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ニコラスさんに連れられて現れたウィナー男爵は、落ち着かない様子でした。
おどおどしているというか、脚がもつれそうな歩き方をして視線は定まらず、いかにも場違いなところに連れて来られてどうしてよいのかわかりませんと言った様子です。
狐狩りからの参加ということで、それなりの恰好をしていらっしゃいましたがまだこうした場に来ることはあの方にとって緊張しかないのかなと私も思いました。
(まあかくいう私も子爵令嬢としてと言われると挙動不審になりそうなんですけどね!)
侍女としてだったらいくらでも落ち着いていられるんですけども……。
「よく来たな、ウィナー男爵。非公式とはいえ急な誘いで驚いたであろう。しかし手違いが有ったようですまない」
「はっ、いえ、あの……本日はお日柄も良く……」
お見合いの口上か。
思わずそう突っ込みそうになりましたが、ぐっと我慢です。
王太子殿下にお声を掛けていただいてしどろもどろな姿になった……なんて話を耳にしたら、教育係さんがまた頭を痛めるかそれとも目を吊り上げるのか。
ウィナー家の教育係という方にはお会いしたことがありませんのでどなたかは存じませんが、そんな感じがいたしますね!!
「男爵だけを招いたつもりだったのだ、許せ。令嬢は別室にてきちんともてなすと約束しよう」
「も、勿体なく……あ、あの、何故娘はここに連れてきてはいけないのでしょう」
「そりゃお前、前も説明されていると思うんだが」
呆れ顔で王弟殿下が口を挟む。
思わず、だったんだろう。ちょっとバツが悪い顔をしてちらっと王太子殿下の方へ視線を向けたけど、ため息を吐き出してから言葉を続けた。
「非公式とはいえ、こうした場に社交界デビューを終えていない娘を連れてくるのはどうかって話でな。プリメラに関しては叔父である俺と、兄である王太子。それに婚約者とまで揃ってのことだから対外的にもなんら問題なかろう」
まぁ保護者同伴だから構わないといえば構わないだろうけれど、とは私も思わなくはないけれど。
ウィナー男爵もミュリエッタさんもこうした場に慣れた人たちというわけではないし、狐狩りっていう特殊な空間でまさか男性陣に交じって狐を追わせるわけにはいかないものね。
だからといって私たちと残ってお茶会となると、それは……うん、ほら、生誕祭での一件もあることだし……ね。どこに話がいってもあまり良いことにならないように思えるんですが、私の気のせいではないはずです。
その上、今回招かれていたならばともかく明記されていない招待状で勘違いをしたと言うならば、それはちょっと、いや大分恥ずかしい勘違い、として笑われちゃうっていうオプション付き。
(……まさかわざと誤解するような文面に、なんて……いやいや流石に王太子殿下がそこまでしないか。する必要も感じないし)
ちらりと王太子殿下の後ろに控えるニコラスさんへと視線を向けましたが、またにっこりと笑みを返されただけでした。いやいやなんでこっち見てるの?
偶然にしてはタイミングよく笑みを返してくるニコラスさんにちょっと怖さを覚えつつ視線をウィナー男爵に向けると、顔色が良くありませんでした。
「ウィナー男爵、今回この場に貴殿を招いたのは英雄としての貴殿に興味があったからとは別に話をしておくべきだと判断したからだ」
「は、話でございますか」
「ニコラス」
「はい、王太子殿下。ではこの場は殿下の執事たるこのニコラスめが説明をさせていただきますので、どうぞウィナー男爵さまもお席にお着きになってお聞きくださいませ」
ああ、やっぱりこの場はなにかのために用意された舞台なのかと思いましたね!
特にあのニコラスさんの胡散臭さっていうか、いや一見するととても有能な……違うな、有能には違いないんだと思うんですけどね! ぱっと見て違和感は感じない、けどあの人のなにかこう……作りものみたいな態度がですね……うん、上手に説明できない。
「ウィナー男爵さまは、冒険者時代からご息女と共に苦楽を分かち合われてこられたが故、どこに赴かれるもご一緒と伺っております」
「は、はぁ、まあ……」
「冒険者をしながらの子育て、ご苦労も多かったことと思いますのでこのニコラス、その話を耳にいたしました時には感激したものにございます!」
「そ、それほどでも……」
ニコラスさんのあからさまな賛辞に、ウィナー男爵は素直に照れています。えええ、絶対この人カモられるタイプの人だ! うちのお父さまと同じ系統の人だ!?
いやそれとも違うか……なんていうか、素直な人っていうか、純朴な人だ。絶対、城にいる人たちにいいように掌の上で転がされちゃうタイプの……。
「ですが、男爵さまは叙爵を受けられ、これよりはクーラウムを担う貴族の一人として尽力くださる運びになりました。それ故に、これからはご息女はご息女の、男爵さまには男爵さまの、それぞれの道を今すぐにでも歩んでもらわねばなりません」
「……えっ?」
「今までは交渉ごとなどもご息女が共におられ、互いに行き届かない所がないかどうか支え合い補い合い美しい親子愛で過ごしてこられたことと思います。が、これよりは男爵という地位に見合ったお立場として、別個に人を雇い使っていただければと思うのです。そう、王太子殿下にお仕えする執事であるこのニコラスのようなものでございますね」
私としてはこんな胡散臭い人に仕えられるのはちょっと……って思いますけどね。
まあ王太子殿下クラスになるとこのくらい腹に色んなものを抱えてそうな人も軽く扱えないとあれなんでしょうか。
ただの子爵令嬢で良かった……。メレクにはくれぐれも人を雇う時には気を付けるようにアドバイスしたいと思います。
「それとは別に、ご令嬢の社交界デビューについてもお話をさせていただきたくこの場にお招きした次第でございます、はい」
「で、でびゅー、ですか」
「このように申し上げると失礼に聞こえるやもしれませんが、男爵という地位は決して高くはなく、また個々でパーティを開くには少々資金も心もとないと思われますし、それに加え招待するお客さまについての人脈もないかと思いますがいかがでしょうか」
「そ、それは……はい……」
「やはり! ですがご安心くださいませウィナー男爵さま。そのような思いをする貴族はなにもウィナー男爵さまだけではないのでございます。名家とその名を轟かせるような家柄の方でもない限り皆さま同じようなお悩みを抱えておられるものでございます」
「そ、そうなんですか……」
怒涛のニコラスさんの喋りに、ウィナー男爵は目を白黒させて相槌を打つのが精いっぱいのようです。王太子殿下なんて我関せずとプリメラさまにお菓子を勧めてるし。
プリメラさまはちょっと目を丸くしているけれど、静観することに決めたようです。
アルダールとディーン・デインさまは、『名家と名を轟かせる』でニコラスさんがちらっとそちらを見たのを華麗にスルーしてました。
うん、慣れているのかな。
「そこで適齢期となられたご令息、ご令嬢を一同に集め行う社交界デビューのためだけのパーティを催すことが年に一度ございまして、それが間もなくなのでございます!」
「あ、……うちの、ミュリエッタを、そこに?」
「はい。ただし男爵さまのご令嬢は他の方々に比べると少々年上となってしまいますが、少なくともこの場に出ていただいた方がこれより多くの方々とお知り合いになれることかと思いますがいかがでしょうか」
「よ、よろしくお願いします!!」
「はい、畏まりました。未だご教育中の身ということでお忙しいかと思いますが、こちらで手続等をさせていただきますのでどうぞよろしくお願いいたします」
にっこぉぉと笑みを深めたニコラスさん、嬉しそうですね!
まあそのパーティについては私も当然知っておりますよ。というか、メレクはそのパーティでデビューしたんだから。
いくら自分の家でパーティ開かないにしてもそれなりにドレスとかアクセサリーとか、お金はかかりますし。ある程度の階層って言ってもそこで格差がまるわかり!
どこでウィナー男爵は工面するのかなあ。
(でもこれでなんとなくわかったかも)
王太子殿下がお命じになったかどうかまでは定かではありませんが、ウィナー男爵とミュリエッタさん、それぞれを切り離す方向のようですね!
親子べったりじゃなくてそれぞれに頑張りましょうねって感じでまとめてますけど。
まあそれはそれでいつかはそうなるんだからあわてる必要あったのかしらって感じがしますが、ミュリエッタさんの年齢的にもおかしな話じゃないからすごく良いことずくめのように思いますけど……。
(でもわざわざここまでお膳立てするってことに、きっと裏の意味がある気がする)
そんな風に思いましたが、まあ私がその裏の意味まで知る必要はきっとないんでしょう。
多分。うん……多分ね!




