」
「拝見します」
エーレンさんからの手紙、本来ならば個人情報云々あるからあんまり人に見せるべきじゃないけれどこればかりはそうも言っていられない。
下手に隠しごとをしてもニコラスさんはどっからか嗅ぎつけてきそうだもの。この胡散臭い笑顔のまま問い詰められるとか何それ恐怖!
「……なるほど。おそらく狐狩りの前に出した手紙でしょうが、このような行動をしていたとは……こちらの監督不足というやつだったようですね」
読み終えたニコラスさんがにっこりと笑って、私に手紙を返してきた。だからその笑顔が胡散臭いんだって……とは思っても口には致しませんし、顔にも出しませんがやっぱり思ってしまうのはしょうがない。もうしょうがないんだ。
「どうせでしたらお茶会でもしてあげたらいかがです? そうすれば彼女も満足するかもしれません」
「……はぁ!?」
とんでもないニコラスさんの提案に、思わず私は声を上げてしまった。
でもそれってちょっと行儀が悪いとは思うけど、絶対私だけのせいじゃないからね!!




