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私たちは完全に雨が通り過ぎたことを確認してから小屋を後にしました。
雨のおかげで木々も湖面も、キラキラしています。
アルダールに手を引かれて、水たまりを避けて歩きつつ私たちは王子宮の侍女たちを探し、無事に館へと戻ることができたのです。
「ユリア!」
「プリメラさま」
「良かった、大丈夫だった……? わたしったらユリアのこと置いて戻っちゃったから……」
「大丈夫ですよプリメラさま。それよりもディーン・デインさまとは……?」
「あっ、うん……えっと、その、ちゃんと仲直りしたわ! 大丈夫」
心配そうに駆けてきてくださったプリメラさまは、私の問いにぽっと頬を染めて恥じらわれて……ああああカワイイ!!
どうやら無事に仲直りできたようで安心です。
まぁ喧嘩っていうか、プリメラさまがあんまりにもディーン・デインさまの発言が王太子殿下を褒めること一色だったからちょっとしたやきもちだっただけですものね。
「それよりも早く中で温まった方がいいわ。いくら日差しが戻ったとはいえ冬の雨は冷たかったでしょ?」
「ありがとうございます、幸いあの狩猟小屋が近かったおかげで直ぐに雨宿りできましたから、それほど濡れてはいないんですよ」
「なら良いのだけど……バウム卿も、大丈夫ですか?」
「おそれいります。私も彼女同様雨宿りいたしましたので、さほど問題はございません」
「そう……二人とも、しっかり休んでね。お兄さまはもうお城に戻られたみたいで、わたしたちが館に着いた時にはもういらっしゃらなかったのよ!」
「急用とのことでしたから……そうですよね?」
「ええ」
私がアルダールに問えば、彼もうなずきました。
その様子を見てプリメラさまは少しだけ寂しそうでしたが、すぐに笑顔を見せてくれました。
「それでニコラスももう行ってしまったのよ。でもセバスチャンがいるから、今熱いお茶を淹れてもらっているのよ!」
プリメラさまは私の手を取ると、ぐいぐいと引っ張ってくれるものだから、ああ、可愛いし優しいしやっぱり天使……と内心デレデレになってしまう私がいても誰が咎められるでしょうか、いや咎めるなど誰にもできない!
そんなプリメラさまの愛らしさは他の者にも伝わっているのでしょう。
本来ならば案内するべき王子宮の侍女たちも、プリメラさまの行動を微笑ましそうに見ているのです。王女たるプリメラさまがそうしたいというのだから、彼女たちとしては見守るしかないのでしょうけれども。
手を引かれるままに室内に行けば、途中で侍女たちが外套を受け取ってくれました。
流石王子宮の侍女たち、なかなか洗練された動きをしています。
ディーン・デインさまもお部屋にいらして何やらセバスチャンさんとお話ししていたようです。私たちの姿に気が付いて、彼もまた満面の笑みを浮かべてくれました。
「兄上、ユリアさん! 大丈夫でしたか、すごい勢いで降りましたよね」
「ああ。ディーンも大丈夫だったか?」
「俺たちはあの執事が手助けしてくれたからほとんど濡れなかった。……王太子殿下専属ともなると腕利きなんだろうなあ、色々」
「……ああ、まあそうだろう。だが、あまりまたニコラス殿のことを褒めそやすと王女殿下のご機嫌を損ねるかもしれないぞ?」
アルダールの言葉にディーン・デインさまがさっとわかりやすく顔色を変えてプリメラさまの方をちらりと見て、それから少しだけ唇を尖らせました。なかなか可愛らしいその行動にアルダールも優しく笑って、軽く頭を撫でてあげて……。
その様子が兄弟仲の良さを示していて、ああ、なんて微笑ましい!
「さあ皆さまこちらへどうぞ。熱い紅茶が入りました」
セバスチャンさんがそう告げれば、私たちはそれぞれ座ってテーブルを囲み紅茶を飲んでほっと一息。
そのまま侍女たちが茶菓子などを持ってくる姿を眺めつつ、視線を巡らせてみましたがそこに王子宮筆頭の姿はありませんでした。
私の視線に気が付いたのでしょう、セバスチャンさんが口を開きました。
「王子宮筆頭さまは王太子殿下と共にお戻りになりましたぞ。ウィナー男爵さまとそのご令嬢もご自宅に戻る馬車で二人が戻るちょっと前に出立なさいました。特に伝言等、預かった者は一人もいないようです」
「そう、ですか」
まあこの状況下でアルダールにしろプリメラさまにしろ、ミュリエッタさん側からアプローチをかけるのがどれだけ危険なのかは彼女だってわかったことでしょう。
王太子殿下と王弟殿下、加えてニコラスさんっていうガチで黒い人たち相手にヒロイン補正でなんとかなると思ってたんでしょうが、実際にはオトナの怖い部分を目の当たりにしただけっていうね。
……ご愁傷さまです……!!
いや私も大人って怖い……って城勤めして何度思ったことでしょう。
特にここ一年、プリメラさまの成長と共にそれを強く感じます……!!
穏やかな日々は一体どこへ行ってしまったというのか。
いえ、それはちょっと言いすぎですけどね。
今まではプリメラさまが幼いということでそれこそ真綿でくるむように守られてきた王女宮全体で、そこに勤める私もまた守られてきたということ。
ただまあ、それなりの地位について色んな人の思惑を見聞きしている分、多少は機転が利くようになったような気がしないでもないっていうか、そうだったらいいなっていうか。
とはいえこれでミュリエッタさんも大人しくしてくれたら良いのですが。
ウィナー男爵も散々だったですね、呼びつけられてなんとなく叱られて挙句に王太子殿下に良いところを見せることもなく解散ですからね。
「あのね、あのね、ユリア。これから戻るでしょう?」
「え? はい、さようですね」
「わたしね、ディーン・デインさまとね、観劇してから戻ることにしたの!!」
「え」
ぱあっと顔を綻ばせるプリメラさまプライスレス。
じゃなかった、なんとディーン・デインさま、二段階目を用意していただと……!?
ちらりとそちらに視線を向ければ満面の笑みを浮かべて嬉しそうにしているプリメラさまを見て蕩けきった笑みを浮かべる少年の姿。あぁうん、すごく嬉しそうです……。
「だからね、わたしのことはディーン・デインさまとセバスがいるから、ユリアも今日は職務のこととか考えずにバウム卿とお出かけして良いのよ?」
「プ、プリメラさま!?」
「お気遣いありがとうございます、王女殿下。ではお言葉に甘えさせていただこうかと」
「アルダール!?」
なんでそこいきなり連携とれてるの!?
ちょっと待って、と言いかけたところでぽんっと肩が叩かれました。
ハッとして振り向けば、それはセバスチャンさんで、彼はそっと微笑みます。イケジジイめっさイケジジイ。
「日を跨いで戻るようなことはなきよう、楽しんでおいでなさい」
「セバスチャンさん……!?」
あんたもグルか! いや寧ろ楽しんで送り出してくれそうな筆頭だった!
まさかこれはセバスチャンさんの入れ知恵ですか、と視線で訴えるとこのイケジジイ、ゆるりと左右に首を振ってものすごくまじめな顔を見せました。
「王弟殿下のご配慮でございます」
あのヒゲ脳筋の差し金でしたか。
ああうん、納得。
そう思った私、悪くないと思うんだ……!!




