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馬をゆっくり歩かせて私たちは森の中を進み、湖に着きました。
用意された馬たちは当然訓練がしっかりとされていて、その中でも気性の穏やかなものが選ばれていたようでした。ですのでとても安心して乗っていられたのはありがたいことです。
まあうちのプリメラさまは竜にだって騎乗できますから、まったくもって余裕でおそらく森の中を早駆けさせることだって可能なはずですけどね!
……私はちょっと無理かなと思いますけど。
なんせ私の方がビビりなので、絶対それが馬に伝わってしまうでしょうから……それは危ないですからね!!
以前実家に戻るのに王弟殿下が用意した軍用の竜に乗っただろうって?
あの時どれだけ必死だったと思ってるんですか……アイツに容赦はない。むしろ私がどんだけ叫ぼうとも竜は気にせずむしろ足を速めた。ギルティ。
いえ、あの時は本当に早くたどり着けたので助かったんですけども。
改めて乗りたいかと聞かれるなら全力でご遠慮申し上げます。
それはともかく、私たちは整備された湖までの道を穏やかに馬を歩かせるという安心安全なルートでしたのでより安全でした。
まあ王族所有の、保養地としての森ですから管理が行き届いているというか、ご婦人方も楽しめるように気を配られているのでしょう。
王太子殿下たち狐狩りメンバーの方は当然違うと思いますけどね。
まあそういう感じだったので私たちは特にトラブルも何もなく湖に来られたわけです。
出発の際はなんとなく、ですが……ミュリエッタさんが、見ているような気がして上の階は見れませんでしたけど。
「綺麗ね!」
プリメラさまは輝く湖面とスイセンの組み合わせに大はしゃぎで、ついてきたニコラスさんと侍女数名たちにご機嫌で声をかけておいでです。
ああ、とっても可愛らしい……!!
しかし本当にこの世界、不思議だなあ。
私はもうこの世界が【ゲーム】だとは思っておりませんが、前世にあったものが存在したりしなかったりと共通点があるのかないのか、とても不思議な気分になります。
チョコレートはあるのにアイスがなかった、とか……。
キャンディはあるけどゼリーはなかった、とか。
まあいずれも周囲の協力があって食べられるようになったので私としては満足ですが。
深く考えないのが良いですねきっと! 答えが見つかるとは思えませんし!!
「どうかなさいましたか、ユリアさま」
「いいえ、なんでもありません」
ニコラスさんがにこやかに寄ってきますけど、特に面白いこと何もありませんからね!
しかしプリメラさまくらい美少女になると、本当になんでも絵になりますよね……。
湖畔で白いスイセンを愛し気に見つめる美少女、これ以上ない美しさ。
宮廷画家がここにいたらもう大喜びでそのお姿を描き始めること間違いありませんとも。
簡易テーブルと椅子をセッティングしてテーブルクロスを広げ、持ってきたティーセットを並べる侍女たちのテキパキとした動きは無駄一つなく、王子宮筆頭もやりおる……と私としては内心感心しております。
いいえ、うちのメイナとスカーレットだってそのくらいおちゃのこさいさいですけど!?
いけないいけない、対抗心を燃やしても仕方ありません。
うちはうち! よそはよそ!!
この精神、大事ですからね。やっぱりどこでもそうだと思いますけど自分の部下が可愛いからって他のところの方の粗探しなどするようになってはいけません。
筆頭侍女たるもの、他の方の素晴らしいところを認め、それを元に己を研鑽すべきなのです。
「今頃お兄様たち、狐狩りをしておいでかしら?」
「この森の管理者である猟師は腕利きでありますし、彼が調教した犬たちも優秀でございます。きっと満足いく成果をお見せして、王太子殿下にご満足いただけるものと思っております」
「そう……ディーン・デインさまも楽しんでくださっていると良いのだけど」
「きっと大丈夫ですよプリメラさま。乗馬はお得意だと仰っていたでしょう?」
「ええ……でも、早くこちらに来てくださったらいいなって思ってしまうの。わたしったらわがままなのかしら」
「そのようなことはございません。ここの景色はとても素敵ですから、ディーン・デインさまとご一緒したいのでしょう?」
私の言葉に少しだけ頬を染めたプリメラさまが、小さくうなずきました。
ああーもう可愛いなあ、恋する女の子ってどうしてこんなにキラキラしているんだろう!!
「……でもそう考えたら、ミュリエッタ嬢は男爵が戻るまであの館に一人なのだものね……わたしったらすっかりはしゃいじゃったわ」
「それは」
自分の行いを少しだけ恥じるようなその言葉に、私は返答に困りました。
確かに、私たちだけ楽しく遊んでいる間ミュリエッタさんは一人で……というかまあ、侍女たちには囲まれてるでしょうけれど、あの館の客室で男爵を待っているのです。
ただそれもこれも自業自得というか、王太子殿下たち……というよりはニコラスさんか? の計画のようなもののせいであって……って思うと確かに可哀想な、いやでも今までの行動からこういうことされちゃったっていう点で、あれでもやっぱりあのくらいの年頃の女の子にはってどうしても思っちゃいますよね。
……私がただ単に甘いっていうか、きっとプリメラさまがこんな優しい子だから私もそうなっちゃったっていうか、あれ?
(プリメラさまが優しいのは、きっとご側室さま譲りよね)
ゲームの設定でも寂しさのあまりあんな言動に至っただけで、愛情をしっかりと伝えた結果が今のプリメラさまならこれが本質だったということでしょう。
それが誇らしくもあり、そんなプリメラさまにお仕えする私も恥ずかしくない人間でありたいと常々思っているわけですが……。
「大丈夫でございますよ、ウィナー男爵令嬢にもお楽しみいただけるよう王子宮筆頭が残ったのですから」
「そう……? それなら良いのだけど」
「王太子殿下もウィナー男爵を早く戻せるようお考えのことと思いますしあまりお気に病まれずこの景色をお楽しみくださいませ」
「そうね……ありがとう、ニコラス」
「勿体ないお言葉にございます」
ニコラスさんの言葉に気を取り直したらしいプリメラさまがにっこりと笑顔を取り戻したのを見て私もほっといたしました。
胡散臭いだけじゃないんだなあ、やっぱり……。
「ユリアさま? 今何か?」
「いいえ、何も?」
人の考え読むのやめていただけませんかね!?
小首を傾げるようにして微笑んでくる姿はイケメンに違いないので出来たら直視は避けたいのです。いえ、眼鏡もしてますし表情だってそうそう崩れてませんからね、私がそういう動揺をしているとは彼も思っていないでしょうが、そっと視線を外して差し出された紅茶に口を付けました。
外で飲むために熱めに用意された紅茶は美味しかったです。
(……アルダールも、なにもないとは思うけど)
メンツがメンツだからなあとちょっと心配です。
いえ、王太子殿下はそのお立場から自分の目で確かめたいと仰っていたというのは信じられますが、私が気になるのは王弟殿下とセバスチャンさんですよ。
あの人たち、アルダールを何かとからかったりしそうだからなあ。
私の目の届かないところでそういう、私のことを絡めてからかったりしてないといいんですけど……いややっぱりしてそうだよなあ。
「狐狩りを終えましたらば、きっとこちらにすぐにでも来てくださいます」
「そうね、ユリア。……それまで、わたしたちだけで楽しみましょうね!」
「はい」
ああー冬の空気の冷たさも、プリメラさまがいるだけで春が来たみたいな気分です。
いいえ、スイセンがこんなにも咲き乱れているのですから春はもうすぐそこでしたね。
(……なんでしょうね、私もアルダールに会いたくなった、なんて言ったら笑われるでしょうか)
プリメラさまに影響されちゃったんでしょうね! きっとね!!
 




