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「失礼いたします」


 ドレスを着たままの私と、ドレスを着たままのプリメラさま。

 目の前に立つ少女は、本当に本当に可愛くて、室内にいるのにまるで彼女が輝いているかのような錯覚を覚えさせるほど完璧なプリンセスだ。


 私は少しだけ緊張したまま、プリメラさまの前に立つ。

 社交界デビューが決まってからずっと心に決めていたことがある。

 ゆっくりと、淑女の礼を執る。


「王女殿下、ご生誕よりこれまでの日々恙なくご成長あそばれたこと、お慶び申し上げます」


「えっ、どっどうしたのユリア?!」


「一人の貴族として、臣としてお慶び申し上げます」


 繰り返すのは、貴族の儀礼の言葉。

 私だって言いたいのはこれじゃない。でもこれをやらないわけにはいかない。


 部屋の中にはまだ執事長がいた。

 彼は私が何をしたいのか察したのだろう、プリメラさまにそっとなにか耳打ちする。

 そうした途端驚いた気配が、目の前の少女からして――そして、何度か深呼吸をするのが聞こえた。


「ありがとう、クーラウム王家第一王女プリメラは、ファンディッド子爵家長女ユリアの言葉を受け取りました。これより我が名を呼ぶことを許します」


「ありがたき幸せでございます」


「……セバス、下がってね」


「承知いたしました」


 そういや執事長ってセバスチャンって名前なんだぜ!!

 超王道だよね! でもって勿論これも王道なんだけど、愛称はセバスさんです。

 非常に謎多きご老人で、とても洗練された動きをする職人なんだけど実年齢がおかしいんだよな、何回履歴書見ても73ってなってるんだよな……おかしいな、あんな動きするもんだったっけな、73歳……。


 セバスさんが下がったのは扉を閉める音で分かった。

 それを合図にするかのように私が顔をあげると、そこには笑っていいのか泣いていいのかわからないような表情のプリメラさまがいた。

 いくら聡明であろうともまだ甘えたい少女に、いきなり貴族の洗礼からの挨拶は辛かったのだろうか。

 でもこれをやってこそ、彼女が望む、公式の場において私がプリメラさまのお名前を口に出せる権利を手にできるのだ。

 セバスさんは証人だ。


「プリメラさま」


「ユリア母様!」


「お誕生日、おめでとうございます。ドレス、とてもお似合いです。とても可愛らしいわ、本当に妖精のよう」


「母様もとてもすてきよ、私もそんな大人っぽいドレスが良かった!」


「まあ、大人っぽいですか?」


「うん! ひらひらふわふわしたのは好きだけれど、そういうスマートなのもとてもいいと思うの! 私も大人になったらそういうドレスを着てディーン・デインさまとダンスが踊れるのかしら?」


「ふふ、はい。そうだと思います」


「そうだ! ディーン・デインさまからネックレスをいただいたのよ! ほら! オレンジの薔薇なの。私が好きだって言ってたのを覚えていてくださったのよ!」


「それはよろしゅうございました」


 矢継ぎ早に話すプリメラさまは余程ディーン・デインさまからのプレゼントが嬉しかったようだ。

 ああー可愛い。こんなに喜んでいるって知ったらディーン・デインさまもきっと大喜びするだろう。

 もしかしたらガッツポーズなんかしちゃうかもしれない。


「そういえば、ユリアのご実家のことはなんとかなりそうなの?」


「はい、ご心配をおかけいたしました」


「何かあったら私も兄さまもユリアの為に行動できるのよ? お金のことだってなんとかできると思うの」


「まあ……いいえ、プリメラさまにそのようなご負担をおかけするわけには参りません!」


「もう! 私だって母様の役に立ちたいのよ?」


「プリメラさま……」


 何だこの子超良い子。知ってたけど。

 私の為にだって! 私の為にだって!

 もう嬉しいからそこエンドレスで脳内に流しちゃうね。


 抱き着いてきたプリメラさまを抱きしめて頭を撫でてみたら、すっごく喜ばれた。

 ああー和むわあ……ダンスで振り回された挙句私の反応で遊んだアルダール・サウルさまとのやりとりで痛んだ心が癒されていくわあ。


「ユリアはもう少し、侍女として専念するのに時間が要るのよね? まだかかりそうなの?」


「はい、申し訳ございません。ですが明日の朝は必ず私がプリメラさまのご起床の際に訪れます」


「うん……うん、嬉しい。ごめんなさい、わがまま言って。ユリアが忙しいのはわかってるけど、つい寂しくて」


「いいえ、プリメラさまはいつも頑張っておいでですもの。私でよろしければいつでもそのように寂しいと仰っていただいて良いのです。私もプリメラさまのお傍にいたいですから」


「……ありがとう、母様。母様大好き!」


 うーん、うちの天使は良い子過ぎてたまりません。

 抱きしめて存分に可愛がることにしました。


 その後もプリメラさまの御着替えを手伝いつつお話を聞いていると、だんだんと疲れが出てきたのかとろんとした目をして「まだ、もうちょっと……」なんて言いながらウトウトし始めてしまいました。

 プリメラさまったらそんなに焦らなくても、明日も明後日も私は侍女としてお仕えしますからね。

 ちょっとだけ、もうちょっとだけ午後半休いただくだけですからね!


 リジル商会からもらった手紙で借金の返済計画もばっちりだし、博打関連が暴ければタルボット商会からいくらか取り返せる予定だというし。

 リジル商会はこの国一番だけど、万能ではないので――サイドからの情報をジェンダ商会からも貰えることは約束されているし。


 取りあえずは明日、ジェンダ商会に足を運ぶことになっているからそこで久しぶりにご挨拶をしなければならない人たちのことを思い浮かべながら、私はそっとプリメラさまをベッドに寝かしつけた。

 すぅすぅと可愛い寝息を立てている少女の顔を見ていたら、無性に、とにかく可愛くて。


 誰もいないとわかってはいたけど、一応周りを見て。


「……おやすみなさいプリメラ。良い夢を」


 海外ドラマで見るような、娘が悪い夢を見ませんように、と願いを込めて。

 彼女の額に、キスをした。


 ちょっとどころか大分恥ずかしかったけれど。

 むにゃむにゃと幸せそうに笑ったプリメラさまを見て、私の気持ちはとてもあったかくなったのだった。


(そうだ、明日のティータイムにプリメラさまが食べられるようシフォンケーキを焼くことにしよう!)


 そして私も、しばらくその寝顔を眺めてから――着慣れないドレスと、履き慣れないハイヒールを脱いで自由になるために自室に戻ったのだった。

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