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転生しまして、現在は侍女でございます。  作者: 玉響なつめ


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 ゆったりとした足取りで、優雅に階段を下りてくる女性。

 その後ろには先程の執事さんが若干顔色を悪くして付き従い、そのほかに年嵩(としかさ)の侍女さんが一人ついて私たちの方へとやってきました。

 遠目にお見かけしたことがある程度でしたが、バウム伯爵夫人はディーン・デインさまと同じ明るい茶色の髪をお持ちになった女性で、雰囲気は優し気でしたがなんというんでしょう、名家の奥方とはこういうものだ……という威厳でしょうか、そういったものをお持ちの女性でした。


「初めてお目にかかりますわね、ファンディッド子爵令嬢。わたくしはバウム伯爵夫人アリッサです。以前から貴女のお話は耳にしておりました、お会いして話をしてみたいと思っていたのですよ」


「ご丁寧な挨拶、恐れ入ります。ファンディッド子爵家長女、ユリアと申します」


 優しい、親し気な笑みを浮かべて私に挨拶をしてくださった夫人に私も礼を返せば横でアルダールが所在なさげに視線をあちこちに向けてから、はぁ、と溜息を一つ。

 そんな彼が珍しくて視線を向ければ、アルダールはばつが悪そうにしてから夫人の方を向いた。


「……義母上が本日こちらにいらっしゃるとは知りませんでした」


「ええ、わたくしも急なお見舞いの帰り道なのよ。少し疲れてしまったから町屋敷で休んでいこうと思って先程到着したのですけれど」


 夫人はにっこりと笑う。


「ライラ、貴女、自分が何者か言えて?」


「……奥さま」


「言えて?」


「このライラは、……バウム伯爵家に仕える人間に、ございます」


「そうね」


 声音は相変わらず優しいままなのに、どこか厳しさを持つそれにクレドリタス夫人が頭を深く下げた。


「貴女の声は上の階までよく聞こえました。アルダールに対する態度も、ファンディッド子爵令嬢に対する礼儀もまるでなっていなくてバウム家を預かる身としてわたくし、恥ずかしかったのですよ?」


「……奥さま……!?」


「アルダールもこういうことがあるのだから、面倒だからと指示するだけでなく誰か人をつけることを覚えなさい? そうすればライラの相手を頼んで貴方は彼女と一緒に出られたはずよ?」


「……反省いたします」


「まあおかげでわたくし、ファンディッド子爵令嬢とご挨拶ができたのだけれど。ユリアさんとお呼びしても?」


「はい、勿論でございます」


 私の答えに満足気に頷かれた夫人は、もう一度クレドリタス夫人の方に視線を向けました。


「彼女はわたくしの可愛い息子の恋人というだけでなく、もう一人の可愛い息子の意識改革にも協力してくれ、その上筆頭侍女として立派に勤めておいでの女性です。たかが伯爵家の家人に過ぎない貴女がおいそれと言葉を交わして良い人物ではありません」


「可愛い息子ですって!? 確かに半分は――」


「気にすべきところはそこではないでしょう?」


 クレドリタス夫人の噛みつきっぷりに呆れたという様子で後ろに控えていた執事の方を見て、手招きをしました。


「アルダールは血が繋がっていようがいまいが、わたくしの息子です。それに対して文句をこれ以上言うならば、夫の温情もこれまでと思うようにと以前も手紙が行っているはずですよ。……ライラを連れて下がりなさい」


「このライラは! バウム家のためを思って……!!」


「夫がアルダールのことを常々誇っているのはもう周知の事実、それを認められないのは貴女くらいのものですよ」


「ライラ、こちらへ来るんだ。部屋から出るなとあれほど言っただろう……!」


 執事さんができる限り声を抑えて、それでもイライラしているのが見て取れて、なんだかバウム家の問題を一挙に見てしまったような気分です。

 勿論、そんなことは態度にも顔にも出しませんけれどね。出したら最後、アルダールが当分私に会うたび申し訳ないって顔を見せるに違いありませんからね……それは避けねば。


「奥さま! ライラは旦那さまのことを思えばこそ……!!」


「家族のことに口を出すものではありません。ユリアさん、お見苦しいものをお見せしてしまったわね。ね、アルダールも折角だもの! 少しくらいこの母とお茶をしていってちょうだい」


「義母上」


「私は構いませんよ、アルダール。折角ですもの」


「……ごめん、ユリア」


「大丈夫よ、本当にお茶とお話を少しだけだから。アルダールがわたくしたちとお話をするようになってくれたきっかけをくれた人に、ぜひお礼を言いたかったの!」


 無邪気に笑う夫人に、アルダールもようやく力を抜いたように笑いました。

 クレドリタス夫人の姿は、執事さんと共に消えていきましたが……ちょっとだけ、彼女がまだ何かを言っているのが聞こえてきますけれど、私たちは全員が全員、聞こえないものとして扱うことにしたのです。

 多分、いやちょっと気になるけども。


 それから私たちは上の階に戻り、夫人に付き従っていた侍女さんに淹れてもらったお茶を飲みながらお話をしました。


 クレドリタス夫人は、パーバス伯爵家の縁ある女性が長く勤めた伯爵の用人に与えられた妻……というなんていうか時代錯誤な感じの繋がりで、パーバス家の血筋がわずかに入っている一般人、という扱いなんだとか。

 彼女が嫁いだクレドリタス家は代々バウム家に仕えてくれている信頼できる家柄で、時に恋に落ちて妻に迎えたり送り出したりとこちらは良好な関係だったそうです。

 夫と子を亡くした夫人に帰る実家は……なくもないけどそちらは良好な関係ではないということで、伯爵さまもクレドリタス家も哀れに思ってそのままバウム家に仕えることで今に至るんだそうです。


「お恥ずかしい話だけれどわたくしも嫁いでくるまでアルダールのことをまったく知らなくて。知って迎えた後、随分と距離を置かれているからおかしいとは思っていたのよ?」


「……申し訳なく思っております」


「ああ、いえアルダールが悪いわけじゃないのよ! 若い頃の夫が周りを抑え込めなかった不手際もあったのだし、今はちゃんと家族として過ごしているもの」


 夫人は慌てて手をぱたぱたと振ってアルダールの頭を撫でました。

 まるで小さな子にするようなそれに彼の方が困っていましたが、……なんだか微笑ましいと少し思いましたね!


「義母上、あの……私も良い年齢の男なので、そういうのはちょっと……特にユリアの前ですし」


「あっそうね、ディーンも最近嫌がるのよね、すっかり大きくなってしまって寂しいわ」


 笑った夫人は照れ臭そうに私を見て、またにっこりとしました。

 

「ごめんなさいね、バウム家として家人が貴女には失礼なことを言いました。王女殿下に対してもお詫びしてもしきれない程の無礼だったと思います。ライラに関してはわたくしが責任を持ちたいと思いますし、今後このようなことはないよう夫と共に努めます」


「……はい、お言葉を確かにいただきました」


 子爵令嬢としても、筆頭侍女としても。

 軽んじるべきではない出来事として反論はしたし、事と次第によっては統括侍女さまにもご報告……レベルのお話ではあったんです。

 私の胸の内に収められる内容で、バウム伯爵夫人が公式に責任を引き取ると仰っていただけたならば今はそれを受け入れて引き下がるべき、と名目もたつというもの。


 内心ほっとしたのは内緒の話ですよ!!


「いくらうちの人が女性の涙に弱いからって流石に今回のことは甘く見れないでしょう。彼女の境遇にいたく同情して甘くもなっていたのだけれど、バウム家の手落ちであることは誰が見ても明らかですし……アルダールももっと言い返して良かったのよ、貴方はうちの長男でわたくしの大事な息子なんだから!」


「……えっ、はい。いえ……」


 たじたじのアルダールというのは、あまりないっていうか。

 思わず微笑ましくてそのやり取りを眺めていたら、アルダールがそれに気が付いたのか、口を動かして私にだけわかるように合図をしました。


『お ぼ え て て』。


 ……さて、なんのことですかね!!

 私にはさっぱりわかりません!!


 夫人はとても親しみやすい方で、しっかりとした謝罪の他にも色々と他愛のない話やお礼を何回も言ってくれて、私もアルダールのご家族の中で夫人にだけご挨拶できていなかったので穏やかな対面にほっといたしました。


「それで、いつユリアさんはアルダールの妻となってくれるのかしら」


「えっ」


「義母上」


 何気ない問いに、私は思わず動きを止めました。

 にこにこ笑う夫人に、アルダールがすぐさま厳しい声を出して、……厳しい声?


「えっ、なぁにアルダール」


「……そろそろ行かなくては」


「ええ!? もう?」


「少しだけ、の約束だったでしょう?」


 席を立つアルダールが私を立たせて、……ああ、アルダールはこの話題を露骨に避けたんだなと流石に理解します。

 どうして欲しいとか、そんなのはありませんけど。


 ありませんけど……なんででしょう、胸の奥が、ジワリと痛かった。

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