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あっちでおろおろ、こっちでおろおろ。
私は、どうする、べきなのか……!?
「もう知らない! ディーン・デインさまはお兄さまのところに行けばいいんだわ!」
「ぷ、プリメラさま! 待って……待ってください!!」
ぷっと頬を膨らませて踵を返すプリメラさま、それを追うディーン・デインさま。
そしてそれを「おまかせください」なんてしれっとついていくニコラスさん。
あとに残されたのは、私とアルダール、ということになりますが……どうしてこうなった!
そもそもはですね、湖の畔でプリメラさまと私はゆったりとスイセンを眺めて狩人たちが使う休憩所を覗いたりして時間を過ごしていたんです。
流石に王族直轄の森を管理する狩人用の休憩所、狩猟小屋っていうんですかね。見た目からして街中の一軒家より立派なんじゃ……っていうくらい立派な造りでしたね!!
あんまり大勢をぞろぞろ連れていたのではプリメラさまの御心が休まらないだろうというニコラスさんの提言によりプリメラさまと私、そしてニコラスさんの三人で動き回っていたんですが……とはいえ森の中に入るとか湖の中に入るとか、そんなことはしておりませんよ!?
ただちょっとこう、風が強くなってきたねとかそんな風に話していたところタイミングが悪かったんです。ええ、タイミングの問題です。
飛ばされたプリメラさまの帽子、それに思わず手を伸ばした私がバランスを崩す、それを抱きとめるニコラスさん。
ね? 誰も悪くない。
悪くないったら悪くない。
帽子は私が掴んで無事でしたし、私はニコラスさんに抱き留められて無事。
ところがそこにアルダールたちが離れたところで待機している侍女たちに馬を預けてこちらに歩み寄ってきた……っていうね?
ええ、不可抗力ですってちゃんとどうしてなのかとか理由も説明いたしましたよ。
浮気なんてとんでもない! って言うかプリメラさまもいらっしゃるんですしありえないってわかってますよね、ところがまあアルダールの目線の痛いこと!!
(怪我がなくて良かった、とは言ってくれたけど)
理解はしているけど面白くない、というのがアルダールの心情かなとは私も大体察しているけど、まぁその空気の中でディーン・デインさまが努めて明るく振舞ってくれたんですよ。プリメラさまもそれに乗っかる形で場を和ませようと。
ああ、なんていい子たち……!!
ニヤニヤしてるニコラスさんはそこの二人の爪の垢でも貰って少しは心を浄化したらいいのに!
そう思ったのも束の間、何やら王太子殿下に火急の用が入ったとかで狐狩りがなくなって二人がこちらに来たのだという話になりまして。
ウィナー男爵はそのまま館から城下の自宅にミュリエッタさんと共に直帰、私たちはもう少し湖を楽しんでから帰るといい……という伝言を預かったのだという話になったんです。
なるほどそれで二人だけこっちに来たのかと思ったところでディーン・デインさまが王太子殿下のことを褒めちぎったんですよね。そりゃもう頭もよくてかっこよくてあの人が次代の国王になるのだから自分も頑張らなくては……みたいな。
最初のうちはニコニコそれを聞いていて相槌を打ってくれていたプリメラさまも、だんだん王太子殿下のことしか口にしないディーン・デインさまにふくれっ面になってきて、私が制止する前に冒頭に至ったわけです!
ああ、まったくもってどうしてこうなった!?
「あ、アルダール、どうしましょう……!!」
「大丈夫だと思う。ディーンだって相手の話も聞かずにああいう行動をとり続けたらよくないと理解できたと思うしね」
「追いかけた方が」
「ニコラス殿がついていったから大丈夫だろう。ぞろぞろついて行っては王女殿下も気が休まらないんじゃないかな?」
「……アルダールも、その、まだ不機嫌ですよね……?」
「うん? そんなことはないけれど。どうしてそう思うんだい?」
にっこりと笑みを浮かべているけれど、目が笑ってません!
嘘つき、とは言えず私はなんとなくアルダールから一歩離れました。
それにむっとした表情を見せた彼が一歩縮めてくるのでまた一歩。いえ、コンパスの差っていうか……遠慮っていうか、その違いであっという間に距離は縮まるんですけど。
「やっぱりちょっと不機嫌ですよね!?」
「ユリアがそういう態度をとるからとは思わない?」
「えっ、私のせいですか?」
「ほんのちょっぴりだけだけどね」
「……ニコラスさんの件ですか、でもあれは」
「不可抗力。怪我がなくて良かった。だけど」
アルダールが少しだけ身を屈める。
それだけで私と彼の顔の距離が近づいて、思わずどきっとして変な声が出そうになった。出なくてよかった! よくやった、私の乙女力!!
内心ぐっと握りこぶしを作って自分を褒める私ですが、アルダールの方は至って真面目な表情のままです。
うっ……ここはやはりきちんと反省すべきですね。私とて心当たりがないわけではありません。
「……咄嗟とはいえ、足場の悪いところで無茶をしたことは反省しています」
「うん、ニコラス殿がいなかったら転んでいただろう。方向を間違えれば湖に落ちたかもしれないし、そうでなくても足を捻ったかもしれない。帽子よりも、ユリアの方が大事だ。そうだろう?」
子供に諭すように、少しだけ厳しい声音で言われれば私だって頷くほかありません。
何事もなかったから良いものの、もしそうなっていたらプリメラさまも悲しまれるということは想像に難くありません。
普段から下の者に無理をせず、プリメラさまの御身の他には自分の身を大切にするようにと言い聞かせているのに。示しがつきませんね。
だからアルダールに言われても私もただ反省するばかりです。
「後、隙が多い」
「え?」
小さな声で言われたそれに、私が顔を上げるとアルダールの眉間に皺が寄っているのが見えました。
とはいえ今回のことは私が悪いとはいえ、隙が多いというのはちょっと納得できません!
それについては抗弁しようと口を開きかけた私の鼻先に、ぽつん、と雫が当たりました。
「……雨?」
「通り雨か。……狩猟小屋へ行こう」
アルダールに腕をとられ、雨宿りのために狩猟小屋に入りました。
僅かに濡れてしまいましたが、プリメラさまたちは大丈夫でしょうか……ニコラスさんもついているだろうし、きっと王子宮の侍女たちもあちらに行ったか、或いは私たちを探してくれるかもしれませんし。
「ただの通り雨かしら」
「おそらく、すぐ止むと思うけどね」
窓を開けて空を見上げたアルダールがそう言ってくれました。
「良かった、……プリメラさまたちのところに早く戻らなくては」
「そうだね、雨が降ってきたから心配していることだろう。止んだら行こう」
幸い冬場ということで外套が軽く濡れただけなので、脱いで軽く払えばそれ以上は大丈夫そうでした。
雨が上がるまでと外套をハンガーにかけさせてもらって二人で窓の外を眺めましたが、急いで小屋に入って正解でした。結構な降りっぷりです。
「もう少しかかるかな」
「こんなに雨が降るなんて久しぶりです」
「……寒くない?」
「え?」
「寄り添えば、温かいだろう?」
にっこりと笑ったアルダールが私を抱き寄せて……抱き寄せて!?
いやいやそれはちょっと、と足に力を入れて踏ん張るもののやっぱり敵うはずもなく。
そして私は気づいたのです。
(あ、これいつもの甘ったるいお説教パターンの顔だ)
赤くなった私の顔から血の気が引いていくのを感じましたが、アルダールは笑顔のままでした……。
え、いやできたら私の言い訳もぜひ考慮していただきたい!
そう思ったけれど、小心者ゆえに声に出せません。
だってきっとそれ言ったら最後、もっととんでもないことになる気がするからです!!




